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断罪された公爵令嬢ですが、幼馴染の彼と幸せになってもよろしいですか?  作者: ぱる子


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第35話 共闘の申し出

 翌朝。まだ初夏の清々しい空気が残るころ、わたし――フェリシア・ローゼンハイムは公爵邸の応接室で深呼吸を繰り返していた。庭の花々は鮮やかに咲いているというのに、ここ数日の心のざわめきは未だ止まらない。そんなわたしの緊張をほぐすかのように、侍女のハンナがそっと声をかける。


「フェリシア様、ユリウス様がお見えになりました。書簡をお持ちのようです」

「ええ、通してちょうだい。……ありがとう、ハンナ」


 ついに、この時が来た。ユリウスが「本格的な証拠をまとめた」と告げてから、わたしは何度も自分の心と向き合ってきた。公爵令嬢としての名誉を守るためにも、彼の力を頼らねばならないのかもしれない――そう決心できたのは、昨日の夜。迷いを振り払う一瞬があったからだ。


 椅子に座り、背筋を伸ばして待つ。扉が開くと、ユリウス・アッシュフォードが控えめに入室してきた。彼はいつもと同じ、少し地味な子爵家の正装をしているが、その眼差しには強い意志が宿っているように感じられる。


「フェリシア……呼んでくれてありがとう。君が俺に話を持ちかけてくれる日が来るなんて、嬉しいよ」

「……わたしも、まさかあなたに助けを乞う日が来るとは思わなかったわ。でも、いまは……あなたを頼りにするしかないの」


 わずかに苦笑すると、ユリウスは明るい笑顔でうなずく。隣にはハンナが控え、彼も彼で資料の束を抱えて、真剣そのものだ。


「さっそく話に入ろう。偽造された書簡や、コーデリアが仕掛けたと思われる噂……それらをまとめた結果、決定的な証拠がだいぶ揃ってきた」


 彼がテーブルに広げたのは、王太子殿下の印を模倣した怪しげな書簡や、噂の拡散ルートを示すメモなど。わたしはじっとそれを見つめながら、胸が高鳴るのを感じた。


 数日前までは、「ユリウスを巻き込んだら、子爵家に害が及ぶ」と思い、彼を冷たく拒んでいた。でも、いまは違う。自分ひとりでは、コーデリアの陰謀を打ち破れないことを痛感しているのだ。


「ユリウス……あなたがここまで動いてくれて、本当に感謝しているわ。これだけの証拠があれば、いよいよコーデリアの策略を暴けるかもしれない」

「君がそう言ってくれるだけで報われるよ。実際、俺はまだ子爵家の立場の弱さをひしひしと感じている。でも、この資料を王太子殿下が見れば、さすがに無視はできないはずだ」


 ハンナも資料を手に取り、フェリシアに説明を加える。


「フェリシア様、こちらの書簡の印は王太子殿下のものを真似ているのですが、紙の質やインクの成分が王宮で公式に使われるものとは異なると確認できました。さらに、クロフォード伯爵家のルートと繋がっている紙商も発見されています」

「紙商……そう。そこを辿れば、誰が偽造を指示したか判明するかもしれないわね。コーデリアが『直接』動いていなくても、取り巻きを通じての指示の可能性が高いし」

「そのとおりだ。コーデリア自身は『知らない』と言い張るだろうけど、これだけ状況証拠が揃えば、王太子殿下も再調査を命じざるを得ないと思う」


 ユリウスの言葉に、わたしは思わず安堵の息をつく。これまで公爵家の内でも王宮でも、わたしが何を言ってもまともに相手にされなかった――「王太子が断罪したんだから、フェリシアが悪に決まっている」という先入観の壁が厚かったのだ。


 だが、ユリウスとその仲間たちが集めた証拠は、その壁を壊せるかもしれない。ようやく光が見えてきた気がする。


「……ありがとう、ユリウス。あなたたちがいなければ、わたしはずっと一人で空回りしていたと思う。正直なところ、まだ信じられない部分もあるの。王太子殿下が本当に聞く耳を持ってくれるのか、とかね」

「わかるよ。殿下はもうコーデリアの側にいて、君の言い分を信じられないかもしれない。だけど、俺は王太子としてのアルフォンス殿下は、どこか納得しきっていないんじゃないかとも思ってるんだ。だから……もう一度、正面から証拠を示せば、必ず道が開けるはず」

「そう、信じてみるわ。わたし自身が立ち上がらなければ、名誉も取り戻せないから……」


 ハンナがティーカップを置き、「フェリシア様、少し休憩なさっては?」と優しく勧めてくれる。


 わたしは緊張で強ばった肩を下げ、ユリウスと向き合う。彼が持ってきた資料は確かに強力だが、それをいつ、どこでどう見せるかも重要だ。王太子が主催する夜会が近いが、そこで一気に勝負をかけるかどうか――。


「夜会が勝負の場になるわね。あの華やかな場で、コーデリアは殿下の隣を狙っている。わたしもそこで名誉を取り戻さなくちゃ、もう二度と立ち上がれない気がする」

「俺も同意見だ。コーデリアを追い詰めるには、ああいう大きな場で公に証拠を出すのが効果的だから。覚悟はいるけど……大丈夫かな?」

「もちろん、怖くないわけじゃない。でも、あなたやハンナ、リディアたちがいてくれるならできる。わたしはもう逃げたくないの」


 言いながら、わたしは自分の胸が熱くなるのを感じる。ユリウスを含め、多くの人がわたしを助けようと動いてくれた。それだけで、独りきりで戦っていたころの孤独が少しずつ溶けていく気がした。


 ユリウスは穏やかに微笑み、「君がそう決意してくれたなら、後は俺らが全力で支えるだけだ」と宣言する。


「……フェリシア、今度こそ一緒に戦おう。君がどんなに強がっても、君だけじゃ届かない場所に、俺らが足を伸ばすんだ」

「ええ。ユリウス、改めてお願いするわ。『共闘』しましょう。――コーデリアに奪われたわたしの名誉を、取り戻すために」


 わたしの言葉に、ユリウスが少し息をのんだように見える。かつては突き放し合ってばかりいた二人が、ここでようやく同じ方向を向けた。そんな感慨深さが胸を打つ。


「共闘……いい響きだ。ありがとう、フェリシア。俺はもう絶対に諦めない。君の名誉を取り戻すまで、何度でも立ち上がるよ」

「ふふ、なんだかあなたらしいわね。頼りにしてる。……わたしも、王太子殿下の前で堂々とこの証拠を示せるよう、自分自身を磨いておくわ。ドレスも新調するかもしれないから、そのときは感想を聞かせてちょうだい」


 こんな軽口を交わすのは久しぶりだ。二人の間に漂う緊迫感はまだ残っているが、やっと互いに笑い合う余裕が生まれてきた。


 ハンナがそっと微笑み、「よかったですわ、フェリシア様がユリウス様を頼ってくださって」とうなずく。その目にはうっすら涙が浮かんでいるようにも見える。


「それでは、わたしは皆さんにも連絡しておきます。夜会での手順を詰めれば、コーデリアがどう動こうと、こちらも先手を打てるはずです。王太子殿下にも、きっと響くでしょう」

「そうね、ハンナ。あなたがいてくれるから心強いわ。……ユリウス、残り少ない準備期間、どう動くかまた打ち合わせさせて。わたしができることは全部やる」

「もちろん。公爵邸にも頻繁に通うよ。今度はもう、俺を遠ざけたりしないでくれよ」


 やや照れたように言うユリウスに、わたしはふっと微笑みを返す。公爵邸としては、これ以上彼を受け入れるのに慎重になるかもしれないが、それでもわたしの一存でなんとかなるはず。


 そんなふうに、互いの思いを共有したところで、ユリウスは腰を上げ、「例の証拠は安全な場所に保管しつつ、複製を作るよ」と言って資料を手渡してくれる。わたしは「ありがとう」と告げ、しっかり受け取った。


「それじゃあ、行くね。近いうちにまた来るよ。……フェリシア、本当にありがとう。君が俺を受け入れてくれて、嬉しいよ」

「こちらこそ、ありがとう。あなたが来てくれるのを、わたしはもう拒まないわ。……一緒に、コーデリアを打ち破りましょう」


 エントランスで別れの言葉を交わし、ユリウスが公爵邸を後にする後ろ姿を見送りながら、わたしは改めて決意を固める。


 長かった孤立の日々に、ついに終止符を打つ時が来るかもしれない。もちろん、これから先も困難は多いだろうが、少なくともユリウスと共闘するという選択ができたことが、わたしの支えになっている。


「ハンナ、わたし、頑張るわ。絶対に王太子殿下の前で潔白を示す。あなたにも辛い思いをさせたけど……ありがとう」

「いえいえ、フェリシア様。この日をお待ちしておりました。わたしも全力でサポートいたします。どうか、堂々とコーデリアの企みを暴いてくださいませ」


 その言葉に、わたしは深くうなずく。既に腹は決まっている。コーデリアに奪われた名誉を取り戻すためにも、王太子殿下への想いをきちんと正すためにも――わたしはユリウスと共に真実を突きつけるのだ。


 公爵邸の廊下を振り返り、胸に小さな炎を感じる。長かった苦闘の日々はまだ終わっていないが、少なくとも希望という名の光が差し込んだのは間違いない。共闘を申し出たわたしと、それを笑顔で受け止めてくれるユリウス――わたしたちなら、コーデリアの陰謀を打ち破れるはずだ。

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