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断罪された公爵令嬢ですが、幼馴染の彼と幸せになってもよろしいですか?  作者: ぱる子


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第32話 後悔と焦燥

 翌日、アルフォンス・エーデルシュタインは人目を忍ぶようにして王宮の書庫を訪れていた。そこは、長い歴史を持つ王家のさまざまな文書が保管された場所だ。立ち込める古紙の香りと、しんとした静けさが重苦しい空気を醸し出している。この威厳ある空間で、アルフォンスはひっそりと調査を進めようとしていた。


「殿下。貴族間の事件記録に関する書簡はこちらにございますが……本当にこれらを、ご自分でご覧になるおつもりで?」


 書庫の管理を任されている初老の司書が、驚いたようにアルフォンスに尋ねる。王太子殿下ならば、下僕や官吏に命じて調べさせるのが普通だろう。だが、アルフォンスは小さく首を横に振った。


「うむ、私が直接見たい。……悪いが手を貸してほしい。できるだけ人目に付かぬ形で」

「かしこまりました。殿下の意向とあれば、余人には伏せておきましょう」


 司書は戸惑いながらも深く頭を下げ、書棚の奥へと歩いていく。アルフォンスはその背中を見送りながら、小さく息を吐いた。


 先日から心にひっかかっていること――それは、公爵令嬢フェリシア・ローゼンハイムが捏造(ねつぞう)された証拠によって冤罪を負わされていたのではないかという可能性。さらに、子爵家のユリウスと協力しながら、その証拠を突き止めようとしているという噂。


 もしそれが事実なら、自分がかつて強硬にフェリシアを断罪したあの日は、大きな間違いだったということになる。


(フェリシアの瞳に浮かんでいた悲しみ……本当にあれが、ただの演技だったのか? もし無実だったなら、私はいったい……)


 思い返せば思い返すほど、胸を締めつける後悔が増していく。なぜ自分は周囲の声に流されるまま、彼女を裏切るような真似をしてしまったのか――その答えを探すためにも、こうして王宮の古い記録を調べ直す必要があったのだ。


「殿下、お待たせしました。こちらはクロフォード伯爵家にまつわる騒動の記録、そして過去十年ほどの公爵家・伯爵家の交友関係の一覧などでございます」


 司書が重い書簡の束を机にそっと置く。アルフォンスは一礼し、ためらいなく紙を手にとってページをめくり始めた。


 そこには、貴族社会の些細な揉め事や、隠蔽された事件の断片的な記録が淡々と書き留められている。「伯爵家の令嬢の名前が伏せられたまま、当時の被害者が黙殺された事件」「密かに処理された噂話の拡散」「関係者が海外へ退避」など――表沙汰にならない闇の情報が、散文的に並んでいた。


「やはり……クロフォード家は、昔からこういう『裏工作』をうまくやっていた形跡がある。コーデリアはそれを引き継いでいるのか?」


 アルフォンスの手がかすかに震える。コーデリアは婚約破棄後の彼に寄り添い、王太子妃として相応しいと周囲からも評判を得ていた。だが、もしその裏に悪意ある策略が潜んでいるなら……。


 さらにページを読み進めると、「捏造(ねつぞう)書簡」「告発者が黙らされた」などという言葉がちらほら見受けられるが、決定的な記述は伏せられている。はっきりとした結末が書かれないまま、ファイルが終わっているケースも多い。管理が不十分というよりは、意図的に消された形跡すら感じられた。


(この調子じゃ確定的な証拠とは言えない。それでも「伯爵家側が過去に不自然な事件をいくつも隠蔽してきた」と疑えるポイントは確かにある。……もしかすると、フェリシアが言っている「捏造(ねつぞう)」もこの流れの一端なのか?)


 アルフォンスは唇を噛んだ。もともと、フェリシアが裏で不正をしていたという情報を鵜呑(うの)みにしたのは、自分自身のコンプレックスゆえだったのかもしれない。彼女が完璧な公爵令嬢であることを疎ましく思い、周囲の証拠や噂を安易に信じてしまったのだ。


「もしそれが間違いだったら、どう償えばいい? ……取り返しのつかないことをしてしまったかもしれないな」


 頭を抱えるようにしてうつむいたアルフォンスは、ぐっと自制心を働かせて呼吸を整える。王太子として、こんなに動揺した姿を司書に見せるわけにはいかない。


 けれど、心中では「もしかしてフェリシアが本当に無実だったなら、自分は大罪を犯したのではないか」という恐怖と後悔が増殖していく。


「殿下……いかがなさいましたか? 何か重要な記録が見つかりましたか?」


 物音に気づいた司書が恐る恐る尋ねてくる。アルフォンスは書類をぱたんと閉じ、わずかに首を振った。


「……いや、少し考えごとをしていただけだ。これらの記録は一旦預からせてもらう。外部に漏らさないよう、くれぐれも管理に注意してくれ」

「かしこまりました、殿下」


 司書は頭を下げる。アルフォンスは手早く書類をまとめ、そっと脇に抱えて書庫を後にする。廊下を出ると、近くを通りかかった官吏が頭を下げたが、アルフォンスは最低限の返礼しかせず、足早に歩を進める。


(フェリシアとユリウスが協力している……彼女が本気で捏造(ねつぞう)を暴こうとしているなら、いずれ王太子である私のもとへも証拠を突き付けてくるはず。私はどうすべきか? 何もしないわけにはいかない)


 王宮の豪華な廊下を進みながら、アルフォンスは胸中で決意を固める。コーデリアと周囲の貴族たちは、次の王太子妃として彼女を確定させようと躍起(やっき)だが、いまの彼にそれを受け入れる心境はない。


 むしろ、このまま流されて婚約を急がされたら、何もかもが手遅れになるのではないか――そうした焦りが彼を駆り立てる。表立っては「クロフォード伯爵家との縁談に前向き」と装いながら、裏ではフェリシアの言い分を確かめる――そんな密かな二重態勢が必要なのだろう。


「フェリシア……私はいつからお前を正面から見なくなった? もしお前が無実だったら、私は……」


 自問が止まらない。その問いに答えが出るのはいつになるのか、今はわからない。それでも、王太子としても人間としても、真実を見極めなければならないという強い使命感が湧いていた。


 アルフォンスは廊下の曲がり角を曲がり、王宮の外へ続く扉を見つめる。一歩外に出れば、貴族社会の視線やコーデリア一派の思惑が渦巻いている。だが、そのなかでもフェリシアは必死に戦おうとしているのだ。


(もしこのまま放置すれば、私は取り返しのつかない後悔を抱える。絶対にそれは嫌だ)


 夕刻へ差し掛かる王宮の光が、窓ガラスに反射して眩しく輝いている。アルフォンスはその光をまぶしそうに見つめながら、決意を新たにした。いまは、周囲の圧力やコーデリアの攻勢に屈している場合ではない。彼女の裏を探り、フェリシアの姿勢を確かめてこそ、王太子としての責務が果たされるだろう。


 こうして、胸に後悔と焦燥を抱えたまま、アルフォンスは王宮の階段を下る。その足取りには迷いがありながらも、「もしフェリシアがユリウスと真実をつかみかけているなら、私も真実に近づいてみせる」という意志がにじんでいた。


 それが自分の名誉を傷つける結果になるかもしれない――だが、同時にフェリシアを救う唯一の道になるのであれば、王太子のプライドを投げ打ってでも進む価値があるのかもしれない。そんな決心を抱き、彼は夕日に染まる王宮の外へと足を運んでいくのだった。

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