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断罪された公爵令嬢ですが、幼馴染の彼と幸せになってもよろしいですか?  作者: ぱる子


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第30話 小さな前進

 夕刻の喧騒が薄れはじめたころ、パーティーもようやくお開きの空気を帯びはじめた。華麗な装飾に彩られたサロンの一角で、わたしは息をつく。ずいぶんと長い時間、社交の場に身を置いていたせいで、頭の中がどこか重たい。それでも、最後まで公爵令嬢としての威厳を保たなくては。


「フェリシア様、そろそろお帰りになりませんか?」


 侍女のハンナが心配そうに問いかける。わたしは小さくうなずき、控室で自分の外套を受け取りながら、ふと脇の廊下へ視線を走らせた。そこに、ひっそりと人影が見えた気がする。


「……ちょっと、裏口のほうを見てくるわ」

「はい、わたしもご一緒いたします」


 わたしの決意を感じ取ったのか、ハンナはそれ以上何も聞かず、粛々とついてきてくれる。そっと喧騒を離れて廊下を抜けると、裏口付近に見覚えのある姿がたたずんでいた。


 金髪を短くまとめ、子爵家の地味な礼服に身を包んだユリウス・アッシュフォード。周囲の目を気にしてか、建物の陰にいて気配を消しているようにも見える。


「ユリウス……まだ帰っていなかったのね」


 彼はわたしを認めると、かすかに目を和らげた。さきほどのパーティー会場で、彼は堂々とわたしを庇ってくれた――周囲が嘲笑し、コーデリアがほくそ笑むあの場で、危険も(かえり)みず。


「フェリシア、無事だったか? 大変だったろう……。あんな風にコーデリアが挑発してきて」

「……ええ。でも、慣れてるから大丈夫よ。ここ最近、あの人からの嫌味は日常茶飯事だもの」


 言葉とは裏腹に、胸には鈍い痛みが残る。ユリウスは自分の身を(かえり)みず「俺が守る」と高らかに宣言し、コーデリアや取り巻きに嘲笑されていた。そんな彼の姿を見て、申し訳なさと何とも言えない温かさが同時にこみ上げてしまう。


「フェリシア、周りの連中が何を言おうと、俺は気にしない。君が笑われる姿を黙って見ていられないから……」

「やめて。あなたまで嘲笑されるの、見てられないのよ。……ただでさえ子爵家は弱い立場で、下手な火の粉が飛べば、あなたにまで被害が及ぶかもしれないのに……」


 わたしが言葉を詰まらせると、彼はまるで当然のことのように首を振る。


「いいんだ。それでも君を放っておくよりはずっとマシだから。……フェリシア、苦しかったろう? 俺にできることがあれば、なんでも手伝うよ」


 そのまっすぐな瞳が、胸をぐっと締め付ける。わたしは思わず視線を落とし、傷ついた心を知られないようにうつむく。そばにいるハンナも、気を利かせて少し離れてくれているようだ。


「……ごめんなさい。さっきみたいに突き放すような態度で……。でも、これ以上あなたを巻き込みたくないの。あなたに傷が及ぶのはわたしには耐えられないから」

「傷ついてでも守りたいと思ってるよ、俺は。子爵家の立場が弱いなんて、わかってる。でも、君を見捨てるわけにはいかないんだ」


 彼の言葉に、再び苦しさが増す。と同時に、その熱意がわたしを救ってくれるのではという淡い期待が芽生える。


 しばしの沈黙。ふと視線を上げると、ユリウスがまっすぐわたしを見つめていた。


「フェリシア、少しは俺に頼ってくれてもいいんじゃないか? 全部一人で背負うには重すぎるんじゃないのか?」

「……そう、かもしれない。でも、わたしは……」


 言い終える前に、言葉が喉の奥に引っかかった。「そうしたい」と思っている自分と、「巻き込みたくない」という理性が真っ向からぶつかり合う。この感情の渦をどう説明すればいいのか、わたし自身にもわからない。


 ほんのわずかな時間が流れ、周囲の人気が遠ざかっていくのを感じる。パーティー会場の熱気はもう収束し、残ったのは夜の静かな空気だけ。そんな状況で、わたしはようやく小声で「ありがとう」とだけつぶやいた。


「ユリウス……本当にありがとう。あなたがあれだけ堂々としてくれて、わたし、少し救われたかもしれない。……でも、今すぐに手を取れないわたしを、どうか許して」

「許すも何も、君がそう言ってくれるだけで俺は嬉しいよ。まだ時間はある。焦らなくていいさ、俺は急がない」


 ユリウスの微笑が、どこか儚げで、それでも温かい。嬉しくて、申し訳なくて、心が締め付けられるような痛みが走る。


「……ごめん。わがままばかり言って。なのに、あなたはいつも……」

「いいんだ。君が『わがまま』言えるのって俺だけだろ? それなら大歓迎さ」


 茶化すような軽口にも優しさがにじんでいる。普段の冷静なわたしがここまで心を乱されるなんて、きっとユリウスだけ――そう思うと、今にも涙が出そうになる。


 なんとかこらえて顔を伏せると、ハンナがそっと近寄ってくる。


「フェリシア様、お馬車の準備ができています。そろそろ公爵邸へお戻りに……」

「ええ、わかったわ。……ユリウス、今日はこれで失礼させていただくわね。また……何かあれば」

「うん、君が望むならいつでも。気をつけて帰って」


 ユリウスが一歩下がり、礼を示す。わたしは軽く会釈を返し、ハンナとともに馬車のほうへ向かう――わずかに振り返ると、ユリウスが静かに見送っているのがわかった。


(いつか、彼の手に素直に寄りかかれる日が来るのかしら……)


 胸に抱いた疑問をだれにも言えないまま、夜の(とばり)が落ちかけた空を仰ぐ。まだコーデリアの闇は晴れず、王太子殿下との断絶も埋まっていない。だけれど、小さな温もりが確かにわたしの心の片隅を照らしている気がした。


 ――今日のパーティーは、陰湿な嘲笑に満ちた場でもあったが、それ以上にユリウスのまっすぐな思いを再認識する機会になった。まだわたしが素直に頼ることはできないとしても、「ありがとう」と口にするだけでも大きな進歩だ。


 馬車のドアが閉まり、ハンナが気遣わしげにわたしを見つめるが、わたしは「大丈夫」とだけつぶやく。ここから先、さらに厳しい戦いが待っているだろう。それでも、ユリウスがいる――その事実が、ほんの少しの安心を与えてくれる。


「一度折れかけたプライドだけど、まだ終わりにはしないわ。絶対にコーデリアには屈しない。……もう少しだけ、頑張ってみせる」


 遠ざかっていく街の夜景を見つめながら、そっとそう誓う。いつかユリウスと手を取り合う日が来るのかもしれない、そんな希望が胸をくすぐる。周囲の嘲笑や貴族社会の冷酷な壁は相変わらず高いけれど、わたしにはまだ戦う意志がある。


 ――馬車が夜の闇を縫うように走る中、わたしは瞼を閉じて自分を奮い立たせる。ユリウスへの「ありがとう」が心に灯る温かさを失わないように。こうして、わたしの孤独な戦いは、新たな一歩を踏み出そうとしていた。

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