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断罪された公爵令嬢ですが、幼馴染の彼と幸せになってもよろしいですか?  作者: ぱる子


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第29話 勇気の言葉

 まばゆいシャンデリアの光がきらきらと床に反射し、優雅な音楽がサロンの空気を満たしている。白を基調とした壁面には繊細な装飾が施され、色鮮やかな花々が窓の外を彩る――華やかで優美な貴族の社交の場。その中央あたりで、わたしはひそかに息苦しさを感じていた。


(……また、視線を浴びている。嫌な予感しかしないわ)


 公爵令嬢でありながら、王太子殿下との婚約破棄という噂が飛び交うわたし――フェリシア・ローゼンハイム。いまやこの場では、注目の的というよりは「冷ややかな目で見られる存在」に成り果てている。


 そんなわたしを励ましてくれるのは、ずっとそばに控えている侍女のハンナだけだ。


「フェリシア様、あまりご無理なさらないで……」

「大丈夫、ハンナ。逃げてばかりいては、余計に噂が広がるもの。ちゃんとここに立っていなくてはいけないわ」


 そう自分に言い聞かせながら、わたしはできるだけ凛とした姿勢を保つ。


 けれど、その場の空気が急に張り詰めるのを感じて振り向くと――そこにはユリウス・アッシュフォードの姿があった。子爵家の出である彼は、弱い立場でありながら、わたしを(かば)おうと何度も行動してくれる人。だけど、この社交の場で顔を合わせるとは思わなかった。


「フェリシア……少し、いいかな?」


 彼がまっすぐわたしの方へ来ようとする。周囲の貴族たちは、鼻で笑ったり、好奇の目を向けたり、軽くざわめき始める。「なにあれ?」「子爵家のくせに……」なんて声が聞こえないわけがない。胸がきゅっと痛んだ。


「ユリウス、こんなところで……」


 わたしが言葉を飲み込んだ瞬間、ふわりと風を切るように、コーデリア・クロフォードが姿を現す。金色の髪を誇示するように垂らし、豪奢なドレスの裾を揺らしながら、取り巻きを連れて堂々と近づいてきた。


「まあ、子爵家のユリウス様? こんな場所でフェリシア様をお守りになるつもり? 随分とご立派なのねぇ」


 取り巻きの令嬢たちも、彼女に合わせて口元を隠しては笑う。わたしは奥歯を噛みしめるが、ユリウスが少しも動じない様子で口を開いた。


「俺はフェリシアの味方をするつもりだ。あなたたちがどう思おうと、俺には関係ない」

「まあ……強気ですわね。けれど、王太子殿下が『裏切り者』だと見なした公爵令嬢を(かば)うなんて、子爵家にとってリスクが高すぎはしないかしら?」


 コーデリアが上品に笑みを浮かべると、取り巻きの令嬢たちが「身の程知らず」「子爵家のくせに」とささやき合う。ユリウスは一瞬だけ拳を握りしめ、まっすぐコーデリアを見据えた。


「リスクがあろうと、俺は彼女を見捨てない。フェリシアはそんな悪行を働く人じゃない。……あなたこそ、根拠もなく噂を広めているようだが?」

「あら? わたくしはなにも嘘などついていませんわ。ただ、殿下が下されたご判断に従っているだけ。それに皆さまがちょっと面白がっているだけですもの。――ねえ、皆さま?」


 コーデリアが取り巻きに振り返ると、誰もがクスクスと笑う。わたしの心は痛みで(きし)むが、ここで感情を爆発させれば相手の思う壺だ。かろうじて唇を噛むにとどめる。


 だけどユリウスは、そんな周りの嘲笑を完全に無視して続けた。


「それでも、俺はフェリシアの潔白を証明してみせる。子爵家だと笑うなら勝手にすればいいさ。……俺には、立場より大事なものがあるんだ」

「勇ましい言いようですこと。では、その『潔白』とやら、ぜひわたくしたちにもお見せくださいませ。……楽しみにしておりますわ」


 コーデリアは嫌みたっぷりに微笑むと、ドレスを翻して取り巻きたちとともに去っていく。残ったのは鋭い視線をユリウスに向ける令嬢たちと、きまり悪そうに立つわたしたち。居心地の悪さが肌で伝わってくる。


 それでもユリウスは堂々とした態度を崩さない。わたしは心底、彼の度胸に驚くと同時に、後悔の念が胸を締め付ける。


「ユリウス……あなた、こんなところであんな台詞を言えば、今度はあなたが嘲笑の的に……」


 わたしが声を落として言うと、ユリウスは肩をすくめて笑った。


「もう十分笑われてるさ。でも気にしない。フェリシアが笑われる姿を見ているより、ずっとマシだから」

「……でも、子爵家にだって影響があるかもしれない。あなたを巻き込みたくないの」


 必死で目を伏せてつぶやく。周囲からまたささやきが聞こえる。「子爵家の身分で公爵令嬢に肩入れなんて、馬鹿な男よね……」という声が耳を刺す。気まずさが倍増するばかりで、わたしはいたたまれなくなる。


 けれど、ユリウスは隣で唇を引き結び、周囲の嘲笑を真正面から受け止めていた。


「だからって、何も行動しないのは嫌なんだ。皆がどう笑おうと、俺はフェリシアを見捨てる気はないんだから」

「……ありがとう。でもごめんなさい。あなたまで笑われるの、見ていられない」

「いいんだよ、そんなの。俺は君に笑っていてほしいんだ。……大丈夫、必ず守る」


 彼のまっすぐな言葉が、思いがけず胸を打つ。普段、わたしは自分が背負う苦しみに耐えるだけで精一杯だったから、こうして誰かが堂々と「守る」と言ってくれることに、戸惑いと申し訳なさと、ほのかな嬉しさが混ざってどうしようもなくなる。


「ユリウス……でも、本当に危険だから。あのコーデリアがあれほど自信満々に振る舞っているのは、きっと裏で何か大きな力を……」

「わかってる。それでも俺は引かない。君が『巻き込みたくない』と思ってる気持ちもわかるけど、君が笑われる姿を見過ごすくらいなら、俺も一緒に笑われたほうがずっといい」


 その言葉に、わたしは言葉を失いそうになる。王太子殿下との婚約を破棄され、コーデリアに(おとしい)れられるこの状況で、彼まで巻き込むのは罪悪感しかなかった。なのに、それを承知で彼はこうして立っているのだ。


「……ごめんなさい。ありがとう」


 かろうじて、それだけをつぶやく。ユリウスは微笑みを返し、さっと視線を周囲に流す。


「まだここにはコーデリアの取り巻きが多いし、あまり目立つと君が余計困るだろう。少し距離を置くけど、何かあったらすぐ呼んでくれ」

「……わかったわ」


 ユリウスが軽く頭を下げると、周囲からはまた冷ややかな笑いが起きる。だけど、彼は一切怯むことなく踵を返してその場を離れていく。その後ろ姿を見送る間、わたしは胸を締め付けられるような痛みを感じていた。


(本当に、どうしてこんなに真っ直ぐなんだろう。彼が傷つくのは見たくないのに……それでも、止める手段がない)


 視線を感じる。取り巻きの一人がこちらを見て「子爵家なんかに(かば)われるなんてね」と嘲笑しているのがわかる。わたしは拳をぐっと握るが、表情は崩さずにそっと足を動かした。


「フェリシア様……」


 ハンナが心配そうに寄り添ってくる。その優しさが痛いほど胸に染みる。けれど、わたしはただ首を横に振り、小さく微笑もうとして失敗する。


「……大丈夫よ。わたしは気にしない、そう決めているんだから」


(本当は平気じゃない。ユリウスまで巻き込まれて、こんな場所で笑われて……わたし、何が正解なの?)


 頭の中で声が響く。でも、わたしはそれを表に出せない。コーデリアの狡猾(こうかつ)な策略が進行している今、弱みを見せれば余計に攻撃されるだけだ。


 ――ユリウス、どうしてあなたはあそこまで……。そんな疑問と同時に、彼への感謝が込み上げる。だけど、今は素直にそれを表せない自分が、悲しくてたまらない。


「さあ、ハンナ。わたしたちはわたしたちのやるべきことをして、この場を上品に乗り切るわ」

「はい、フェリシア様」


 わたしはドレスの裾を整え、背筋を伸ばし、舞踏室のほうへ足を向けた。ユリウスがいくら助けようとしてくれても、わたし自身が強くなければこの陰謀には勝てない。彼に頼りきっては意味がない。それがわたしの結論だった。


 だけど、ユリウスが見せてくれた真っ直ぐな姿勢が、わたしの心を確かに揺さぶったのも事実。周囲の嘲笑にさらされてでも、わたしを支えようとしてくれる人がいるという事実が、わずかな温かさをもたらしている。


 コーデリアの視線を横目で感じながら、わたしはそっと瞳を伏せる。絶対に負けたくない。けれど、ユリウスが傷つく姿を見たくもない。もどかしさに胸が痛む。


(ああ、もう……どうしてこんなに苦しいのよ)


 それでも、わたしができるのは、胸を張って笑われるだけ笑われることだ。ユリウスへの申し訳なさと感謝を押し殺しながら、一歩一歩、わたしはこのパーティーを乗り越えるために前へ進む。


 わたしの耳に残るのは、ユリウスが堂々と宣言したあの言葉――「俺が君を守りたい」とでもいうような決意。子爵家と公爵家、弱い立場と強いプライド。互いに噛み合わない壁があるとしても、彼は一歩も退かないらしい。


 そんな気高さが、いつかわたしを救ってくれるのかもしれない。期待と恐れが入り混じった想いを抱えながら、わたしは再び周囲の嘲笑を正面から受け止めようとする――華やかで残酷な社交界の舞台の上で。

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