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断罪された公爵令嬢ですが、幼馴染の彼と幸せになってもよろしいですか?  作者: ぱる子


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第23話 決意の瞬間

 翌日。わたし――フェリシア・ローゼンハイムは侍女のハンナを連れて、公爵邸をこっそり抜け出した。目的は街外れの古書店――そこで噂に聞く「過去の貴族間トラブル事例」をまとめた私的文書を買い求めるためだ。公的な記録だけではつかみきれない真相を探るには、やはり多少怪しげでも専門の本が必要だと判断した。


「フェリシア様、足元にお気をつけくださいませ。人通りが多い通りですから」

「ありがとう、ハンナ。でも、なるべく早く行きましょう。あの古書店が閉まってしまったら困るもの」


 普段は落ち着いた口調を心掛けているはずなのに、今はどこか焦り気味の自分を感じる。会話のテンポさえも速くなっているのがわかった。


 貴族街を抜けて、庶民が行き交う活気のある大通りへ。店の看板が密集する一角まで進むと、耳を刺すような声が断片的に飛び込んでくる。


「聞いた? あの『公爵令嬢』が王太子殿下を裏切ったんだって!」

「裏切り行為なんて、さすがに酷いわよねぇ」


 小声で話している人たちの耳に、わたしの存在など届くはずもない。でも、彼らが発する名詞――「公爵令嬢」や「裏切り」という言葉に、胸がぐっと締め付けられる。ハンナがちらりとわたしを気遣うように見た。


「フェリシア様……お辛いでしょうが、あまり気にされませんよう」

「わかってる。ありがとう、ハンナ」


 口先ではそう言っても、実際にはぐさりと心に突き刺さる。わたしの名前も出しているのかもしれない。王太子との婚約破棄が世間に知れ渡り、噂が噂を呼んで、いつの間にか「悪女扱い」されてしまった。


 今日もこうして人々の間を通り抜けるだけで、どうしようもない息苦しさを覚える。だけど、これくらいでめげてはいられない。コーデリア・クロフォードが裏で仕掛けているだろう陰謀に立ち向かうためにも、今は手がかりを集めるべきだ。


「フェリシア様、あれかもしれません。あの路地の奥にそれらしき古書店の看板が見えます」

「ほんと? 行ってみましょう」


 わたしたちが見つけたのは、雑多な路地の先にある小さな店。ガラス張りの窓もなく、古い木の看板だけが目印のようになっている。扉を押し開けると、中にはすえた埃の匂いと、長い年月を経た本独特の香りが混ざり合っていた。


「いらっしゃいませ……」


 低い声で客を迎える店主らしき男性が、ちらりとこちらを見て目を見開く。わたしが大きな帽子とマントで顔を隠し気味にしているからだろう。あえて表立った衣装は避けてきたつもりだが、下手をすると怪しまれそうだ。


「すみません、貴族間の過去事例、特に『名誉毀損』や『噂が原因の破談』などについて記録された文書を探しているのですが」


 ハンナが店主に声を掛けると、店主は少し思案げに首をひねり、店の奥へと消えていった。わたしたちが棚に並ぶ本をざっと見ながら待つ間、また外から聞こえてくる噂話が耳に入る。


「王太子殿下も大変ねぇ。変な公爵令嬢に振り回されて……」

「そうそう、いろいろ悪さしたみたいじゃない。罰が当たって当然よ」


 心が痛む。正体を隠しているからこそ聞こえる、辛辣(しんらつ)な世間の声。わたしは肩を落としかけるが、ハンナがそっと腕に触れて慰める。もう慣れてきたと思っていたのに、今日は格別に胸に刺さる感じがする。


「フェリシア様、耐えてください。こんな噂に負けないで」

「……ええ。負けないわ」


 声を押し殺して答える。店の奥から戻ってきた店主は、埃だらけの本やら束ねた紙を幾つか抱えて、「こんなのしかありませんが、いかがですかね」と差し出してきた。


 わたしはパラパラと目を通しながら、同じような場面――噂によって失脚させられた貴族令嬢の例や、その正体を暴いた手法――などを探している。すると、そこに一節、「偽の書簡で騙された王太子が婚約破棄を言い渡したが、後に真実が判明した」という似たような事例を見つけ、眉をピクリと動かした。


(これ……今のわたしに少し似ている。結末がどうだったのか……ここにははっきり書かれていないけど、何かのヒントになるかも)


 会計を済ませて、重たい紙の束と古書をハンナと分けて持ち、店を出る。人通りのある通りに戻ると、またもや断続的に聞こえてくる「悪しき公爵令嬢」の噂。それでもさっきよりは少しだけ耳を澄まさずにいられる自分がいる。


 わたしには目的がある。これらの資料を読み解き、コーデリアの陰謀に対抗する糸口を探す。それが今やわたしの唯一の拠り所だ。


「戻りましょう、ハンナ。人の多いところにいると、変に目立ってしまうかもしれない」

「はい。そちらの路地を抜ければ、馬車が待っておりますよ」


 何事もないように会話を交わしながら、わたしたちは再び雑踏を通り抜ける。何人かの視線を感じるし、無遠慮にこちらを指さす人もいるが、わたしは毅然(きぜん)とした態度を崩さない。言葉を発すれば反論したくなるのを必死に抑え、ただ通り過ぎる。


(ああ、コーデリア……あなたがここまで手を回しているのはわかる。でも、わたしはそう簡単には潰れないわ)


 強がりかもしれない。しかし、このぐらい意気込まなければ、今の状況に押し流されてしまうだろう。公爵家の名誉、わたしの努力――全部を守り抜くために、わたしは進まなければならないのだ。


 そこでふと、ユリウスの顔が思い浮かぶ。最近、何度か廊下や外で鉢合わせしたが、わたしが冷たく拒絶して終わっている。それでも彼は諦めないらしい。ハンナの話を思い出すと、胸に温かいものが広がる一方で、申し訳なさと申し訳なくない混沌が渦を巻く。


「もしユリウスが本当に助けてくれるなら……。でも、今は……」


 小さくつぶやいた声はハンナにも聞こえなかったらしく、会話は途切れたまま。馬車が見えると、わたしは少し足を速める。もう一度、あの噂の声を聞きたくなかった。


 乗り込んだ馬車の中で、ハンナが「大丈夫ですか?」と心配そうに尋ねる。わたしは目を伏せて、紙の束を強く抱きしめた。


「ええ、帰ったらこれを読んで、何か突破口を探るわ。……噂なんて、きっと証拠をつかめばひっくり返せるはず」

「そうですね。わたしも手伝います」


 馬車が揺れながら走り出す。窓の外には徐々に街並みが遠ざかり、雑踏のにぎやかさも消えていく。だけど、あの噂の声は頭の中に焼き付いてしまったかのように、しつこく耳にこびりついていた。


(コーデリア……これがあなたのやり方なら、わたしは全力で戦う。必ず、絶対に、こんな噂に負けたりしない)


 馬車の振動に合わせて、わたしは心の中で何度も繰り返す。胸の奥にちりちりと燃える怒りが、決意をさらに強くしてくれる。公爵令嬢フェリシア・ローゼンハイムとして、努力を重ねてきたわたしが、こんなところで終わるわけにはいかない。


 見上げた窓の外には、灰色の雲がかかっていて、日差しが薄くなっている。まるで先行きの見えないわたしの現状を象徴しているようだ。けれど、曇り空はいつか晴れると信じたい。王太子殿下との縁は断ち切られてしまっても、少なくとも自分の誇りだけは取り戻せるのだと信じて。


「……帰ったら、すぐに調べものをしましょう。ハンナ、よろしく頼むわね」

「はい。どんな些細(ささい)なことでも、わたしにできることがあれば何でも!」


 ハンナの瞳には揺るぎない覚悟が宿っている。わたしもまた、彼女の想いに応えなければならない。たとえ今は孤立しているように見えても、完全に一人ではないのだ。


 馬車が速度を増し、公爵邸へと向かう道を進んでいく。わたしは視線を下げ、抱えた資料を確認する。また長い夜になりそうだ――それでも、暗い夜には小さな灯が点せる。わたしはその希望にすがり、コーデリアが仕組んだ噂に負けないよう、ここから反撃を始めようと強く心に決めていた。

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