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断罪された公爵令嬢ですが、幼馴染の彼と幸せになってもよろしいですか?  作者: ぱる子


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第22話 捜査開始

 昼下がりの陽ざしが、子爵家の応接室にふんわりと降り注いでいた。カーテン越しの柔らかな光に、白い小花を活けた花瓶が揺らめき、部屋の空気を優しく彩っている。そんなのどかな空気の中、ユリウス・アッシュフォードは居心地悪げに腰かけていた。目の前には、彼と同じく落ち着かない様子で資料を抱えた侍女のハンナ、そしてフェリシアの友人を名乗る令嬢リディアの姿がある。


「ユリウス様……まずは、こちらの情報をご覧ください」


 ハンナが差し出したメモ用紙には細かい文字がびっしりと並んでいる。彼女が公爵邸やその周辺から集めてきた「噂」の記録だ。大半が「フェリシア様は王太子殿下を(あざむ)いた」「フェリシア様は国の秩序を乱す悪しき令嬢」といった、耳にするだけでも胸が痛むような内容。


 ユリウスはペンを取り、彼女のメモに並ぶ情報をノートへ書き写していく。机の上にはすでに大きな紙が広げられ、そこにいくつも矢印や丸印が記されていた。


「ありがとうございます、ハンナ。なるほど……コーデリア・クロフォード伯爵令嬢の名前が、こうも頻繁に出てくるわけですね」

「ええ、どうやらコーデリア様の取り巻きが積極的に『フェリシア様の悪評』を広めているみたいです。茶会やサロンの場で、さりげなく話を振っては『あの方は不正を働いたらしい』とささやいているとか」

「そこまで意図的だと、もう偶然じゃ済まされませんわ!」


 横から、リディアが(いきどお)るように声を上げる。彼女はフェリシアの旧友らしく、その健気さをよく知るだけに、今の彼女の窮状に心を痛めているらしい。


 ユリウスは一度ペンを置き、彼女に微笑みかける。


「落ち着いて、リディアさん。俺たちも全力で調べて、証拠をつかんでみせる。フェリシアが(おとし)められている理由が本当にそこにあるなら、放っておけないからね」

「はい……わかっております。けれど……フェリシア様が何も悪いことをしていないのに、噂だけが独り歩きして、王太子殿下まで信じてしまったなんて。本当に悔しくて……」


 リディアの声がわずかに震える。ハンナも悲しそうに目を伏せた。


 ユリウスはそんな二人を見渡しながら、改めて胸を締めつけられるような痛みを覚える。彼自身も同じ思い――フェリシアが不当に陥れられているのではないかと確信しているからだ。


「実は、俺のほうでも少し手がかりを得られたんだ。文具商の知り合いを通じて、最近『大量に書簡用の紙を購入したお客様がいた』って情報を入手してね。フェリシアを(おとし)める捏造(ねつぞう)書簡や誤解を与える文面が、その紙と一致する可能性があるんだ」

捏造(ねつぞう)書簡……やっぱり、そこまで手が込んでいるんですね。コーデリア様か、その周囲の方々が仕組んだことかもしれません……」

「可能性は高い。でも、現時点では推測に過ぎない。紙が一致したところで、『それがコーデリアに繋がる』という確固たる証拠にはならないから」


 ユリウスは唇を噛む。確かな手応えは得られそうなのに、まだ決定打には足りない。その歯がゆさに肩を落とす彼を、ハンナが励ますように声をかけた。


「いえ、でも大きな一歩です。これから噂話の拡散ルートと書簡が使われた場面を突き止めていけば、コーデリア様の周囲がどれだけ組織的に動いているか立証できるかもしれませんわ」

「ええ、たしかに。俺たちが事実関係を突きとめれば、フェリシアが無実だと王太子殿下や周囲に示せる。……そのとき、フェリシアもようやく報われるはず」


 フェリシアの名前を出した瞬間、部屋の空気が少し重たくなる。ユリウスは胸の奥が苦しくなるのを感じる。何度か公爵邸に足を運んでみても、彼女に拒絶されるばかり。


(フェリシアは「自分がひとりで戦う」と思ってるんだ。でも、それじゃあまりにも辛い。……だったら、俺が手を差し伸べるしかないだろう)


「ユリウス様……先日、公爵邸へ行かれたそうですが、フェリシア様とは会えなかったんですよね?」


 ハンナの遠慮がちな問いに、ユリウスは苦笑する。


「まったく相手にされなかったよ。どんなに頼んでも、彼女は『あなたには関係ない』って突き放すんだ。……でも、俺は諦めない。きっと彼女も、ひとりで耐えるのが限界だってわかってるはずだから」

「そうですよ! フェリシア様は、本当は誰かに助けを求めたいに違いありません。ただ、プライドが高くて、言い出せないだけだと思います」


 リディアの言葉に、ユリウスはかすかに微笑んだ。幼いころから誇りを重んじ、誰よりも努力してきたフェリシア。その性格を、リディアはよく知っているのだろう。ユリウスも同じ印象を持っているからこそ、彼女を一人にさせてはおけないと感じている。


「だから、少しずつでいいんだ。彼女が受け取れる『証拠』や『手がかり』をまとめて、それを渡せる機会を作る。それで、フェリシアが少しでも『本当の敵』と戦う足がかりになれば……」

「はい、そうですね。わたくしもフェリシア様の立場を考えて、無理に『あなたを救います』などと言うつもりはありません。けれど、『これを見てみたら?』くらいなら手渡せるかもしれませんわ」

「リディアさん、それは助かる。……ハンナも、引き続き公爵邸の動きを探ってほしい。新たな噂やコーデリアの取り巻きの活動がわかったら、すぐに知らせてくれないかな」


 ユリウスが真剣に頼むと、ハンナは力強くうなずいた。


「はい! わたしが聞ける範囲なら、すべてまとめてお知らせしますね。公爵邸の侍女仲間にも協力を頼むつもりです」

「ありがとう、助かるよ。……じゃあ俺も、手紙や文具の件を引き続き調べる。コーデリアがどのルートで紙やインクを入手しているのか、購入先の商人から話を聞けそうなんだ」

「まあ、それならもう少し確たる証拠につながるかも……!」


 リディアはほっとしたように微笑む。こうして三人が情報を持ち寄り、今まさにフェリシアを救うための小さな捜査チームを結成している格好だ。どこまで力になれるかはわからないが、行動しなければ何も変わらない。


「もし、フェリシア様に拒まれても、わたしたちが立証できればいいんですよね。そうすれば、『フェリシア様は罪人じゃない』と周囲に示せますから」

「そう、その通り。――コーデリアの陰謀を暴けば、自動的にフェリシアの潔白が確定する。たとえフェリシアがどれだけ(かたく)なでも、証拠の力は大きいはずだ」


 ユリウスは自分に言い聞かせるように強くうなずく。この取り組みがうまくいけば、王太子殿下の誤解を解く糸口にもなるかもしれない。フェリシアが失った名誉も、多少は取り戻せるだろう。


 だが一方で、心の奥には不安も根強い。フェリシアが過去に示してきた強烈なプライドに加え、彼女が王太子殿下への思いを断ち切ってしまったかもしれないことが頭をちらつくのだ。


(あの日の廊下でも、あれほど冷たく拒絶された。それでも俺は(くじ)けちゃいけない。フェリシアを助けたいという気持ちは消えないんだ)


「ふたりとも、本当にありがとう。……俺は絶対に諦めない。フェリシアの名誉を取り戻すために、何度でも動いてみせる」

「わたしも、フェリシア様の笑顔をもう一度見たいんです。そのためなら、微力ながら協力します!」

「わたしも同じ気持ちです。フェリシア様は、こんな形で破滅する人ではありません」


 三人の意志がひとつに固まった瞬間、部屋の空気がどこか心強いものに変わっていく。小さくとも確かな希望が、この子爵家の応接室で灯された。


 こうして、「捜査チーム」ともいうべき連携が始まった。フェリシアは今なお、公爵邸で孤立し、真実を誰にも信じてもらえずにいるかもしれない。だが、彼女を守るために、ユリウスたちは確実に一歩を踏み出している。


(きっと、フェリシアは一人で苦しんでいる。だけど、俺らがついているんだ。いつか、彼女だってそれを受け止めてくれるはず――)


 ユリウスは自分のノートをぱたりと閉じ、二人を見渡してうなずく。作戦が決まった今、もう迷いは少ない。


「よし、じゃあ行動開始だ。フェリシアを救うために、そして真相を暴くために――皆で協力しよう」


 昼下がりの陽ざしを浴びながら、三人は固く誓い合う。背後には不穏な噂やコーデリアの暗躍が迫っているが、彼らは臆さない。フェリシアへの思いが、互いの絆を強めている。


 ユリウスの胸には、何度拒絶されようと決して折れない心が宿っていた。たとえフェリシアが「関係ない」と言おうとも、彼は守りたい。それが幼馴染として、そして自分の正義を示す道だと信じている。


 これから先の道のりは険しいかもしれない。だが、小さな捜査チームの始動によって、フェリシアを取り巻く陰謀が少しずつ解明されていく――そんな予感を抱きながら、ユリウスはかすかな笑みを浮かべた。まるで、心の奥に差し込む一筋の光が見えたように感じながら。

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