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断罪された公爵令嬢ですが、幼馴染の彼と幸せになってもよろしいですか?  作者: ぱる子


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第20話 募る違和感

 翌日の昼下がり、王太子アルフォンス・エーデルシュタインは王宮の一角にある広いホールへと足を運んでいた。今日は小規模な会議と称して、高位貴族たちが集まる場。王太子として「顔見せ」と懇談に参加するのが目的だ。どこを見渡しても金銀の装飾が目を奪い、華麗な衣装を(まと)った貴族たちの談笑が絶えない。まさに華やかな王宮の縮図といえる。


「殿下、こちらでございます。皆さまがお待ちです」


 侍従に案内されるまま、アルフォンスはホールへ踏み入る。そこにひしめく貴族たちは、彼の姿を見つけると一斉に「殿下、ご機嫌麗しゅう」「本日はよろしくお願いいたします」と頭を下げる。まるで祝福の場のようにあたたかな視線が集中するが、アルフォンス自身はどこか気乗りしない様子だった。


(ここでも、あの話題が持ち上がるのかもしれないな……フェリシアを断罪した件。皆、あれを歓迎しているのだろうか)


 先日、公衆の面前でフェリシア・ローゼンハイムに婚約破棄を突き付けた。周囲は「王太子殿下が決断された」と認めているし、貴族たちはそれを無条件に支持しているように見える。だが、アルフォンスの胸には、あの日からずっと燻る疑念がある。


「アルフォンス殿下、ご機嫌いかがでしょうか?」


 柔らかな声が耳に届き、彼が声の主を見やれば、そこには淡いローズ色のドレスを(まと)ったコーデリア・クロフォードが立っていた。完璧にセットされた髪に、愛らしい笑みを浮かべながら、まるで自然にアルフォンスの横へ入り込む。


「コーデリア……ええ、まあ。それなりに」

「それは何よりですわ。今日は殿下を全力でお支えしたいと思っております。どうか、ご無理なさらないでくださいね」


 取り巻く貴族たちは一斉に「お似合いの二人」「王太子殿下とクロフォード伯爵令嬢とはやはり相性がいい」とささやき始める。


 アルフォンスは苦笑交じりに微笑み返すが、どこか違和感を拭えない。この場の空気は完全に「フェリシアを失脚させて、次はコーデリアが王太子妃になるのでは」という祝福ムードに染まっている。


(なぜだろう……どうしてこんなに胸がざわつく? これが周囲の望む「幸せ」なら、私も乗るべきかもしれないのに)


「アルフォンス殿下、昨日も公務のお疲れがあったとうかがいました。お身体は大丈夫でしょうか?」


 コーデリアが心配そうに声をかける。その仕草一つ一つが優雅で、まわりの貴族からは「さすがコーデリア様、殿下を(おもんばか)る姿勢が素晴らしい」と好評だ。アルフォンスは肯定するでも否定するでもない表情で、ただ苦い笑みを返す。


「心配には及ばない。ただ、少し考え事をしていただけだよ」

「考え事……もし、お力になれることがあるなら、遠慮なく仰ってくださいな。わたくし、殿下のためにできることがあれば、何でも――」

「……ありがとう」


 表面上は感謝の言葉をかけながらも、アルフォンスの心は複雑だ。フェリシアのいたときのことを、つい思い出してしまう。彼女もまた王太子妃としての責務を果たすため、誇りと責任感をもってアルフォンスの隣に立っていた。しかし、フェリシアは決して彼を過度に褒めそやすことはなく、むしろ必要な意見はしっかり言ってくれるタイプだった。


 コーデリアはそれとは正反対だ。彼を立て、周囲にも好印象を与えようと努めている。それを心地よいと感じるか不快と感じるか――アルフォンスはまだ、はっきり自分の感情をつかみきれていない。


「殿下、こちらにいらっしゃいませんか? 侯爵閣下がお待ちかねですわ。いろいろとご相談があるそうです」

「……ああ、わかった」


 コーデリアに連れられて、アルフォンスはホールの中央へ。そこには名の知れた貴族たちが待ち構え、王太子への謁見を楽しんでいた。その輪に入り、歓談を交わす間、コーデリアはタイミングよく話を支え、彼の言葉を補い、場を盛り上げてくれる。


 周囲は感心しきりだ。「なんと出来た令嬢なのか」「殿下との相性がぴったりだ」と賛辞を惜しまない。


(……本当にそうか?)


 そんな周囲の空気を背に、アルフォンスはひそかに苛立ちを覚えてしまう自分に気づく。確かにコーデリアは淑女然として優秀だ。だが、それがなぜか空虚に感じられてしまう。フェリシアがいつも厳しい表情でともに公務をこなしていたときは、もう少し安心感があったように思うのに。


「アルフォンス殿下、どうかなさいました? 少しお疲れの様子ですけれど……」


 コーデリアがふとささやきかける。今にも彼の腕を取らんばかりの距離感だ。周囲も当然、二人の親密さを微笑ましく見ている。「フェリシア令嬢のような危うい存在より、コーデリア令嬢こそ王太子殿下にふさわしい」と、口には出さなくても思っているのがありありと伝わってくる。


「……いや。特に何でもないよ」


 アルフォンスはぎこちなく返事をして、あえて少し距離を取った。コーデリアは「そうですか?」と首をかしげるが、無理強いはしない。むしろ微笑でごまかすように、「殿下、こちらへ」と再び人々の輪に誘う。


(まるで、すべてが仕組まれているかのようだ。フェリシアが消えて、コーデリアが王太子妃の座を得る。その流れに、皆が賛成している……)


 疑念が頭をもたげる。今の彼がフェリシアを断罪した理由も、どこからともなく聞こえてきた“証拠”に左右された面が大きい。だが、その証拠を差し出した者や裏で糸を引いた存在について、アルフォンスは本当に把握しているのか――自問しても、確信を得られない。


「殿下? 顔色が良くないようですが……」

「……大丈夫だ。少し考え事をしていただけだ」


 さらりとかわす。コーデリアはアルフォンスの袖口にそっと触れ、「あまりご無理をなさらないで」と優しい声をかけるが、アルフォンスは逆に「そっとしてほしい」と思う気持ちが強くなっていく。


(フェリシアなら、こんな場所でべったり付き添うことなんてしなかった。むしろ必要な距離を保って、私を立てるでも、ないがしろにするでもなく……)


 気づかないうちに、アルフォンスの思考はフェリシアへと向かう。あの日の婚約破棄後、彼女は公の場から姿を消し、いまや「悪しき令嬢」として噂にのぼるばかり。みんなが「当然だ」と言い切るその図式が、なぜか彼の胸にしこりを残す。


「アルフォンス殿下、よろしければこちらでお茶を……」


 コーデリアが微笑みながらすすめてきたティーテーブル。周りの貴族たちがぞろぞろと彼らを取り巻く。アルフォンスは一瞬、乾いた笑みで応じてみせる。こうした場では、そうするのが「王太子の役目」なのだろう。


(でも、これが本当に私の望んだ未来なのか?)


 そう心の中でつぶやいたとき、ふと身体がこわばるような感覚に襲われる。周囲は晴れやかで祝福ムードなのに、自分だけが取り残されているようだ。フェリシアを失脚させたことに、これほどの不協和感を抱えているのに、誰にも言えないという事実が彼を押し潰しそうだった。


「殿下、もしお疲れでしたら、わたくしが代理でお話をおうかがいしましょうか?」


 コーデリアの申し出に、アルフォンスは無意識に顔をしかめる。彼女は心優しき令嬢を演じているのだろう。周囲も「できた女性」として褒めるに違いない。


「いや。……いい。私が自分で話をするよ」


 自分の言葉で語るべきことは、自分で語る。それがたとえ形ばかりの会合でも、王太子としての務めだ。だけど、その姿勢をもってしても、フェリシアがいない喪失感というか、言いようのない違和感が消えないのはなぜなのだろうか。


(フェリシア、お前は今、どんな思いで過ごしている? もしお前が本当に悪事を働いたのなら、私は正しいことをした。けれど、どうしてもそうとは思えないんだ……)


 コーデリアの完璧な笑顔に隣を飾られながら、アルフォンスは孤独を深めるばかりだった。彼女の振る舞いは申し分なく、貴族たちもこれを機に王太子妃としての地位を揺るぎなく固めるのではと噂する。けれども、アルフォンスが内心で抱くぎこちなさは募る一方だ。


「殿下、どうかなさいましたか?」


 コーデリアが小声で耳打ちしてくる。アルフォンスは半ば意地を張るように軽く首を横に振り、「何でもない」と答える。


 やがて、周囲の貴族が笑顔で近寄ってきて、さらに談笑が盛り上がる。フェリシアのことを誰もが忘れたかのように、新たな王太子妃候補としてのコーデリアを褒めそやす。その中でアルフォンスは作り笑顔を続けながら、自分の心とは違う話題に乗っかるしかないのだ。


(フェリシア……本当に、お前は悪人だったのか? それとも、私が何かに踊らされているだけ?)


 王太子としての立場と周囲の賛美に押されるアルフォンス。コーデリアが寄り添って微笑みを絶やさない一方で、彼の心はひどく寒々しく、自分が大きな間違いを犯しているのではないかという不安に揺さぶられていた。


 こうして、華やかな会合の場でさえも、アルフォンスは心が晴れないまま時を過ごす。フェリシアがいない空席の意味を、彼は今さら痛感しているのかもしれなかった。やがて、その戸惑いが新たな波紋を呼ぶことを、誰もまだ気づいてはいない――。

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