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断罪された公爵令嬢ですが、幼馴染の彼と幸せになってもよろしいですか?  作者: ぱる子


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第17話 再会

 図書室での資料探しに夢中になっていたせいか、気づけばすっかり空の色が変わりかけていた。大きな窓から差し込む光が斜めに伸び、廊下の床を黄金色に染めている。厚めの書物を抱え、わたしは少し早足で自室へ向かおうとしていた。


(ああ、今日はずいぶんと時間を費やしてしまったわ。せめて夕食前に一度、部屋で落ち着きたい……)


 そう考えながら角を曲がろうとした、そのとき――視界の隅に見慣れぬ背中が映った。短く整えられた白金色の髪。長身のシルエットが、どこか懐かしい空気をまとっている。いくつかの使用人が、困ったように頭を下げている姿も見えた。


 ――ユリウス・アッシュフォード。子爵家の、わたしの幼馴染。まさか公爵邸の廊下で彼を見かけるなんて思いもしなかった。


(どうしてここに……?)


 驚きに足が止まる。父も母も、最近はユリウスとの接触を避けていると聞いていたし、わたし自身も、彼を巻き込みたくないから会わないようにしていた。なのに、なぜこの場に。


 彼は使用人に何かを頼んでいるようだ。声を潜めて話しているが、少しだけ聞き取れた。


「――せめて伝言だけでも、フェリシアに……!」


 思わず心臓が跳ねる。名前を呼ばれただけなのに、胸が痛くなる。


 本当は今すぐ踵を返してその場を離れたい。彼がどうしてもわたしと話したがっているのはわかる。けれど、こんな形で会っても、わたしは何も答えられないから……。そう決意して、後ろに下がろうとした、その瞬間。


「――フェリシア……?」


 ユリウスがこちらを振り向き、わたしと目が合った。使用人も「あ……」と声を漏らす。どうしようもなく、わたしは立ち尽くしてしまう。避けるチャンスを逃してしまった。


 背中を向けるわけにもいかず、何とか視線を落ち着かせようと、足を進める。そうして、ユリウスの前に立ち止まった。


「お久しぶりね、ユリウス。……どうしたの? 公爵家に来るなんて、珍しいわね」


 自分でも素っ気ないとわかる口調。どうしても柔らかい言葉が出てこない。ユリウスは少し胸を張り、困惑した様子を隠さずにわたしを見つめていた。


「久しぶり、フェリシア。……ああ、よかった。ずっと、君のことが心配で……」

「心配してくれなくて結構。あなたが口を挟むと、さらに厄介になるだけよ。……子爵家と公爵家とが揉めても困るでしょ?」


 吐き出すように言うわたしの声は、鋭く尖っていたかもしれない。でも、そうでもしないと、ユリウスに寄りかかりそうな自分が怖かった。


「揉めるかどうかなんて問題じゃない。君があんな形で王太子殿下から婚約を破棄されて、今も苦しんでいるのを見過ごせると思うか?」


 ユリウスが低く言葉を重ねる。その瞳には、わたしをどうにか救おうとする強い意志がこもっていた。使用人たちは気まずそうにうつむいている。


「……わたしを救う? そんなの、余計なお世話だわ。公爵家のことは、公爵家でどうにかするから」

「でも、現にどうにもなっていないじゃないか。君がどんなに動けない立場だとしても、誰かが手を貸せば何か変わるかもしれない。フェリシア、俺に協力させて――」

「やめて!」


 強い声が廊下に響いた。自分で驚くほど、はっきり拒絶してしまう。ユリウスの表情が曇るのがわかった。胸が痛むけれど、ここで引き込めば彼を巻き込むだけだ。


「ユリウス、あなたがどんなに善意で動いてくれるとしても、子爵家にまで影響が及ぶかもしれないのよ。あなたの父はどう思う? わたしをかばって、あなたがすべてを失ったら困るでしょう?」

「そんなこと……構わない。俺は君を見捨てるわけにはいかないんだ」


 ユリウスの声が真摯で、まっすぐすぎて、わたしの心を刺す。だが、それに応えられないからこそ、わたしは意地を張ってしまう。


「……勝手ね。わたしはわたしでどうにかする。これ以上、あなたを巻き込みたくないの」

「それは、巻き込みたくないからじゃなくて、俺のことを信じていないから、じゃないのか?」

「違うわ。ただ、あなたに迷惑かけたくない――それだけよ。……それ以上話すことはないわ」


 苦しげに顔を曇らせるユリウスを置き去りにするように、わたしは彼の横を通り過ぎようとする。使用人が慌てて道を譲り、わたしはそのまま足を速めた。


 背後から、「フェリシア!」と呼ぶ声がしたけれど、振り返ることはできなかった。今、見てしまえば、彼の真剣な想いにほだされてしまいそうで――それが怖かった。


(ごめんなさい、ユリウス。わたしだって、あなたを信じていないわけじゃない。でも……)


 胸の奥で言い訳のような言葉が渦を巻く。彼に背を向けたまま廊下を進むと、とめどなく色々な感情が湧き上がってきた。王太子殿下との婚約が破棄され、自分が濡れ衣を着せられているのは事実。誰もがわたしを疑うような噂を信じている。そんな中で、ユリウスだけはわたしを信じてくれるのかもしれない。


 でも、だからこそ怖い。子爵家の立場を損なってまでわたしを助けようとするなんて、そんな重荷を負わせるわけにはいかない。何より、彼を見捨てるような行為をする自分にも耐えられない。――結局はわたしのわがままなのだろうか。


(どうして、こうなってしまったんだろう……)


 思い切りドレスの裾を握りしめる。自分で選んだ「突き放す」という方法に、こんなにも苦しくなるとは思わなかった。


 角を曲がったところで小さく溜息をついた。廊下は静かで、今のやりとりなどなかったかのように落ち着いている。まるで、一人きりで孤独に歩いているような――そんな感覚が広がる。


「ユリウス……ごめんなさい」


 震える声でそうつぶやいても、もう彼には届かない。どんなに心配してくれても、今は誰かを頼るより先に、自分ができることをやらなければならない――そう思うしかないのだ。


 この歪んだすれ違いが、いつか解消される日が来るのだろうか。それとも、このまま噛み合わないまま終わってしまうのだろうか。考えるほどに、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。


「まずは……コーデリアの偽りの証拠を暴く。そうしないと、何も始まらないわ」


 自分に言い聞かせるように、わたしは再び前を向く。どんなにユリウスが力になりたがっても、わたしが強くあり続けなければならない。なぜなら、誇りを守るために積み上げてきたものを、今さら崩されるわけにはいかないから。


 薄暗い廊下に孤独な足音が響き、やがてわたしの姿はさらに奥へと消えていく。背後に残されたユリウスの表情を思うと、胸が痛むけれど、後戻りはできない。強がりでもいい――今はそれしかないのだ。


 廊下を抜けて部屋へ向かう道すがら、夕方の陽光がじんわりと背中に当たっていた。暖かいはずなのに、心はまるで寒風に晒されているかのようにひどく冷えている。


 こうしてわたしはまた、一人きりで進むしかない。もしかしたら大きな間違いかもしれない――そんな不安が頭をよぎるのを振り払いながら、わたしは早足で部屋へと向かった。

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