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断罪された公爵令嬢ですが、幼馴染の彼と幸せになってもよろしいですか?  作者: ぱる子


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第14話 打算と執念

 コーデリア・クロフォードは、伯爵家の奥まった書斎へ向かいながら、先ほどまでの茶会の余韻を思い返していた。取り巻きの令嬢たちがこぞってフェリシアを(あざけ)る姿を見て、心が晴れやかになるのを感じる。だが、ここで満足してはいけない。まだまだ「あの女」を追い詰めるには道半ばなのだ。


 書斎の扉を開けると、そこには父であるクロフォード伯爵の姿があった。硬い材質の机、古びた革張りの椅子、棚を埋め尽くす分厚い書物――この部屋の重厚な雰囲気が、伯爵家の威厳を物語っている。


「父様、失礼いたします」


 コーデリアは軽く会釈をして部屋に入り、伯爵が執務用の書類をどけるのを待つ。彼が顔を上げると、目元には深い皺が刻まれていたが、どこか愉快そうな笑みが浮かんでいる。


「おお、コーデリアか。ちょうどいい、私もお前と話したいと思っていたところだ。……さて、フェリシア・ローゼンハイムはどうなっている?」


 その声は探るようでいて、自信に満ちたものでもある。親子といえども、互いの表情を油断なく観察する姿は、まるで権謀術数に慣れた政治家同士のようだ。


「ええ、父様のご想像どおり、フェリシアは婚約破棄の衝撃から立ち直れず、ほとんど屋敷に閉じこもっているようですわ。公爵家も、王家をこれ以上刺激しないよう大人しくしているみたい。でも、もしかすると反撃のタイミングを伺っているかもしれませんね」


 そう言いながら、コーデリアはあえて強い口調を避け、冷静な分析を装う。伯爵は満足げにうなずくと、机の上を軽く叩いた。


「ローゼンハイム公爵とやらも、そう軽々しくは動けないだろう。王家を真正面から敵に回すような真似は、よほどの証拠でもなければ不可能だ。お前の仕掛けた偽造書簡が取り沙汰されれば厄介だが、今のところはうまく隠し通せているらしいな」

「ええ。フェリシアへの悪評は広がる一方。王太子殿下も、まだ彼女を冷たく突き放しているようです。――それにしても、あの子がいつも得意げに王太子殿下の隣に立っていたことを思い出すと、今でも腹立たしい。彼女を潰すには、まだまだ手を抜けませんわ」


 コーデリアの瞳には、冷たい光が宿っていた。伯爵は「ほう」と声を漏らし、椅子から立ち上がって彼女の側へ歩み寄る。


「公爵令嬢に対する個人的な憎悪……か。だが、それだけでなく、我がクロフォード家の地位向上にもつながる。王太子殿下さえ手中に収めれば、ローゼンハイム公爵家など目ではない。お前の努力は、我が家にとっても大いに意味があるのだ」


 伯爵はわざとらしくコーデリアの肩に手を置く。まるで「家族」としての温かみを演出するかのようだが、その言葉の端々には露骨な打算がにじんでいる。


 一方、コーデリアも父の真意を理解していた。彼女が求めているのは「王太子妃」という絶対的な地位。そして伯爵家が狙うのは「王家とのつながり」による権勢。利害は一致しているのだ。


「父様。私があの女を超え、殿下に認められれば、クロフォード家は一気に頂点に近づくでしょう。フェリシアはずっと公爵家のお姫様気取りで、私を見下していた。そんな子に負けたくないのは、単なる嫉妬だけではないの」

「わかっている。お前が幼い頃から負けん気の強い娘だということもな。……いくらフェリシアが公爵令嬢だろうと、王太子の寵愛を失った今なら追い落とすのは造作もないはず。だが、万が一公爵家が反抗してきたらどうするのだ?」

「大丈夫。ローゼンハイム公爵家にしてみれば、証拠不足の状態で無闇に戦っても得るものは少ないでしょうし、逆に王家から批難される可能性が高い。――つまり、あちらは動かずに消耗するしかないの」


 コーデリアは、小さく薄く笑みを浮かべる。自信を持っているのが伝わるその様子に、伯爵も満足そうにうなずいた。


「それに、まだ『切り札』は残してありますの。王太子殿下がフェリシアへの不信をさらに深めるような、決定的な一手……。今はあえて出さずに温存していますが、必要になれば使うだけ」

「ほう、その一手とは何だ?」

「ふふ、それは秘密。――父様だって、詳しく聞けば逆に危険に巻き込まれかねませんでしょ?」


 コーデリアの言い方はあくまで柔らかいが、その中には鋭い爪のような威圧感がある。伯爵は「まったく、お前という娘は」と苦笑を漏らすが、嫌な気配はなく、むしろ頼もしささえ感じているらしい。


「わかった。好きにしろ。お前の機転と執念には、私も期待している。最終的に王太子殿下を手に入れれば、クロフォード家は安泰だ。そうなれば、ローゼンハイム公爵家などもはや問題にならぬ」

「ええ。フェリシアがどれほど頑張ろうと、所詮は過去の『王太子妃予定者』ですもの。婚約破棄された時点で、あの子の人生は半ば終わりみたいなものよ。――それでも立ち直ってくるつもりなら、徹底的に叩き潰すだけ」


 伯爵は再び机の上を整頓し始める。書類の山を少し片付けてから、娘に一枚の紙を差し出した。それは噂話や誹謗中傷のまとめらしきリストだった。


「これは、最近の社交界でフェリシアに関してささやかれている話題を情報屋がまとめたものだ。『フェリシアが王家の財務を私的流用した』とか、『ほかの令嬢たちを陰で貶めていた』とか……どれも噂の域を出ないが、今なら信じる者も多いようだな」

「ふふっ……いい傾向じゃない。フェリシアが何を言っても、周囲の耳には噂ばかりが届くようになっているわけね」

「その通り。こういう流れを持続させるには、お前の作戦が欠かせない。くれぐれも失敗はするなよ?」

「もちろん。これまでのところ順調ですし、万が一のときは私自身が直接動きます。――父様の望みどおり、クロフォード家を王家に近づけてみせる。何より、私自身がフェリシアに勝たなければ気が済まないんですもの」


 その言葉に、伯爵は満足そうに笑みをこぼす。父娘の意図は一見、共通している。だが、伯爵が“家の栄光”を欲しているのに対し、コーデリアには「個人的な嫉妬と恨み」が強く渦巻いている。


 伯爵家としては望ましいことだが、コーデリアにとっては彼女が王太子妃になることこそが最優先。フェリシアを(おとしい)れるためなら、どんな手段も辞さないという執念が、彼女を突き動かしているのだ。


「よし、それでは私は客と面会があるので失礼する。コーデリア、お前は引き続き社交界に目を光らせておけ。フェリシアの動きだけでなく、王太子殿下の周りにいる人物の情報収集も欠かすなよ」

「かしこまりました、父様。どうぞご安心を。――父様こそ、余計なことはせずにいてくださいませ。いざというときに父様が動いては、かえって疑いを招くかもしれないわ」

「わかっている。私が軽率に動くわけがないだろう」


 伯爵は書類をまとめつつ、娘に背を向けるように机へ向かった。それを見て、コーデリアは控えめに一礼し、書斎を後にする。廊下に出た瞬間、彼女の唇の端がわずかに釣り上がった。


(フェリシア……あなたの時代は終わり。これ以上、私の目の前で威張ることは許さない)


 胸の奥で煮えたぎる怒りと執念。幼い頃から王太子妃になるのはフェリシアばかりが当然のように期待され、それがコーデリアの自尊心をどれほど傷つけてきたことか。


 だが今こそ、その恨みを晴らす最高の機会。王太子殿下がフェリシアを捨てた今なら、あの高慢な公爵令嬢を奈落の底へ落とし、伯爵家こそが栄光の座へ上り詰めることができる。


(王太子妃の座は、私がいただくわ。フェリシアが必死に耐えても、もう逃げ場なんてない。それを理解するまで、とことん痛めつけてあげる……)


 コーデリアは廊下を歩きながら、穏やかな微笑を浮かべた。使用人たちは彼女に気づいて頭を下げるが、その裏には誰もが見えない戦慄を覚えているのかもしれない。


 美しい薔薇(ばら)には棘がある――今のコーデリアは、まさにそんなイメージを体現していた。そして、その棘はフェリシアに確実に向けられ、より深く突き刺そうとしているのである。


 やがて伯爵家の広い廊下を抜け、コーデリアは自分の部屋へと戻っていく。彼女の瞳は、もはやフェリシアが敗北する未来しか見ていない。その余裕ぶった笑みが、陰謀渦巻く上流社会でさらなる波紋を広げていくことを、まだ誰も知らない――。

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