98 錬金術を学びましょう 2
「どれも同じに見える」
「俺も・・・」
「君はこの薬草の違いが分かるのか?」
マロンは机の上の籠の中かの薬草を種類別に分別していた。前回主な薬草の講義を受けたばかりだ。全部を仕分けできなくても知っている薬草を選び出せばよい。それなのにお手上げとばかりにマロンに男生徒たちが声を掛けてきた。
「これがヨモ草、こっちがマナ草、そしてこれがケンナ草でアス草でロキ草です」
「なんでわかるんだよ」
「前回の講義でよく使われる薬草を習いましたよね」
「草はみんな同じだろう」
「人の顔と同じで目や鼻の形や大きさで識別しますよね。薬草も葉の形、葉脈の色、葉の色や大きさや形で区別します。これができないと調剤に進めませんよ」
三人の男生徒は雑多に入った籠の中身の分別が終わったマロンを呆れた目で見ていた。
「いやいや無理だろ。最初から薬草指定で買えばいい」
「それしかないな」
「これらの薬草は森の入り口でも採取できますし、庭先でも育つ者もあります。買っていたら原価がかかり過ぎますよ」
「ああ、それは言えるな・・」
突然背の高い男生徒が頭上から声を掛けてきた。見下すような声色だった。
「君は辺境の男爵令嬢だから雑草に詳しいのか?」
「本気で言っています?先ほどもこちらの方に言いましたが、材料を理解しないで調薬は出来ませんよ。すべての材料を誰かに準備してもらって錬金することは出来るかもしれませんけど、材料の薬草の良し悪しが分からなければ高ランクの薬は作れないと思います」
「いや、そんなつもりはないが、王都に住んでいると雑草には詳しくないんだ。申し訳ない」
「薬草の管理は基本中の基本だと言っていました。薬師の中には自分で薬草園を作っている人もいるほどです」
「薬草園・・ああ、おじさんも薬草園を持っていた」
頭上から声を掛けた男子生徒はぶつぶつ言いながら自分の机に戻った。最初に声を掛けてきた三人の男子生徒カーウイン、オイゲン、エアロンはマロンを取り囲んでワイワイと話しかけてくる。マロンは仕方なくそれぞれの薬草の特徴を説明した。
「待って、前に出て大きな声でお願いします」
「そうしてもらえると助かる」
「どうせ教えるなら全員に分かるようにしてほしい」
マロンが困っているとプーランク先生は「おい、教えてやれ。俺には区別できないことが理解できない」と投げやりな言葉が飛んだ。
「先生だって薔薇の花には多種多様の種類がありますが区別できますか?」
「そうよ。ドレスの布の種類なんて絹か綿ぐらいしか先生は知らないでしょ」
「青い宝石だって何種類もあるし、同じ宝石でも産出先で色変わりするんです」
「薬草初対面な私たちに本見ればわかるは無理です」
教壇の前の前のスクリーンを動かし先生はマロンを手招きした。これは「陣取り」の時と同じ。マロンは一種類ずつ薬草をスクリーンに映し出しながら薬草の見分け方や特徴を説明していった。それぞれが教本に追記していく。マロンの説明が終わるとそれぞれが自分の籠の中の薬草を分別していった。
「マロンさん、これで合っています?」
女生徒のカーナリがおずおずと声を掛けてきた。マロンが一通り見て合っているが、1本葉脈の根元が紫色にわずかに変わっているものを見つけた。
「先生、これはヨモ草の異種ではないですか?確か微毒作用があると書いてあったような気がします」
「そんな物が入っていたか?ギルドに苦情を入れないとだめだな。初心者にそこまでは求めない。良く分かったな」
「俺のも見てくれ」
「次俺の」
「確認は先生の仕事ですよね」
「まあそう言うな。二人でやれば時間は半分だ」
Sクラスの担任として4年目の付き合いだから先生はマロンを雑に扱う。マロンは先生をひと睨みして女子生徒の方から点検に回った。それが済めば今度は水洗いして均等に刻む。基本中の基本、どの薬草も大きさはまちまちだが切り刻むことが多い。出来るだろうか。貴族は自分で食器さえ洗わない。毎年先生は幼子の様な生徒を相手にしているせいかあきらめが早い。
「泥や汚れをしっかり落とせ。ナイフを使うが指を切るなよ。最初はゆっくりでいいからな」
宣誓の声が終わらないうちにあちこちから奇声が聞こえる。
「む、虫がいるー」
「キャー水がはねた」
「どうするんだ。洗い方が分からない」
「見た目きれいだろ。洗う必要があるか?」
マロンは結局手元をスクリーンに映し薬草の洗い方や水切りの仕方。洗浄の必要性を説明した。
「薬草は飲み薬にもなります。皆さんは野菜を洗わず食卓に出したものを食べますか?卒業してからは使用人にやっていただくことでも基礎を知らなければ正しく使用人に説明できません。薬草を知らないものが野菜と同じように洗っては薬草の質が落ちてしまいます」
「きれいな薬草でもか?」
「見た目は綺麗でも根元に土が残っていたり小さな埃が付いています。「クリーン」ができれば水洗いはしなくて良いと思います」
「「クリーン」?生活魔法か?」
「そうです。皆さんは属性魔法持ちですから無理かもしれませんが、結構便利です」
「それなら「クリーン」ができる奴を雇えばよいか」
「お前馬鹿か、人を雇えばコストがかさむだろ。自分の手を汚さず錬金は出来ないんだ」
「おまえ偉そうに」
「仕方ないだろ。お互い後継ではないから学べるものは学んでおかないと」
男子生徒三人の会話はクラス全体が納得することになった。プーランク先生はこの展開に満足したのか傷薬のレシピをスクリーンに表示して最初の調剤の説明を始めた。
薬草を洗い終わり綺麗に水けを拭き、細かく切り刻み鍋に入れて清水と共に弱火でゆっくりに潰す。どろどろになった薬草を綿布で濾し、きれいな鍋に蜜蝋を湯煎して溶かししたのち植物性オイルとよく混ぜ、薬草汁を加えねっとりするまでゆっくり低温で煮詰める。
マロンはリリーから習っていたので手際が良かった。周りからは「キャ、指切った」「焦げてきた」「煮詰まらない」「薬草汁が服にとんだ」・・・とても賑やかだった。
「マロンさん、なんか焦げてきた」
「クロールさん、火からいったん下ろして布の上で焦げ付かないようによくかき混ぜて。蜜蝋が焦げやすいから火力は弱く丁寧に掻き混ぜることがポイント。今はもうこのままかき混ぜながら冷ましていった方が良いと思う」
「マロンさん、煮詰まらないです」
「カーナリーさんは最初の薬草の刻みが荒いので薬草汁がサラサラし過ぎなんだと思います」
「どうしよう?」
「もう一度やり直すか、このまま水分を飛ばしてお肌のお手入れ用にしたらどうかしら?」
「仕方ないわね。そうするわ。ナイフが怖くて上手く切り刻めないの」
マロンは薬草を布で包んで布から出た分を細かく切る方法を説明した。横で聞いていた男子生徒は同じ間違いをしたようでやり直しを始めた。あちこちからぶくぶくと沸騰した音や焦げた匂いがしてくる。錬金科の教室が他の教室から遠く離れている理由が分かった。
「出来たやつから鑑定するぞ。もってこい」
最初に手を挙げたのが先ほどマロンの頭上から声を掛けた嫌味な男子生徒のハリソン。
「「Cマイナス」だな。さすがに経験があると出来上がりが違うな」
「錬金したら「B」くらい行くな」
「残念だが行かないな」
「どうして!」
「お前の机の上を見て見ろ。どうしたらそんなに汚し散らかっている」
「みんなも同じだろう」
「マロンの机は始まりと同じように片付いている」
皆がマロンの方を見た。
「分からないか?みんな良く聞け。薬は病を治すために作る。薬自体が汚染されていたら効果も効能も何の役にも立たない。今は傷の軟膏だから作りやすいだけだ。それなのにあちこちに散らかった薬草屑や飛び散る煮汁、焦げた鍋では良い物ができない。今作っているのは基本中の基本の手順だ。薬草の刻み方、煮詰め方、混ぜ方などを正確に出来なければ錬金の効果は上がらない。錬金すればなんでも効果が上がると思っているのは勘違いだ」
プーランク先生はマロンを手招きして出来上がった軟膏を鑑定器に掛けた。「B]と判定された。
「「「ほーー」」
「マロンさん凄い」
「マロンは料理ができるか?」
「はい、大それたものは出来ませんが」
「料理をするものは作りながらもすぐ側から片付けていく。それは主の口に入るものに余計なものが入らないようにするためだ。家に帰って厨房を見て見なさい。綺麗に片付いていることを願うよ」
「やっぱり身分が低いからこういう事は得意なんだ」
「そうかもしれませんが、錬金術に身分など関係ないのではありませんか」
「俺に口答えするのか?お前は生意気だ」
「わたしは錬金薬を学びに来ているのですからどう思われようと関係ありません」
ハリソンはマロンの口答えにいら立ちを隠せない様子だった。マロンはそんなこと気にせず出来上がったカーナリーとクローレの軟膏を鑑定器にかけた。それぞれ「D]判定だった。
「初めて作った物に効能があったわ「D」でも嬉しい」
「もう一度丁寧にやったらもう少し上がるかしら?」
「上がると思いますよ。ナイフの使い方を家で教わると指に傷がなくなるわ」
大方の生徒が「D]「Dマイナス」だったが、初めてのことだから仕方がない。さっそく指に傷ができたものは自分の軟膏を使ってみた。半日の実習はそれなりに有意義な時間だった。
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