96 王都帰還
「オズワルド様の妻が居ませんので、十分なおもてなしができませんでしたが、楽しんでいただけたら嬉しく思います。わが領地の特産品をお使いいただけたら嬉しいです」
イリーシャとカリルリルにお揃いのマフラーをマーガレットが贈った。魔蜘蛛糸と羊毛を使ったふわふわのマフラーで魔力を流すと魔蜘蛛糸が柔らかく光るマロンとマーガレットの合作の特別製だった。
「凄く素敵。ふわふわで温かい」
「お世話になりましたのに、ありがとうございます」
「余計なことを言うな」オズワルドは気まずそうな声を出し馬車の出立の号令をかけた。
イリーシャとカリルリルは馬車の窓から屋敷の人達にいつまでも手を振って別れを惜しんだ。帰りの馬車は行き程イリーシャは興奮せず穏やかに過ごした。簡易テーブルでお土産にもらった木札遊具を出して遊んだり、お茶をして過ごした。 イリーシャ達の王都への帰り道は行きよりも時間がかからなかった。馬車の旅に不慣れなイリーシャを気にかけたが帰りは旅慣れたせいか長い休憩も必要なかった。宿泊を飛ばした村や街が出たくらいだ。もちろん予約してあるので代金は支払ってある。早めに大きな街でゆっくり休む形を取った。
「イリーシャ様は王妃様と王様にお土産を買いましたか?」
「マロン、街のお店に「雪の王や雪兎」などのお人形が沢山あったから、金色の王冠のと銀色の王冠の「雪の王」を買ったの」
「房飾りとお揃いですね」
「カリルリルとお揃いの雪兎も沢山買ったの」
「お留守番の方々の分ですか?」
「そう、みんなが送り出してくれたから」
「辺境でのことを皆さんにお話ししてくださいね」
にこやかな笑顔でイリーシャは頷いた。イリーシャはこれ程遠くに出かけることはきっとない。マロンもリリーと出会い貴重な経験をした。再び経験することはないだろう。イリーシャとマロンは大切な思い出として心に刻むことになる。
王都の門でマロンとエリザベスはイリーシャ達と別れタウンハウスに戻った。オズワルドとハリスやセドリック護衛騎士は王宮までイリーシャを送り届けた。オズワルドは王宮にイリーシャの帰還の報告に上がった。
「エリザベスはセドリック様に無事に房飾り渡せたのね。とても似合っていたわ」
「マロンの輝石のおかげですっごく見栄えが良くなったわ」
「エリザベスが丁寧に作ったからよ」
「お兄様には?」
「ハリス様は学園を卒業して新しい世界に進むから青の糸を選んで作った。青には「冷静」「治政」「未来」という色言葉があるの」
「お兄様には「冷静」は必要ね」
マロンはタウンハウスで一休みしたのち寮に向かった。マロンが寮の部屋で荷物の片付けをしていると手持ちした鞄の中の袋の中で何かが動いている。
「ユキはいるわよね」
ユキの布団とユキの人形は最初に出して定位置に置いたはず。目でも確認した。ユキがごろんと動いた。
「マロン、怒るなよ」
「何?何を連れて来たの?」
動く袋を取り出し袋の綴じ口をそっと開くとそこには義母が渡してくれた服の中から「スネ」が顔を出していた。
「マロン、こんにちわ。驚いた?」
「スネ、どうして王都までついてきたの?来年まで帰れないのよ。ジルがさびしがるじゃない」
「スネ、転移できる」
「転移できるのは見えるとこだけでしょ?」
「マロン目印ついてるから大丈夫。この部屋なら転移していいとユキが言った」
「ユキ?」
マロンがじろりとユキを睨む。ユキはごろりと背?を向けた。ユキに言わせればライの屋敷に比べれば王都などすごく近いらしい。マロンは納得できないが、ユキとスネは「転移できる距離だ」と言い張る。
マロンはライの屋敷を出る時「キラキラ」が体に入ったから王都にいてもライの場所を感じ取れるようになった。だからスネは王都に一度くればマロンの所に転移できるから試しに隠れて王都についてきたと説明してくれた。
もし転移できなければ1年ユキと王都を見て歩けばよいと思った。本当にスネらしいしユキまでそれにのっかっている。スネが転移できればユキも転移できるからジルの所に行ける。でも逆にジルが王都に来ることもできる。巨大なフェンリルと白蛇が王都を闊歩する姿がマロンの頭に浮かんだ。
「ダメよ。王都に住むのはダメだからね。ユキは辺境に行っても良いけど王都に住むのはダメ」
「分かってる。この部屋から出ないよ。それにジルは年だから頻繁に転移できない。その代わりマロン連れて転移できる。すごいだろ。いつでも帰れるんだぞ」
「それはそれで不味いでしょう。辺境の人に見つかったら問題になる」
「そういうものか?」
マロンはスネを手に乗せスネを見つめて説明した。
「王都にいる私が辺境に簡単に行き来したら何かあると不審に思われる。辺境に移動するには騎乗か馬車移動7日間かかるんだから。転移が出来るなら誰でも使いたくなって、スネは大変なことになるよ。鎖で繋がれて、こき使われるわ」
「大丈夫だよ。元の体になって暴れてやる」
「それでは辺境や国が荒れるでしょ。穏やかに暮らしたいジルが困るわ」
「ジルが困るのは困る。マロンもユキも困る?」
人と人外の常識が違うこともそうだけどユキやジル、スネ、ホワイトをマロンは人の悪意に晒したくなかった。心優しい彼らを守りたい。
「スネの力は特別だから人には知られたらだめなの」
「古竜のじいさんやライにも言われてるから分かってる。ちゃんと見つからないように転移してくるから心配しないで。じゃ、スネ帰るね。これでお菓子を取りに来れるようになった。ジルもホワイトも喜ぶ」
あっけなくスネはマロンの目の前から転移して消えていった。マロンは一気に力が抜けた。
「マロン、スネはおやつを取りに来るのが目的だ。森の中が一番過ごしやすいはずだから街には出さない。コユキをスネに張り付けておいた。まあ、俺もスネが一番心配だからな」
マロンは近い未来ポケットにスネを忍ばせ学園を歩く姿が想像できた。その想像を打ち消すように頭を振った。お休み中は勉強をする時間が取れなかったので後期の試験の結果で錬金薬学が取れなくなる。腰を据えて頑張ることにした。スネの転移を心配したが、あれからスネは転移していない。マロンの取り越し苦労だったようで安心した。
まだ荷物はかたづいていない。リリーから貰った収納袋を開けるのが怖い。一つは多量の服が入っている。残りの袋を手に取ると頭の中に袋の内容が書き出されている。
布材料 【布(綿と麻混合素材・綿素材・絹素材・魔蜘蛛素材) 糸各種・ボタン等の小物・・】
宝飾品 【首飾り各種・耳飾り各種・指輪各種・・】
服以外の備品【靴各種・鞄各種・手袋各種・髪飾り各種・・】
作業道具 【服飾関係・園芸関係・調剤道具(リリー用)・家事炊事道具・・】
お家 【ライの住んでいた小さな家・・】
この小さな袋の中に家が入っている?リリーは何を考えて家を収納したんだろう。こんなもの手軽に出せない。収納内容が頭に浮かんだことは本当に助かる。リリー専用の道具はどうしたらいいんだろう。勝手に使えない上にマロンが死んだらすべて消滅してしまう。なんとも重いお土産を貰ってしまった。
高級布はマーガレットやエリザベス、エリーナ達に贈ってドレスでも作ってもらう。多量のドレスはサビーナ夫人に見てもらいエリザベスが使えれば使ってもらう。すべてを放出する訳に行かないので、学園にいる間は良いが仕事に就けば学園の制服で過ごすわけにいかないのでマロンも大事に着させてもらう。他は今は考えられない。宝飾関係は怖ろしくて手にできない。作業道具は楽しそうだ。
「マロン、収納項目に集中するともっと細かく表示されるぞ」
「何で知っているの?」
「あれ?マロンの上の透明なスクリーンに文字が出ているよ」
「ほんと、頭にも浮かぶし目でも確認できるんだ」
「ほんとに高機能だね。リリーは凄く優秀だったんだね」
これで欲しい物を選択して散りだせるしマロンの収納に移すこともできる。一応マロンの収納は生活魔法ということでそんなに大きくはないことにしている。おばあ様のポシェットはお出かけ用にしている。収納の魔法も収納ポシェットも貴重。ただいくらでも入るから整理をしないとただのごみ入れになりかねない。今は寮生活なので出せるものがないから仕方がないとマロンは自分に言い訳していた。
学園は始まったが冬の長期休みに浮かれることなく、後期試験に向けSクラスも勉強一色になった。4学年になると専門性が高くなり学園外に出かけることも多くなる。ハリスは騎士科だったので王都の騎士団の訓練に参加し見習いの仕事にも参加していた。マロンは錬金学を学び、いずれは錬金薬学に進みたいと思っている。薬の販売や手続きなども調べればならない。
魔法陣は今の段階で一応試験は合格しているのでそれ以上取る余裕はない。教室自体はとても過ごしやすかったが、これ以上進む者は魔道具師や魔導師を真剣に目指す。ライのように余裕あるから講義を受ける者は返って足を引っ張ることになる。
学園に入るなど考えもしなかった頃から比べれば、マロンの目的は変わらないがそれを目指すための目標は学年が上がるごとに変わっていく。学ぶ楽しさとはそう言うことかもしれない。マロンは無事後期試験も良い成績で終わった。いくつかの講義はステップすることで錬金学に振り分けた。
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