94 家事精霊の救い
「リリー、少し休んだら。休みなしに全部覚えるのマロンは大変だよ」
「スネ、もう試食できない。お腹いっぱい。一休みする」
「あら、マロンは人間でしたね。人は脆弱だったことを忘れてたわ。お茶でも飲みましょう。マロンの服が粉だらけ、お着換えしましょうか?」
「服なら持っています。着替える場所を貸してください」
「マロンはライと同じ、乙女としての自覚がない。ただ清潔であれば良いのではないのですよ。この年で化粧もしていないし、化粧水も知らない。髪質は良くてもくたびれたリボンで縛っているだけ、本当に女の子に生まれたことが残念な人ね。だから〇△▢・・・・」
「マロン、諦めて休め。リリーの小言は右から左に流せ。何百年ぶりの楽しい時間をリリーは過ごしている」
「あれで?楽しい時間ですか?お小言ばかりではないですか?」
「そんなことはない。人も年を取ると愚痴っぽくなるだろう。あそこの爺さんたちみたいに。リリーもきっとそうなんだよ」
マロンは慣れない錬金術や蜜蜂の箱や石鹸を作らされたりしてリリーに振り回されていた。マロンの意見などリリーの耳には入らない。上手くできれば褒められるが失敗すれば「もう一度」が続く。それでもリリーは楽しんでいるとジルは言った。
「そうだ!リリーは服を沢山作ってあるの。お着換えしましょう。収納袋に入っているの。マロンはライの若い頃と背丈も体型も同じ。「運命」だわ。2階に上がって談話室の隣の部屋に大きな鏡を出しましょう。男どもは庭園の整備でもして頂戴。さあさあ行きましょう」
マロンは一息入れる暇なく2階の部屋で衣装替えをすることになった。リリーは収納袋から服を次々取り出しクローゼットにみっちりと衣装を掛けて行った。
「ここからここまでがデイドレス、ここからが夜会用のゴージャスなドレス、まだマロンには早いわね。ライなんて一年に2回ぐらいしか着ないのよ。ほんと残念。そしてこれは日常のドレス。マロンはもう少し自分の服に気を使いなさい。マロンは貴族?平民?」
「わたしは元平民の今は男爵令嬢かな」
「ライと一緒。それなら夜会ドレスはいらないわね。それ!」
リリーは夜会用の見栄えのするフリルやリボンのついたドレスを元の収納袋に収納した。それでも8割まだ吊るされている。どれだけドレスを作ったんだ。きっとライさんがいなくなっても生まれ変わったライのために作り続けていたんだろう。切ないほどに主思いだ。マロンは今日一日リリーが満足するまで付き合うことにした。
リリーは凄いスタイリストだった。あちこちからドレスや小物を魔法で取り寄せマロンを着せ替えていった。ライとマロンは好みが同じなのか、リリーの組み合わせはマロン好みだった。中には仕事着や男の子の着るようなズボンまで出してきた。
「この綿のシャツとズボンはライが冒険者として薬草採取に行くときの服なの。汚れ防止がついているのよ。薬草を育てるならこの服に着替えなさいよ。10組ほど同じものがあるからおばあさんになるまで大丈夫よ」
「10組も?背が伸びるかもしれないのに。汚れ防止?」
「それに劣化防止に破損防止もしてあるかも?マロンはもう背は伸びないわよ」
「畑仕事に着る服にそこまで・・えっ、背が伸びない?」
「ええ、もう伸びないけど可愛らしくて良いわよ。グレイが過保護なの」
「グレイ?」
「そう、口煩いけど頼りになる「妖精猫」」
「ジルの持っていた絵本のお話に出てくる「ミミ」?」
「あれはお話、本当のグレイは癖の強い妖精猫なの。でもね、ライがまだ子供の時から一緒にいたの。リリーもグレイのおかげでライに出会えたの。そのグレイが「ライは脆弱な人族だから」と言っていたから色々魔蜘蛛や魔羊達と工夫したの。楽しかったわ」
「マロンは赤い薔薇貰ったことある?」
「赤い薔薇ですか?ないですね。男性から贈り物はまだもらったことないですし、理由もない人からの贈り物は怖いです」
「マロンはダメね。赤い薔薇は「情熱」「愛」「美しさ」なのよ。それに贈られる本数で伝える意味が違うの」
「ほーー、花言葉?」
「1本は「一目ぼれ」3本は「あなたを愛しています」5本は「貴女に出会えて幸せです」9本は「貴女をいつも思っています」12本は「ダーズンローズ」と言って結婚を申し込むの。ロマンティックよね」
「辺境の温室の薔薇は食用にもなりますが、「結婚の申し込み」に使われるとは知りませんでした」
「実はリリーも知らなかったから、赤い薔薇で香油を作れると知って毎日赤い薔薇を貰ったわ」
「リリーさんがプロポーズされたのですか?精霊と人間は結婚できますか?」
「違うわよ。国が違うと花言葉も変わるのかしら?薬草を育てるなら植物一般の勉強もしなさいよ。香油は化粧品によく使われるから。花の香りにも意味があるはずよ。もう心配な娘だわ」
リリーはそう言いながらもマロンに色々教えるのが楽しくてたまらないようだった。
「マロン、リリーは満足したみたいだな。ここはリリーの世界。時が外の世界と違うようだ」ユキが囁いた。
「やっぱり、あれほど料理したり薬を作ったのに日が暮れない。お腹もすかないし、眠くもならない。服の着せ替えだけでも半日はかかっているはずなのに」
「このまま此処にいつまでもいるのは良くないかもしれない」
マロンはユキの言葉を耳にしながら、いそいそと次の服を組み合わせている不思議な不思議なリリーを眺めた。マロンはリリーの持ち出した服をとんど着せ替え人形のように着ては抜いてを繰り返した。疲れることもなく、途中からは一瞬で服が変わるようになっていった。
「どれもマロンに似合うわ。これ全部あげる」
「これはリリーさんが精魂込めて作ったん服でしょ。貰えない」
「そうよ。魔蜘蛛や魔羊達と、あっ魔蜘蛛メイド隊も手伝ったわ」
「それなら余計貰えない」
「いいの。もう屋敷には誰もいない。ライはきっとどこかで生まれ返っている。幸せならそれでいい。リリーもう疲れちゃった。マロンと料理もしたしお薬も作った。お洋服の着せ替えもできて凄く満足した。懐かしかったし幸せだった」
リリーは取り出した服を収納袋にどんどん放り込んでいく。出すときはとても大切そうに扱っていたのに今は魔法で放り込んでいる。それでも皴にはならないらしい。
「リリーの料理や薬や化粧品などの記録帳マロンにあげる」
「リリーが数百年大切にしたものでしょ」
リリーは他の収納袋をいくつか出してきた。リリーは最初はライを思い出していたのか切なそうな顔をしていたが、今はとても明るく笑顔になっている。
「リリーはもうすぐ消えるの。そしてリリーも精霊として生まれ代わる時間が迫っているの。本当はとうにその時は過ぎていた。屋敷にしがみついて精霊王に反抗していたの。もう少しで消滅するとこだった。
それでもいいと思ったけど、今日マロンと色々出来てすごく楽しかった。消滅したらライにも会えないしマロンにも会えない」
「リリーは記憶を持って生まれ変われるの?」
「ううん、記憶は持たないけど、きっと心は温かいと思う。だって、生まれ変わる前にジルやスネに会えたし、とても楽しい時間を持てたんだもの。ありがとう。この収納袋はリリーのものだから遠慮なく貰ってね。マロンしか使えないように使用者固定してあるからね。リリーが消えたら屋敷は消えてなくなるわ。元の世界に早く戻って」
「リリー、薬草土ごと貰っていくよ」
「全部貰って行って。ジル、スネ、ありがとう。またいつかどこかで会えるかもしれない。先に精霊に生まれ代わるね。マロンをお願いね」
ジルとスネはリリーに駆け寄り、リリーの腕の中に飛び込む。しばらく抱きしめられるとジルとスネはリリーから離れた。人型のリリーの姿が少しずつ霞んでいく。最後にキラリと輝いた。
「マロン帰るぞ。ここに残ると森に飲み込まれる」
ユキの冷静な声でマロンは気を取り直した。ユキから渡された収納袋や記録帳を自分の収納に収めた。
「ユキとホワイトはジルに捕まって、スネはマロンに「収縮」の魔法をかける。マロンはスネに抱きついてくれ」
リリーが消えた瞬間から屋敷は少しずつ形を変えていく。窓がなくなり部屋の壁がゆっくり消えていく。部屋の中に森の香りの風が流れてきた。屋根が消えた。
「転移するぞ」スネの掛け声とともに目の前の風景がゆがむ。も一度屋敷を見ればもうそこには跡形もなく屋敷は消えていた。
「リリーを救ってくれてありがとう」マロンの耳に誰かの声が届いた。
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