93 家事精霊の錬金指南
リリーは庭園の横に作られた薬草畑で薬草の説明をマロンに始めた。
「これとこれは傷薬を作るのに使う。こっちは回復ポーション用、この木はオリーブ、化粧水や髪の洗剤に使う。魔力草もまだ生き残っていた。モスが居たら立派な薬草園だったのに残念」
「リリーさん、オリーブは辺境にもあります。私も手作りの髪用の洗剤を作りました。薬草の初心者の私にはとても助かります」
「なんでも聞いて、ライとの付き合いはグレイの次だけど一緒に仕事した時間はわたしが一番なの」
「リリーさんは家事炊事だけでなく他のことも万能だったのですね。ライさんは前世の記憶を持って生まれた不思議な人だと聞きました」
「そうなの。だからお菓子や料理など珍しい物を作ってくれた。とても美味しくてみんなが喜んだ」
「私を育ててくれたおばあ様はライさんと同じかもしれない。記憶が前世かは分かりませんがこの世界ではない記憶を持っていました」
「ライ以外にもいるの?」
「稀人、落ち人、などと呼ばれ教会でお世話しているそうです。おばあ様は晩年そのことを筆記帳に書き残してありました。パンケーキ、アイス、プリン・・」
「「ライも作ってくれた」」
「きっと同じ世界の記憶を持って生まれてきたのかもしれませんね」
「おばあさまは幸せでしたか?」
「幸せだと言って亡くなりました」
「幸せで良かった・・」
そう言いながらリリーは優しく薬草の土をつけたまま根付きの薬草を箱に詰めていった。ジルとスネはそれを収納していった。
「リリーさんはライさんのお仕事もお手伝いしたのですね」
「そうよ、なんでも聞いて頂戴」
「リリー、マロンに「たまごボーロ」の作り方を教えてくれない?スネはもう一度食べたい」
「ジルも食べたい」
「リリーさん、わたしからもお願いします。ジルもスネも私がお世話になっている辺境領に住んでくれています。ライさんの「たまごボーロ」が食べたいと言って錬金釜や本を貸してくれました。リリーさんが沢山作ってくれた「たまごボーロ」をジルは大切に食べていたそうです」
「みんな大好きだった。グレイなんて長老になっても時々貰いに来ていたわ。久しぶりに料理をしたいけど材料がない。長い間人がいなかったから買い物もできなかった」
がっかりするリリーにマロンは心配ないと声を掛けた。マロンは寮生活で料理をする。大抵のものは収納してある。貧乏性と言うか時間停止の収納のせいか安い時に大量に購入する癖がある。特にユキの好きなお菓子の材料は欠かさない。
「わたしが材料を持っていると思います。わたしは時間停止の収納持ちですから買いだめしてあります」
リリーはピカピカに磨かれた厨房に案内してくれた。時間が止まったままの厨房はリリーが動き出したことで時が動き始めた。リリーは自作の料理帳を取り出した。料理帳には事細かく材料や調理法が書かれていた。それを見ながら「卵、片栗粉、砂糖、ミルク」と準備する物を言葉に出した。マロンは収納から順番に調理台に出していく。
「リリーさん、錬金釜を出しましょうか?」
「リリーは魔法は使えるけど錬金釜は使えない」
「でも料理帳に錬金釜を使った調理法も書かれていますよね」
「リリーいつか進化したら錬金釜使えるようになるから、ライの調理法見て書いておいた」
「リリーさんは勉強家ですね」
「リリーは頑張り屋ってライ褒めてくれたから任せて、マロンにはまずは「たまごボーロ」を教えます。みんな大好き、グレイなんて長老になっても時々戻ってきては持ち帰った。久しぶりの料理に緊張してきたわ」
口では緊張したと言ったリリーだったが手慣れた様子で次々「たまごボーロ」を作り上げた。その後マロンは真似をしてリリー先生の指導の元調理を始めた。
「マロンはなかなか筋がいいね。料理をしたことあるわね」
「おばあ様が料理だけは全然ダメだったので、わたしが自ずと炊事はするようになりました」
「誰しも得意不得意はあるわ」
「でも、リリーさんは不得意はないでしょ?」
リリーはマロンに褒められ気を良くしたのか他にもいろいろな料理、主にお菓子などを教え始めた。リリーとマロンの作るお菓子の味見係のジルとスネとホワイトはそれは喜んで参加した。ジルはことのほかリリーが嬉しそうな様子を喜んでいた。
「リリーは妖精や精霊のカフェを経営していたんだ。すごい人気店だった。ライが使いきれないほどの薬草が集まった」
「そうだったわね。そのうち錬金素材まで集まった。それはそれで洋服を作るときに役立った」
リリーは服まで作ることが出来るみたいだ。家事精霊は高スペック。マロンは小物は作れても服は1枚しか作ったことはない。
「マロン、次は錬金釜で同じものをつくりましょう」
「えっ、錬金釜は収納しただけで使い方を知りません」
「大丈夫、リリーはライの仕事ずっと見て記録も残してある。失敗しても食べられないだけ。リリーがついてる。パンを作るとふかふかでとても美味しい。魔力を込めると作った人の魔力の味がするの。錬金調理はやるべきよ」
リリーは今まで一人で過ごしていたせいかすごく饒舌だった。マロンは錬金釜を二個出した。どちらかが料理用らしい。どちらかは分からない。
「どちらも口に入れるもの。ただ、毒草を使ったりするから大きい方がお薬用、小さい方が料理用にしていた。お薬用は後で使うから小さいほうの錬金釜に「クリーン」かけて、あっ、マロンは生活魔法出来る?」
「できます。道具を綺麗にするのは大切なことですね」
「マロン、偉い。口に入れるものは「清潔」が大事。ライは良く手洗いしていた。石鹸の作り方も教えるね」
錬金釜を使って作る「たまごボーロ」はオーブンを使わない代わりに魔力を込める。最初に材料を混ぜたて、小さな球状にした種を錬金釜に入れ魔力を流す。リリーが料理帳を見ながら声に出してマロンに指示を出す。
「最初は軽く流しながら掻き混ぜた種が軽くなったら少し強く魔力を一気に流す」
「軽くって?」
「軽くです」
リリーは錬金釜に魔力の込めたことがないので「軽く」「ちょっと多く」「ぱっと」「一気に」などの表現が多い。マロンは基準が分からないので「軽く」を「1」として数値化することにした。
マロンは魔力を「1」流しながら錬金釜を錬金棒で混ぜる。最初は窯の底にたまった種をかき混ぜるのに力がいったが徐々に軽くなってきた。
「リリーさん、軽くなったので先ほどより「5倍」ほど魔力を一気に流します」
「ボン!」錬金釜から少し煙が出た。
「焦げた匂いがします」
マロンは慌ててお玉で出来上がった「たまごボーロ」を掬い上げ、お皿に広げ粗熱を取った。黄色い球が半分ほど焦げていた。
「ちょっと焦げ臭いけどカリカリしている。まあ食べれないことはないけど・・」スネの素直な感想がマロンの心に突き刺さる。
「マロン、誰でも失敗する。大丈夫だ。俺はマロンの魔力入りの「たまごボーロ」好きだよ」ジルは優しい。
「大丈夫よ。これで魔力の流し方を掴めば薬だって作れるようになる。もう一度行きますよ」
「魔力を最後に込める量を「5倍で」は強すぎるので「3倍」にしてみます」
「向上心があってなかなかいいわね」リリー先生はノリノリだった。
それから最後に一気の魔力を流す量を「3倍」「2倍」と試した結果「2倍」が正解だった。程よく色が付きカリカリして、中は甘い。砂糖は貴重品だからこれなら砂糖の量を少なくしても良いかもしれない。
「ええと、砂糖の代わりに木の蜜、蜂蜜でも砂糖の代わりになります」
「マロン、山裾の木に甘い蜜が出る木がある。それかもしれない。「鑑定」が使えたら簡単なのに」
「ジル、鑑定なんて高難度スキルなのよ」
「ライ使えたよ」ポリポリと「たまごボーロ」を食べながらスネは話に参加する。ほんとに自由民だ。
「ライは女神の祝福があるから手に入れたんだ。あの当時も「鑑定」は貴重なスキルだった」
「辺境に戻ったら木の蜜を調べてみましょう。春から初秋までは蜜蜂から蜜を貰えるといいわね」
「マロン、蜂の蜜の集め方知ってるの?」
「蜂の巣を見つけて、苦労して採取する。時々刺されて痛い思いをします」
「違うの。蜜蜂用の箱を作って花畑に置いておくと蜜が溜まる」
「そんな箱があるの?」
「ある。リリー作り方書き留めてある」
リリーやジル、スネの会話から話はあちこちに飛び、リリーのいろいろの記録帳を披露される羽目になった。思いついたものはその場で実践指導が始まる。マロンは自分の記録の紙束のどんどん増えていく。
「ライの薬草棚があればもっと教えられるのに残念だわ」
「リリーさん、薬草箪笥ならありますよ。魔力切れギリギリでしたから魔力込めておきました」
マロンは大きな薬草箪笥を収納から取り出した。リリーは目を一杯に広げウルウルしている。
「マロンは薬草箪笥を開けることができた・・凄いわ。これは運命ね。リリーはマロンにすべてを伝えるわ」
「鼻息が荒い」と言う言葉は知っていたがまさか綺麗な女性からそれを感じるとは思わなかった。それからは記録を取る暇を与えず次から次へと錬金以外にも広がりリリーの指導が続いた。
料理から日常品の石鹸や洗剤各種、美容用品、糸、染色、傷薬、回復ポーションの初級と中級、魔力ポーション初級、休憩時間もなくリリーが思いつくものをマロンは学んでいった。多くを学んでいるのにまだ日は暮れないどころかお日様は真上だった。
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