91 マロンの失踪
両親に加温布団を無事に渡せてほっとしたのち部屋に戻るとユキが話掛けてきた。
「マロン、ジル達お家に帰るって」
さすがに満腹で寝落ちした手前恥ずかしいようだ。マロンはジルから他の絵本を見せてもらいたかったので、一旦ジル達と洞窟に行くことにした。
「マロンは小人になったことないだろう。スネに任せろ」
スネは得意気にマロンを呼び寄せ魔法をかけた。マロンはシュルシュルと着ている服ごとジルよりも小さくなった。椅子やテーブルを見上げる事など初めてだった。
「マロン、ユキと同じ大きさだね。ユキに抱きついて」
「マロン、ジルの背中に乗れ」
「マロン、スネの首に捕まれ」
各々の希望を兼ねるためにユキとスネに抱きつき、ジルの上に這い上った。ホワイトがマロンが落ちないように後ろから支えてくれた。子犬のジルがオオカミに見えるほど大きくみえた。
「じゃ行くよ」スネの軽い調子の声と共にマロンの視界がぐにゃりと部屋の風景がねじれたと思ったらジルの洞窟の前に到着していた。あっという間だった。マロンの体はまだジルの上、見上げるものはどれも巨大に見えた。
「体が小さいと洞窟が巨大な穴に見えるね」
「絵本は中にある。ホワイトに読み聞かせしているんだ」
「ホワイトは文字の勉強しているの?」
ホワイトはまだ生まれたばかりで念話も身近な仲間としかできない。ホワイトはマロンとも会話をしたいし、ジルの持っている絵本を読めるようになりたい。そんなホワイトの気持ちを知っているので、ジルは気長にホワイトに付き合っている。
洞窟の奥は辺境のおじさん達によって、随分人よりの部屋が作られていた。義父たちはたまにはここに泊まることもあるようで、布団も積み上げてあった。棚にはお酒の瓶やカップ、魔石コンロまである。
マロンはジルに加温布団を手渡すことにした。収縮の魔法を解いてもらい収納から三人の加温布団を取り出した。
「マロンそれはなんだ?」
「ジル、これは凄いんだぞ。マロンが古代語を分析して魔法陣を組み立てた加温の布団だ。この冬はこの上で寝ればほんのり温かくてよく眠れるぞ」
「スネ、スネの分は?」
「マロンは三人分ちゃんと用意してくれたさ」
マロンはジルの大きな布団を広げ赤い丸から魔力を込めると布団が一度ふわっと浮いたあと、ほのかな温かさが生まれた。
「スネも寝ていいのか?」
「スネの分もあるわよ」
「マロン、俺たちはいつも一緒に寝てるから今は一枚でいい。それより爺さんたちが来た時使ってもらう方がいいからあそこの布団の上に置いてくれ。この大きさなら三人ゆったり眠れる」
マロンはジルが大きくなっても良いように洞窟の奥の床半分ほどの布団を作ってきた。その後、吸湿のマットを取り出した。
「これはジル達がお風呂上り、このマットの上でゴロゴロすると濡れた毛の水分を取ってくれるの。そしてこの筒状のものは毛を乾かす温かな風が吹く魔道具。湯上りの小屋に取り付けておくね。赤い丸に魔力を込めると作動して再度魔力を流すと機能が停止するから。どちらも火事になるほどの高温にはならないから心配しないで」
ジル達はさっそく湯に入り体を濡らすと「吸湿のマット」の上でゴロゴロ寝ころび、「温風の筒」からの風に当たって体の乾きにを堪能した。
「マロンは天才だな。ライは薬の天才だった。すごい!すごい!」
「スネ、「冷風の筒」が欲しい。スネ毛が無いから「吸湿のマット」だけで充分。だけど夏暑いから「冷風の筒」欲しい」
「スネ、我儘言うな。これ作るだけでも1年かかったんだぞ」
「ユキ、大丈夫よ。今度来るときは両方使えるものを作ってくるわ。無理なら「冷風の筒」単独で作ってくるから」
「マロンありがとう。マロン欲しいものないか?」
「今のところないわ。錬金釜の使い方も今は分からないから」
「薬草はどうだ」
「薬草か・・」
「錬金釜使えるようになれば薬草がいるだろ?」
「薬草箪笥に沢山入っているわ」
「それでも新鮮な薬草はあった方が良い」
ユキはマロンの事を考えて辺境に薬草畑を作ったらどうかと進めてくれた。マロンが辺境に戻らなくても薬草は無駄にならない。ジルやスネも貰うばかりでは気が引ける。二人に仕事を与えるのは生活に張りが生まれると言い出した。
「スネ、ライの畑に行ってくる」
「ライの畑の薬草はまだ残ってるか?」
「分からないけど、モスとスラ大切にしてた。残ってるかもしれない」
「スネは見える所しか転移できないんだろ」
「ライの屋敷は別、あそこは特別。今は辺境のおかげで体の調子も魔力もたっぷりある」
「ジルも行きたい」誇らしげなすねをジルが羨ましそうに見た。
体力の落ちたジルが大森林を駆け巡り遠くに旅することは無理だった。
「ジル、もっと小さくなって、スネと転移すれば行ける。一緒に行こう」
「スネ、ほんとに?行く!行く!」
ジルとスネは元の主の屋敷に向かうことにしたようだ。ホワイトはジルにしがみついているので一緒に行くようだ。よく見るとユキまでがジルにしがみついている。
「気を付けて行ってきてね」
「マロンも一緒。マロンも行く。薬草育てるの難しい。モスとスラの畑見るだけで勉強になる」
「む、無理だよ。そんな長い時間留守にできない。王都に戻れなくなるし、民がが心配する」
「大丈夫、あっという間。スネ優秀。行って戻ってくるだけ。今日中に戻れる」
「本当に?行っては見たいけど」
スネはそう言って「収縮の魔法」をマロンに掛けるとそのままスネがマロンに巻き付いて転移を開始してしまった。今回は転移が二度目なのでマロンは慌てなかった。スネの転移した先は森の中だった。木々が生い茂り下草にわずかな木漏れ日が移る。屋敷など見当たらない。
「スネ、屋敷がないぞ」
「そんなはずない」
「転移ミスか?」
スネは体を大きくして巨大な大木に巻き付いて上を目指した。マロンの目からスネの様子が見えないくらい高く登った。辺境の森でもこれほどの巨木はない。しばらくするとスネがしゅるしゅると木から降りてきた。
「あった。森が隠してる。スネもう一度転移する。捕まって!」
ジルが転移する直前に巨木たちがごそごそと動き出し小道を作っていった。
「この森の巨木は魔物なのか?」
「マロン違う。迷いの大森林の巨木は意思がある。災いをもたらすもの迷わせる。良き者には道を作る」
「ユキは悪意を感じない。この道に沿って歩いて行けばよい。スネは間違っていない。森の意思で屋敷が守られていたんだろう」
元の体に戻ったマロンは本来の大きさに戻ったジルの背中に乗り巨木の作った小道を移動した。しばらくすると石壁の間に門扉が見え、その向こうに木や蔦に囲まれた屋敷が見えてきた。
「ライの屋敷だ。ジルがここを旅立った頃に比べたら随分古くなった」
「ジル、何百年も時間が経っているんだ。石造りでもこれ程しっかり残っている方がおかしいくらいだ」
マロンは何百年もたったら風雨にさらされ蔦などが巻き付いてたとえ石であってもこれ程の形は残さない遺跡の話を聞いたことがある。「森の意思」なのかは分からないが不自然だった。マロンたちが門の前に立つと、「ぎーー」と音を立て門扉が開いた。
ジルは突然屋敷に向かって走り出した。マロンとホワイト、ユキはジルにしがみついた。玄関前のロータリーの向こうに屋敷の玄関扉が開いている。
「ライー、ライがいるのか?」ジルの声が屋敷内に響き渡る。
エントランスには2階に行くための階段が二つある。エントランスにありがちな飾り物や絵画などなく殺風景だった。家主のいない屋敷は以前の持ち主によって貴重な絵画や飾り物は運び出されたのかもしれない。マロンが周りを見ていると何かが目の前に飛び込んできた。
「ライじゃない。ライじゃないけどライみたいな魔力。おまえは誰だ」
マロンは羽の生えた手のひらほどの女の子を見つめた。虫ではない。魔物か?見たことがないが話ができる。聖獣か?訳が分からない。
「何をぶつぶつ言っている」マロンの目を覗き込むように小人の女の子が羽をばたつかせていた。
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「ハリス、大変だ。マロンが転移した」
「何処に?」
「分からん。ユキが「ジル達とジルの主の屋敷に行ってくる。心配ない」と伝言をよこした」
「いつ帰る!」
「分からん」
オズワルドの発言に顔色を変えたハリスが執務室を駆けだそうとした。
「何処に行く!」
「マロンを探しに」
「お前は馬鹿か。真冬の森に入れば戻ってこれない。それにジルの主の屋敷は女神が守りし国だったところだ」
「そんな昔ばなしなど当てにならない」
「たとえ昔ばなしでもジル達は何百年も生きているんだ。彼らには現実なんだ。ここで待つしかない。王女は三日後には王都に向かう。明日は昼間の街歩きをどうしてもしたいそうだ。王と王妃に土産を買いたいからと今日は一日布団の中にいる。おまえは王女の護衛だ。それを忘れるな」
ハリスは両手を握りしめ苦渋の決断と言った風情でオズワルドに返事をして執務室を出て行った。
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