90 辺境に雪が降る 7
イリーシャたちとの「宵の雪歩き」に参加したマロンはマントに隠れて街を見学したジル達をマロンの部屋に連れ帰った。ジル達は、マロンの部屋に戻るとマロンに声を掛けてきた。
「もうお話してよいか?」
「マロン、もう出て良いか」
「ああ、疲れた」
マロンは寝台に腰かけジルとスネ、ユキとホワイトをポケットから解放した。「宵の雪歩き」の間静かにしていてくれたので、買い置きした屋台飯をテーブルの上に並べた。彼らのために準備したフォークを手渡した。
「マロンは気が利くね。これがあれば手が汚れない。あの子供から買ったパンも欲しいな」
「そんなに食べられるの?」
「スネは大丈夫。いくらでも入る」
「スネ、ここでは大きくなったらだめだからね」
「・・・」
「ジルは残った分を持ち帰る。明日以降の楽しみ。ホワイトと一緒に食べようね」
「ジル、俺も仲間に入れてくれ。スネも食べ過ぎしない。残りは持ち帰る」
「スネは食べ過ぎると何日も寝てしまうだろ。それで何度も失敗しているんだからいい加減「自制」を覚えろ」
「そういえば200年寝こけた時は大猪を食べたからか。「自制」ってなに?」
「食べ過ぎしない。我慢することかな?」
「・・・」
「街はどうだった?」
「ライと入った街とは大違いだった。雪が街を覆っていてびっくりした。人は毛が無いから寒いだろう。凍えないのか?」
「この部屋にもある魔石暖炉を部屋に置いてあるのよ。ジルの様な毛はないけど温かい服を沢山着ているし毛のあるブーツも履くから大丈夫。それに領内は神の湯が地下に流れているから大雪にはならない」
「ここの土地は掘ったら温かいんだな」
「スネ、だめよ。穴ほったらダメだからね」
「分かってる。最初にユキに言われたもん」
それからは街の様子や屋台の事、雪像など話に花が咲いた。スネもジルもホワイトも自分の雪像がないと不満が出た。ホワイトはまだしもジルやスネを街の人に見せるわけにはいかない。
「マロンが作ればいい」
「そうだよ。そうしよう」
「あの落ちてきた庭にすごーーく大きなものを作って」
「それは無理だろう。マロンは女の子だぞ」
「男の子居る。お爺さんは男だから出来る。スネも手伝う」
「スネ、ここに居ることばれたらダメだろ」
やっぱりスネは危ない。
「スネ、絶対に大きくなったらだめだからね。「たまごボーロ」をあげないから」
「スネ絶対大きくならないからマロン意地悪言わないで」
「明日、わたしが大きくはないけどスネとジルとホワイトとユキを作るからそれで我慢して」
「ユキは作らなくていいよ。ユキはマロンに人形を作ってもらったもん」
イリーシャ用に作った人形の一つがユキの布団の横に置いてあった。ユキは欲しくないと言いながら結構気に入っているようで人形と並んでゴロゴロしている。スネは何でも真似したがったので、帰る前に羊毛でジルとスネ、ホワイトを作ることになった。そのおかげで早朝おきて雪像作りは免除された。
洞窟組は満腹になるとそのままマロンの寝台で寝てしまった。残り物はいったんマロンが収納して帰る時に持たせることにした。
「よほど楽しかったようだな。マロン、ありがとうな」
「ジルもスネもホワイトも良い子にしていてくれたから良かった。ユキもご苦労様」
「ジルは「人恋しい」と言っていた。どういう意味だ?」
「人恋しいはさびしい、人に会いたい、話をしたいという気持ちだと思う」
ユキは自分の布団の上でごろりと転がる。その横にはユキそっくりの羊毛の人形がいる。ユキに押されて人形はユキと同じようにころりと転がる。
「ジルは記憶が鮮明になったから、主を失ったさびしさを思い出したのかな?」
「どうだろう。ここで暮らしていく間は辺境伯の人達と良き関係を続けていけるわ」
「そうだな。ハリスが早く結婚して子供ができれば良き遊び相手になるぞ」
「そうだね。護衛としても最高だもの」
「だから、マロンやハリスがいる時は転移を許してやってくれ」
「・・ハリスさんに頼んで置くね。義父にも頼んで置くわ。庭を駆け回るぐらいは許してもらえるといいね」
ユキはいつの間にかジルやスネ、ホワイトを仲間と思うようになっているようだ。ユキ本人は自覚していない。マロンが居なくなったあともユキはジル達と長く暮らせる。マロンとユキの一生の時間はあまりに違い過ぎる。ジルの様な孤独の時間がないことをマロンは願った。
明後日は街にイリーシャ達が買い物に行く予定だ。パン売りの少年のことがだいぶイリーシャは気になったようだ。たとえ片隅でも王宮で守られ生きてきたイリーシャには平民の暮らしは驚きなんだろう。7才で自分のスキルに会った仕事の見習いにつく。
スキル以外なら親の仕事を覚えていくしかない。農村部なら歩けるようになれば畑の草取りから始まる。生きていく道が違う。いずれはどこかの貴族に嫁入りするだろう。領地を守ることになる。わずかな触れ合いでもきっとイリーシャの記憶に残っている。思いやりのある王女になって欲しい。
マロンは部屋を後にして談話室に向かった。王女がお休みになったのか屋敷は静かだった。談話室の戸を開けるとエリザベスとセドリックの声がする。やっとオズワルドの許可を貰えたことで二人は堂々と会うことが出来るようになった。もちろん婚前の二人には侍女たちが付き添うことになっている。それが決まりらしい。
そういえばハリスと話すときは誰かが側にいるし、いない時は部屋に入らず入り口の戸を開けたまま話をしている。貴族のしきたりは難しいが、女性を守ることに越したことはない。ユリア夫人はエリザベスの事を「しっかりした令嬢だね」と褒めていた。仲良くやっていけるとマロンは思う。二人の邪魔をしないように静かに戸を閉めマロンは部屋に戻り、寝台の隅でジル達と寝ることにした。
翌朝イリーシャが熱を出した。旅の疲れか昨夜の街歩きが冷えたのか分からないが高熱ではないので、安静にして休むことになった。医者にも見せたが心配はないとのことだった。
「ここに来て多くの事を学びましたから知恵熱ですね」
さすがカリルリルは以前にも何度か同じようなことがあったようで常備薬を持参してた。「子供は7歳までは神の子」と言われるほど病になり育ちにくいと言われている。マロンはそうでもなかったが、エリザベスは良く熱を出したらしい。
子供の微熱程度で「治療魔法」などかけない。基本怪我などが主になる。体内の治癒力を高めるが体力は高めるどころか治癒に使われる。体力のない子供にはあまり適さない。
そのために薬師の薬が重宝される。高齢者に置いても同じことが言える。街の薬師が薬草から作る薬はそれなりに需要がある。冒険者の中には薬草採取を生業にしている者も多い。北の辺境は「神の湯」のおかげで体の傷や痛みなどは治りが早いし、領内は雪が積もるがまだ過ごしやすい。
マロンはイリーシャの対応でバタバタしていてセバスとマーガレットにお土産を渡してないことに気が付いた。なんとも情けない娘だ。大いに反省した。マロンがまずはマーガレットの空いた時間に加温布団を二人分手渡した。使い方も説明した。
「この綿入りの布団普通の布団より薄いわね。この赤い所に魔力を込めると・・・温かいわ」
「どんなに魔力を込めてもこれ以上温度が上がらないから火事にはならない。込める魔力も少しでいいの。もう一度魔力を流すと加温されなくなるようになっている。帰ってきたらすぐ渡そうと思ったのに遅くなってごめんなさい」
「何言ってるの。私達も王女の迎え入れでマロンとゆっくりする時間が取れなかったわ。今回は仕方ないわね。でもすごい物作ってきたわね。セバスが喜ぶわ」
「あと、これは下着の上に着てもらうと温かいかなと思って作ってみたの。操作は布団と同じ、一枚の布に頭が通る穴をあけて横は縛るだけの簡単なものだけど・・」
「あら、いいわね。これも魔力で温かくなるのね。スカートの中に入れたら足元からの冷え予防になるわ。セバスたちも討伐の時など必要ね。でも、作れるのはマロンだけかな?」
「どうしてわかった?」
「だって、布に何も書かれていないのに魔力を流すということが不思議でしょ。こんな不思議なこと考えるのはマロンだけだもの」
マロンは学園でのユリア夫人との出会いから「古代語」と「魔法陣」を学んだ結果だと説明した。加温の魔法陣を魔蜘蛛糸で刺繍して魔力を流すと魔法陣が消えてしまうので布には何も残らない。ただ自作の魔法陣なので耐久性や安全性などが確認できないので商業ギルドには登録したくないと話した。
「マロンが慎重で良かった。そうね。古代語から導かれた魔法陣なんて大発見だと思うけど、きっとマロンの手から離れていくわね。貴女のおばあ様との思い出を荒らされるのはわたしも嫌だわ」
「オズワルド様にはばれています」
「仕方ないわね。私から上手く言っておくわ。あの方は無理は言わないわ。マロンは本当に不思議なことを思いつくわね。学園は楽しい?」
「楽しいです。色々な人がいることを知りました。二人の勧めで学園に行けたことは良い出会いと学ぶ機会が得られました。わたしはおばあ様にと両親に守られていたんだとつくづく実感しました」
「マロンが残り二年どんなことをしでかすかとても楽しみよ」
「お母様、それほどお転婆ではありませんよ」
「お転婆するより素敵な方を見つけなさいよ」
「お父様が俺の目で確認すると言ってました」
マーガレットと笑いながらセバスの話に花が咲いた。マロンを娘にしたことでセバスはやる気が増したと仲間に言われているらしい。騎士の訓練以外に最近は魔道具にも関心が向いている。マロンの使いやすい小型魔道具を色々考えては魔道具師の所に出かけている。無理な注文ばかりで相手も大変だと義母は笑っていた。義母は辺境伯夫人の代わりに屋敷を取りまとめている。苦労が絶えないからこそ体を大切にして欲しいとマロンは思った。
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誤字脱字報告感謝です (^o^) 5月3日に更新します




