9 おばあ様の死
マロンが「生活魔法」を使えるようになると格段と家事炊事が手早くできるようになった。桶で手洗いしていた洗濯を手洗いをやめて、ぬるま湯とあわあわの実を砕いで入れて洗濯物と一緒に桶に入れて、水を動かせば洗濯が終わる。干した洗濯物から水を抜けばもう乾いてしまう。スープだって、魔力を込めるとすぐに味が染みていつもより美味しく早く仕上がる。刺繍さえも手早く出来るようになった。
何処が「外れスキル」かマロンには分からない。おばあ様は「普通は魔力切れしてそんなに使えないのよ。だって、平民は魔力量が少ないからね。マロンは魔力量が少ないのに不思議ね」と言って頭をかしげている。おばあ様は魔法の教えは受けていないので、良く分からないから、今度ロバートさんに相談しようと話していた。
もちろんマロンだって他に生活魔法の使い方があるなら知りたい。収納は本当に便利だった。パン屋で買ったふかふかなパンや焼きたての串焼きさえも、温かいまま家に持ち帰ることが出来た。収納サイズは大きくないけど優れものだと思う。
「祝福の儀」を終え夏を迎えた頃から、おばあ様は元気がなくなった。夏の暑さのせいかと家の中に冷風を起してみたが変わりなかった。小さな氷が作れるようになり冷たい果実水を喜んでくれた。パン屋をやめようかと相談したら、「年からくるものだから心配しないで。マロンはお仕事に責任を持つことが大切よ。寝たきりではないのだから大丈夫。ユキが相手してくれるわ」と言って微笑んでいる。
マロンは後ろ髪を引かれつつもパン屋の仕事を続けることにした。秋にはロバートさんが街の市に訪れ、店に顔を出さないおばあ様を心配して家に来てくれた。
「店は若い者がいるから、シャーリーンさんは俺が見ているよ」
そう言って、7日ほどおばあ様と昼前まで過ごしてくれていた。昔話に花が咲いたとおばあ様の顔色も少し良くなったような気がした。そして、ロバートさんが王都に帰り静かな日常が戻った。このころにはおばあ様は刺繍をすることを止め、書き物に精を出していた。根を詰めなければよいと思ったがそれほど座っては過ごせなかった。
マロンは街の家具屋でゆったりと過ごせる一人用のソファーを見つけた。まだ試作品だが魔石に魔力を流すと、背もたれを調節でき背もたれが倒れると足台までが持ち上がるようになっていて、仮眠をとることもできる優れもの。貴族の老人に依頼された物らしい。貴族用は革張りの磨き上げられた木製の物らしいが、試作段階は布張りの木目の粗い木でできていた。展示用だったが、マロンの目に飛び込んできた。
マロンがパン屋で貯めた3年分のお給料でどうにか買える値段だったので思い切って購入することにした。魔石に魔力を充電すれば、魔力がなくても動かせるようにしてもらい、家に配達してもらった。ユキのいる窓際にソファーを置き近くにテーブルを置いて、お菓子や果実水を置いておいた。おばあ様はソファーの肘あてに板を置いてその上で書き物をして、疲れたら背もたれを倒して休んでもらう。ひざ掛けも準備しておいた。
「マロン、素敵なソファーね。体がとても楽だわ。支払いはカードで済ませてくれる?」
「これはマロンからの贈り物。わたしだって蓄えはあるわ。街の裁縫師のとこで専従の刺繍師にならないかと誘われているの。「生活魔法」で技量が上がったから。凄いでしょ」
おばあさまの様子からマロンは刺繍師として就職する踏ん切りがつかなかった。今はパン屋で働けば昼前には家に帰れるし、内職(刺繍)は家で出来る。うつらうつらしているおばあ様を置いて仕事には行けない。そんな経過をたどりロバートさんが春を連れてマロンの前に現れた。
ロバートさんは秋の時のようにおばあ様に連れ添ってくれた。そしてロバートさんを待っていたかのように静かに息を引き取った。
「マロンさん、シャーリーンさんは裏の丘に埋めて欲しいと言っていた。その準備はわたしがしておくから今日はシャーリーンさんと最後のお別れをしておくといい」
そう言って、ロバートさんとカリンさんは家から出ていった。少し痩せたが最後まで、きれいに髪を整え、薄くお化粧もしている。本当に淑女と言う言葉通りのおばあ様だった。マロンの目から大粒の涙があふれてきた。誰もいない家の中でマロンの嗚咽のみが響いた。どれほど時間が経ったのだろうか最近寝れなかったせいかおばあ様の寝台の横でうたた寝をしてしまった。泣きすぎて目が開かない。思わず目に「ヒール」を掛けてしまった。
マロンの「ヒール」ではおばあ様の病気を治すことは出来なかった。もっと魔力があったらおばあ様を直せたにと思うとまた涙がこみあげてきた。おばあ様の好きだったドレスとショールに最後まで書いていたものをおばあ様と一緒に収めようと思った。
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