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89 辺境に雪が降る 6

「宵の雪歩き」をして広場で軽食を食べ馬車が待っている広場に向かって歩き始めたところで、マロンに念話が飛んできた。よくここまで黙っていてくれたとマロンは感心した。


『いいな。ジルも食べたい』

『スネも食べたい』

『ユキもホワイトも食べたい』

「持ち帰るから我慢して」


『外見たい。雪人形みたい』

『スネも見たい』

『ユキも・・』

「分かった。帽子の中で暴れない。セドリックに気を付けて。ユキは髪飾り、ジル達は帽子をかぶるからそのままマントのポケットに移動して」


マロンは不自然にならないようにマントの帽子を持ち上げ頭に被せた。


「マロン、寒いのか?・・・ジル?」

「驚かないで、どうしても「宵の雪歩き」したいと騒ぎ出したから」

「まあ、勝手に街に出られては困るから・・マロンが居ればいいか」


 マロンはハリスにばれても仕方ないと思っていたが即刻だった。ジルとスネはマロンのポケットから顔を出して手?を振った。あきれ顔のハリスはポケットのジルを人差し指でふさふさの白い毛を撫でた。


『ハリス優しい。雪の街、雪人形いっぱい。明かりも綺麗』

『屋台すごい。沢山食べたい』

「今回は沢山持ち帰れないけど、今度沢山差し入れするね」

『お菓子沢山欲しい』


 ジルは数百年前の主と住んでいた街と違う景色を見て昔を懐かしんでいるようだった。ジルは目先の楽しみに追われるところがある。同じ聖獣でも性格はだいぶ違う。抑えどころはお菓子である。


「マロン、明日街に行く?」急にイリーシャが振り返った。


 思わずマロンはポケットに手を当てる。慌てたジル達はポケットの奥に潜り込む。落ち着いた声でマロンはイリーシャに答えた。


「明日は体を休めないといけません」

「イリは元気だから」

「イリーシャ様は元気でも護衛の騎士や侍女たちは疲れています。体も思いのほか冷えています。他の人のことも考えてあげないといけませんね」


「イリ、我儘言った?」

「我儘ではなくイリーシャ様の希望だと取りました。イリーシャ様のために働く人を思いやることも大切です」


「分かりました。カリルリル、我儘言いました、ごめんなさい」

「イリーシャ様が分かっていただけて嬉しいです」


「街に出たらお父様とお母様にお土産を買って行きたい」

「それはお喜びになりますね」

「イリーシャ様、お手が空いた時間に「房飾り」を作りませんか?」

「房飾り?」


「房飾りには悪いことを払ってくれる、「お守り」となるそうです。さらに、人と人を結び付ける意味を含む「縁起」の意味にもなるそうです。剣の鞘の飾りにしたり、髪の飾りにしても良いです。辺境は糸が沢山ありますから産業の一つになっています」


「マロンさん、屋台で見ました。綺麗な色糸で作られていました。髪飾りになっているものもありました」

「イリーシャ様の手作りなら王妃様は喜ぶのではないですか?マレさんにも渡すと良いですよ。もちろん糸の材質や色はカリルリルさんと相談しましょうね」


「イリ出来るかな?」

「みんなでお手伝いします。エリザベスも上手ですよ。エリザベスはセドリックお兄さんに作るから一緒にやってみましょう」


「マロン、余計なこと言わないで」

「ほら、イリーシャ様、エリザベスが真っ赤になっています」

「ほんとだ。お熱が出たの?」


イリーシャの言葉でその近くにいた者は思わず笑い声が漏れた。イリーシャとカリルリルが話している横から男の子が飛び出してきた。オズワルドはイリーシャを背に庇った。


「驚かしてごめん。これを買ってもらえないかと思って」

「何だね」

「家で作った大麦パン。中に甘い豆の餡が入っている」

「親御さんは?」

そこに少年より小さい女の子が駆け寄ってきた。


「メル、家の中にいろ。寒いだろ」

「お兄ちゃんが働いているからメルも働く。これお母さんが作ったの。とても美味しいの」

「お母さんは?」

「お母さん、熱があるから今日はお兄ちゃんが売るの」


黒髪の茶色の瞳の女の子はとても可愛いが、生活は豊かではないようだった。


「お父さんは?」

「そんな奴いない」

「お父さんはお酒飲みに出かけた」

「メルしゃべるな」

「お兄ちゃん、ごめんなさい」

「俺も言い過ぎた。もう帰ろう」


「待って、大麦パン貰えますか?」

「同情はいらない」


小さな怒りが少年の言葉に現れていた。マロンは少年に向かい声を掛けた。


「お兄ちゃん、今は見栄を張るところではない。商売は嫌なことがあっても顔に出さない。お客に気分よく買ってもらえばよいのよ。お母さんはいつも笑顔で商売してるでしょ。メルちゃんの方がパンが売れるかもね。メルちゃんパンを売って下さい」


「お兄ちゃん、売ってもいい?」

「ごめんなメル。お客さんありがとうございます。10個ありますが何個欲しいですか?」

「10個下さい」

「2個で1鉄貨です。10個で5鉄貨です」

「計算ができるのね」

「お母さんに習ったの。メル、名前が書ける」


マロンは5鉄貨を小袋から出して少年に手渡した。少年の手はあかぎれができていた。


「おねいさん、ありがとうございます」

「ありがとうございます」兄妹は頭を下げた。


「こちらこそありがとう。今晩のお夜食に食べますね。寒いから早く帰りなさい」


 兄妹は空になった籠を振り回しながら手を繋ぎ家に向かっていった。本通りに屋台を出せない庶民が「宵の雪歩き」の人に声を掛けて、手作りのお菓子や軽食を売って生活の足しにしている。

屋敷に向かう馬車の中でイリーシャがカリルリルに声を掛けた。


「あの子たち、イリと同じくらい?」

「お兄さんはもう少し大きいわね。メルちゃんはイリーシャ様ぐらいですね」

「パンを売っていた」

「普段はお母さんが売っているようですね。今日はお熱が出たからお兄ちゃんが売り子をしていたようです」


 イリーシャは子供が働くことが分からないようだった。まして妹は自分と同じ。イリーシャはお付きの侍女に着換えから入浴、食事などすべてを手伝ってもらっている。家族のために働くことが分からない様子だった。


「イリーシャ様、庶民は何かしら仕事をしてお金を得て生活に必要なものを購入します。庶民が全て豊かに暮らせるわけではありません。子供であっても家の手伝いをして家族を支えます。親のいない子供は教会の孤児院に集められ自分たちで身の回りのことが出来るよう小さい頃から学ぶのです」


「イリがお金あったら渡せたのに」

「それはいけません。あの子供達もお母さんも一生懸命働いて日々生きています。安易にお金を渡すことは彼らを侮辱することになります」


「ぶじょく?」

「見下し、馬鹿にすることです」

「イリはそんなつもりない」イリーシャは慌てた。


「分かっています。何の理由もなくお金を渡されたら、きっと彼らは見下されたと思うでしょう」

「イリは食事も何も困っていないから」

「全ての貧しいものにイリーシャ様が施し、お金を配ることは出来ますか?」


「ほどこす?」

「お金を与えることは出来ますか?」

「できない。イリ自分のお金持っていない。働いたことない」


「そうです。イリーシャ様はこれからこの国の事を学び、あの子供たちが安心して暮らせる国のお手伝いをするのです」

「イリでも出来るかな?」

「王都に戻ったらゆっくりお勉強しましょう」


 イリーシャは馬車の窓から外の灯りを眺めた。イリーシャにはまだ庶民の暮らしと王女としての暮らしの違いを理解するのは難しい。それでも幼い王女は平民の兄妹と出会うことで多くの事を知った。


 イリーシャは王女として育てられ自らも王女になるために学んでいく。エリザベスなどの高位貴族以上に大変な思いをするんだと思う。マロンはカリルリルの様な侍女長がイリーシャの側に長くいてくれることを願った。辺境伯の屋敷に戻りそれぞれが部屋に戻り就寝した。


今晩は雪雲が空を覆い「雪の王」の星が瞬くことはなかった。


お読み頂きありがとうございます。

読者様の応援が作者の何よりのモチベーションとなりますので、よろしくお願いいたします!

誤字脱字報告感謝です (^o^)


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