87 辺境に雪が降る 4
昨夜の雪小屋での晩餐をイリーシャはとても楽しむことが出来た。興奮冷めやらずでなかなか寝付けなかったイリーシャの目が開かない。カリルリルの目は赤い。イリーシャに付き合っていたんだろう。
「無理せず休んでよい」とオズワルドに言われていた。そのオズワルドも目の下にうっすら隈ができている。
「オズワルド様、お疲れですか?」
「いや、・・」
「マロン、父は今試練の時を迎えているんだ。何も聞かずにいてくれ」
マロンの後ろからハリスの声がした。
「ハリス!お前は知っていたのか?マロンは?・・」
「マロンは何も知らないし、気づいてもいないよ」
「もういい」
「いい奴だよ。エリザベスが気に入っているなら良いではないですか」
「早い、まだ早すぎる」
「今すぐ嫁に行くわけでもないのに」
マロンは何の話か分からなかったが、ハリスの「エリザベスが気に入っている」でなんとなく分かったが相手がだれか分からない。昨夜のイリーシャの雪小屋の晩餐に来る予定で椅子は5個用意したのにエリザベスは用事があると急に不参加になった。オズワルドに誘われハリスと共に執務室に入る。
「ハリス様、オズワルド様が役に立ちません。早く回復させてください」中で仕事していた事務官がハリスに声を掛け執務室を出ていった。昨夜エリザベスのことで大きなショックをオズワルドは受けて仕事が手につかない。
「オズワルド様、エリザベスが・・好きな人が出来たのですか?」
「止めてくれ。俺は許さない!」
「父上、子供みたいなことを言わない。あいつだって勇気を振り絞ってエリザベスに告白して了承を得たからこそ父上に挨拶したんだろう」
「分かっているが、まだ早い」
「貴族令嬢が在学中に婚約するのは普通の事です。父上も見初めたのは在学中でしょ」
「な、何を」
「お祖父さまから聞いています。誤魔化さないでください」
オズワルドとハリスの言い合いでエリザベスの婚約の申し込み? 誰と辺境の貴族?それとも騎士の誰か?エリザベスも私と同じで辺境には冬のお休みしか返ってきていない。タウンハウスの人かもしれない。
「ともかく帰る前にちゃんと返事をしてくれ。中途半端な事したらエリザベスは勝手にあいつの所に押しかけていく。きっと父を恨むと思う。あいつは親のことで苦労もしてるから家族は大切にする。エリザベスは辺境伯の娘として出来た妹だから心配ない。早く許してやらないと仕事を教えてくれるユリア夫人が高齢になってしまう」
「分かっている」
「それに事務官に迷惑かけないでください。魔物が出ればエリザベスと話せず討伐に出なければなりません。エリザベスが王都に帰ってしまいます。いつもは決断の早い父上が情けない」
「お前に父親の気持ちが分かるか!」
オズワルドの声を背中に聞きながらマロンはハリスに背を押され執務室から出た。
「マロン、エリザベスの相手がだれか分かるか?」
「???」
「分かっていないようだな。談話室に行こう」
マロンはハリスと共に談話室に入った。そこにはエリザベスとセドリックがお茶を飲んでいた。ユリア夫人の所では普通にみられる風景だった。
「マロンはこれを見ても気が付かないのか?」
「えっ、エリザベスのお相手はセドリック様?」
「「えっ、知らなかった?」」エリザベスとセドリックが声をそろえた。
「そうみたい」ハリスの呆れれた声と共に、残念な子供を見るような目で三人がマロンを見た。
「い、いつから?ユリア夫人の屋敷で?ということはハリスさんはエリーナを?」
「ぶっ、俺は関係ない」
「そうよ、マロン、お兄様はエリーナさんとはお付き合いしていないわ。そこは間違えないでね」
その夜は4人でエリザベスとセドリックの話に花を咲かせた。
マロンはエリザベスの交際宣言?がオズワルドを不穏にしている原因だと知ってから、なるべくオズワルドと顔を合わさないようにしている。
「マロン、セドリックは良い奴か?」
「マロン、まだエリザベスには早いよな。そう言ってくれ」
「マロン、俺は娘とまだダンスもしていないのに」
「マロン、あいつに諦めるように言ってくれ」
「マロン、エリザベスと王都に帰るな」
義父のセバスでさえ「マロンに言い寄る男はいないか?付き合う前に知らせろ」と言い出す始末。
「自分は嫁を貰ったくせにマロンは嫁に出さないなんて身勝手な男どもだ」と義母はオズワルドとセバスを言い負かし、セドリックとエリザベスの交際をオズワルドに認めさせた。
「さっさと仕事をこなさないと王女を送れなくなるよ」
さすがに辺境領のトップレディーの義母だけある。その日の午後、オズワルドとセバスはジルの温泉に向かった。ダウニールに背中を押され哀愁を背に纏った娘を持つ男二人と酒を持って出かけた。
「ジルから苦情が来てるぞ。「愚痴ばかりで何も楽しくない。子供など出て行くもんだ。どうして人間の男はいつまでもグダグダしているんだ。引き取りに来てくれ」だとよ」
「そう言われてもね。「とき薬」しか効かないから」
「転移させると言って来た」
「そ、それはダメ。転移は秘密!今回だけは我慢してとお願いして」
「ジルたちが家に来ればいいか・・」
「え・・それもどうかな?王女がいるし」
マロンとユキが問答をしていたら、ジルにホワイト、スネがマロンの部屋に転移してきた。
「あらら、来ちゃったの?」マロンも2回目なら少しは慣れた。
「「あいつらが帰ったら戻る」」不服そうなジルとスネ。
「俺たちがいなくなっても気が付かないな。「泣き上戸」の爺どもだ」
「ご迷惑かけますね」
手乗りのジルとスネはとても可愛い。ジルに捕まっているホワイトは輝く虹色の糸をマロンに手渡した。
「今回は虹色なのね」
「ホワイトは青空に浮かぶ虹を初めて見たんだ。すごく感動した」
「ホワイトは昨夜の雲の切れ間から一際輝く星を見た?」
「みんなで見たらしいぞ。ユキも初めて見た。星があんなに大きいとは知らなかった」
「空気が澄んでいるからかな?あの星の名は「雪の王」。雪雲に覆われる辺境ではなかなか見えない。真冬の間だけ辺境だけで見られる。「幸運の星」「願い星」とも言われている。みんな見れて良かったね」
昨夜の話をしながらジルたちはマロンの寝台でゴロゴロしながら昼寝を楽しみ始めた。マロンはユキに留守を頼み今晩の「宵の雪歩き」の相談に向かった。
今晩は街の「宵の雪歩き」にイリーシャ達が出掛けることになった。星は見えないが雪は降っていない風もない穏やかな夕暮れだ。マロンのマントの帽子の中にジルとスネ、ホワイトとユキが入っている。
「行きたい!行きたい!」
「スネも行きたい!」
マロンは部屋で寝ているジル達にイリーシャ達と街に出かけるので森に帰るようにと伝えた。洞窟の温泉で愚痴っていた男性たちが護衛のため屋敷に戻ってきたので洞窟でゆっくり休めると話したが、今度はジル達がぐずぐず文句を言い出した。
「ジル街見たことない」
「スネも見たい」
「マロンが居ないと街行けない。屋敷にも来れない」
「マロンずっと辺境にいる?」
「居ないわ。学園があるもの」
「もう一生街に行けない」
「スネも一生街見れない」
マロンの進路はまだ決まっていない。大人ばかりの屋敷にジルが来ても面白くないのは分かる。ハリスが結婚して子供でも生まれればジル達も楽しく遊べる。それまで待って欲しいと言ったが最後には泣き出した。
「ワオ~ン、ワオ~ン」
「スネはどう泣けばいい?」
「ホワイトまで泣かなくていい。分かった。マントの帽子の中でいい子にしていたら連れて行く。ユキは見張り番としてついて来てね」
「え~~。俺もか?」
「あなたの友達でしょ。街で巨大化したら大騒ぎよ」
「ジルにスネ!声を出すな!巨大化するな!話は念話だ。王族がいるんだから分かったな」
「王族?」
「偉いんだ。ばれたらマロンどころか辺境がなくなるぞ」
「スネ、王様は古竜のじいさんと思え。辺境なくなったら終の棲家とお風呂がなくなる」
「わ、分かった。約束守る」
あまり信用できないが、ユキが居れば大丈夫だろう。小さくなったジル達をマントの帽子の中に隠しマロンはみんなと落ち合うエントランスに向かった。
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