86 辺境のセドリック
セドリックはローライル家の長男として厳しく育てられてきた。我儘な母親やロゼリーナのことで悩むことも多い。
セドリックは男だし当主後継として母親は多少は遠慮していたのか最初は当たりは強くなかった。母親は病弱なエリーナを見舞うことさえしない上に、ロゼリーナを可愛がるのにエリーナに手を差し伸べるどころか虐待さえしていた。父は親として実子を守ることもせず、妻を諫めることもしない。何の解決もしない父親をセドリックは責めていた。
セドリックは病弱だったエリーナにかかわりを持たない母親を幼き頃から毛嫌いしていた。孤児院からロゼリーナを引き取った後は猶更自分たちを生んだ母とは思えなかった。甘やかされ我儘なロゼリーナも好きではない。
さらに公爵夫人として仕事をしない母親を甘やかす父が許せなかった。今になればそれぞれに事情があったかもしれないが、エリーナを守れないなら意味がない。一番弱いとこに皺寄せがいった。
そんな荒れたセドリックを受け入れつつ励ましたのがエリザベスだった。エリザベスも母親のことで苦労したが父や兄、マロンたちに助けられ乗り越えた話を聞いた。
怒りばかりを両親に向けていたが、父が親として夫として頑張っているということをセドリックには分からなかった。エリザベスの父、北の辺境を守る勇猛果敢オズワルドでさえ、エリザベスから母親を奪うことに躊躇していた。
子供にとって親と子の関係だけだが夫にとって妻であり子供の母親、自分の気持ちだけでは決断できないことがあることを知ってから、父に対して冷静に考えるようになった。
お祖母様の屋敷にマロンさんを心配して付き添ってくれているエリザベスとは何度も顔を合わせるようになった。マロンさんはお祖母様の友人の孫ということで沈みがちだったお祖母様が明るくなる切っ掛けになった。
エリザベスは出しゃばりはしないが、肝心なことは自分の意見をはっきり言える女性だった。公爵家の跡取りとして自分を見るのでなくセドリック本人に向かって話をしてくれていた。
「優柔不断の父親が許せないならあなたが力をつけて公爵になればいい。私達はまだまだ力がない。もっと学び多くの友人を持つことが必要だと思う。自分が正しいと凝り固まったら視野は狭くなる」
エリザベスの言葉はお祖母様の言葉と重なった。いずれ侯爵位を継ぐと思っていた。エリーナを無事に嫁に出してからと呑気に考えていたが、今のままではエリーナの婚姻にさえ悪影響を与える。
「君は強いんだね」
「わたしなんてまだまだです。マロンの方が強いわ。親を知らず自分を育ててくれたおばあ様を8才で看取ったのよ。一人で生きていくと決意して王都に向かう子よ。私達は恵まれているの」
「マロンさんは苦労をしたんだ」
「いえ、マロンは苦労などしていなかったと言っていたわ。優しくも厳しいおばあ様に充分愛されたと言っていたわ。私もマロンのおばあ様の様な人になりたい」
エリザベスがマロンの事を話す時はいつも楽しそうだった。彼女の笑顔に励まされ、叱咤激励されたと思うようになったのはいつ頃だろう。
その頃から、マロンがお祖母様と「魔法陣」「古代語」など私たちには分からない話に花が咲きだした。その間二人で屋敷の図書室で本を選んだり話すようになった。
「父親を親と見るだけでなく公爵家の当主としても見てあげて、何処から見ても完璧な人などいないと思います。貴女は息子として、兄として、次期当主としてセドリックはどうですか?」
セドリックは父のあらばかり探していたかもしれない。公爵として多くの臣下や寄り家を守り導き、王家の重責も担っている。セドリックは自分が母親に拘り過ぎる子供だと思った。
ハリスのデビュタントのパートナーとして現れたエリザベスはいつもとは違い柔らかな色合いのドレスを品よく着飾っていた。胸元は真珠の小ぶりのネックレスを飾っていた。
「お兄様、そんなにエリザベスさんを見つめたらだめですよ」
「わ、分かっている」
「彼女は奢るとところがなく淑やかで、成績も優秀、辺境伯令嬢、好条件がそろっていますよ。早く射止めないと誰かに攫われてしまいますよ。図書室でお話するだけでよければ余分なことですが」
すました顔でエリーナはセドリックの顔を見ず扇子で口元を隠しながら話してきた。
「わ、分かっている」
エリーナに言われないでも彼女の素晴らしさは分かっている。今日のデビュタントでダンスに誘うと決意したのに、エリザベスはハリスと踊っただけで姿を消した。ハリスも父親のオズワルドも気がつけばパーティー会場からいなくなっていた。
父が母と離婚することになった。ロゼリーナが父の実子ではないことを母は知っていた。この真実がどれだけの裏切りか母やロゼリーナは分かっていなかった。貴族の実子詐称は重罪。母なら分かっているはずだがそれさえも甘く考えていた。
父は離婚後お祖母様の屋敷で暮らす手配をしていたが、エリーナ襲撃事件の発覚で、領地に幽閉することにした。王都にいれば何をしでかすか分からない。分家せず公爵家から除籍され実家にも戻れない母は、侯爵家から除籍されたロゼリーナと共に平民として生きていくことになった。
父にエリザベスとのお付き合いの承諾を取ると側にいたお祖母様が大層喜んだ。自分が元気なうちにいろいろ教えたいから早く婚約の釣書を送れと言い出した。
「自分はエリザベスの承諾を得てから自分の口で辺境伯に申し込みたい」
父もお祖母様も目を見開いて驚いたが、撃沈した折は諦めろと情けない助言をしてくれた。
出入りの商会の店に出向きピンクダイヤの小ぶりのネックレスと耳飾りを購入した。今までで一番の買い物だった。彼女は真珠の様な清楚なものが似合っていた。出来ればデビュタントの時つけてくれれば嬉しい。購入にあたり商会の個室に通され、贈る相手の事を聞かれ恥ずかしい思いをしながらやっと見つけたピンクダイヤだった。
これをいつ贈るかが肝心だった。冬の休暇はエリザベスは辺境に戻ってしまう。休暇前にはバタバタとして会うこともできない。困惑している時にハリスから声を掛けられた。
「王女が辺境に向かう。俺は護衛の一人として辺境に向かうが、魔法使いがいると便利かもな。ただ騎馬で向かうから馬に乗れないと無理だな」
「氷魔法は得意だ。馬には乗れる。連れて行ってくれ」
「一騎士として向かうから、宿泊先に便宜は図れない。友人として妹に会う時間は作ってやる」
ハリスの誘いは神からの言葉だった。エリザベスの生まれ育った土地を見て見たいとは前から思っていた。それから騎馬の訓練を重ねた。父から旅の許しを貰いハリスと共に王女を迎えに来たオズワルドに挨拶をした。
ハリスに似た精悍な風貌と鍛えられた体は騎士服の上からも分かる。父よりも年上と聞いていたが驚くほど若く見えた。辺境からの護衛騎士は足並みもそろい護衛になれている。王女の馬車を中心に気を張り詰める前列の騎士が流れるように位置を交換している。長期の緊張を防ぐためなんだろう。後ろに下がった者も休むことはなく周りを注意深く観察をしていた。
魔物が出れば疾風の如く指示を待つことなく魔物に駆けだす。魔物の討伐をあっという間に済ませてしまう。その間も残った騎士は王女の馬車の守りを固めていた。
セドリックはハリスの行動力にも驚いていた。ともに騎士団の練習に参加していたが、魔物を前にした動きは尋常ではなかった。王都の水にどっぷりつかった自分はエリザベスから見たら物足りない男だと思われていることを実感した。
3度目かの魔物の時はハリスと共に飛び出し氷魔法をぶつけた。無我夢中であったが、「なかなかだな」とハリスに励まされた。初陣してはまあまあということらしい。それからは、魔物への攻撃が力及ばずなら守るべきものを守ることに専念した。辺境の護衛が魔物を打ち漏らすことがないが、万が一に備え戦闘が始まれば馬車の近くでいつでも魔法が撃てるよう準備をして控えるようにした。
辺境に近づけば草原は雪に覆われ、辺境に至る道だけが真っ直ぐ伸びていた。事前に魔物を討伐し街道の雪を取り除いてくれていたことをこの時知った。辺境領に入り騎士たちの詰所から兵舎の空き部屋に案内された。魔石暖炉と布団がある簡素な部屋だった。騎馬での長期の移動で体は思った以上につかれていたので個室があるだけありがたかった。
翌日から兵舎の訓練場で兵士の訓練に参加した。護衛をともにした騎士たちも参加しているのでセドリックは友好的に迎い入れられた。数日後ハリスの案内で屋敷を案内され、ハリスの部屋に向かった。
「エリザベスに声をかけたのか?」
ハリスの不服そうな声、言われなくてもわかっている。兵舎とお屋敷ではセドリックが偶然エリザベスに会うことはない。「そんなことだろうと思った」と呆れ声にセドリックはうなだれた。
「明日の夜は王女を雪小屋に案内するからエリザベスと共に過ごせ。王女のお世話があるから俺は手伝わないからな。エリザベスの時間を確保しておく。ここで決めないとここまで来た甲斐がないだろう。俺はお前がエリザベスの相手なのは良いと思うぞ。まあ、何かあれば俺が乗り込んで行けるしな」
ハリスの手助けで夕食後セドリックは談話室でエリザベスと過ごした。王女たちが楽しんでいる庭を眺めるために二人はベランダに出た。
「魔物と雪の辺境はどうですか?」
「エリザベスさんはここで生まれ育ったんですね。厳しい場所だと思います。王都にいるだけではここの重要性と厳しさを知らないままでした」
「祖父も父も、そして兄も辺境伯と言う重責を十分理解し、それを受け入れていると思います。そんな家族を私は誇りに思います」
「あなたのそのような姿をとても好ましく思います。貴女とそんな家族を作るお許しをわたしに貰えませんか?」セドリックはエリザベスの正面に立ち真摯に言葉を伝えた。
「え・・もしかして?・・これって」
「わたしの手を取って下さい。貴女が学園を卒業したらぜひ私と結婚してください」
「わたしで良いのですか?」
「貴女が良いのです。エリザベスさんでなければならないのです」
辺境の夜はいつも雪雲に覆われている。昼間は青空が見えても山からの風に雪雲が押し出される。そのためめったに星空を見ることが出来ない。
雲雲の切れ間に澄んだ漆黒の空が顔をのぞかせいくつもの星が瞬き始めた。その中にひときわ輝く雪の王の星をエリザベスが見つめていた。エリザベスは大きく息を吐きセドリックに答えた。
「共に歩めるあなたと私も家族になりたいです」
エリザベスの返事にセドリックは胸が震えた。手渡したいと思っていたピンクダイヤのネックレスをエリザベスの首にかけ、セドリックは初めてエリザベスを優しく抱きしめた。
雪雲に覆われることの多い辺境では『真冬の空に雪の王の星が瞬くとき願いはかなう』と言われている。
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