85 辺境に雪が降る 3
ハリスが逃げるようにマロンの部屋から出ていったあとスネはマロンの部屋に錬金の道具や薬草棚、本を収納から出して、お菓子を収納している。
「どうしてもこちらに来るときはマロンの部屋に転移して。でもマロンがいない時はダメよ」
マロンは一生懸命説明した。ジルはなんとなく分かっているけど、新しい住人、スネは理解しているかは分からない。気分屋と言うか天然と言うか理屈が通らないところがありそう。ジルにかかっているとマロンは思う。
「「たまごボーロ」作れるようになってね」熱い思いを残してジルとスネ、ホワイトは転移していった。
まろんの部屋の中に置いていった錬金の道具と本は収納した。薬草棚は薬草が満載、他にも鉱物や鱗?羽?小瓶に入った色とりどりの液体などが収納されていた。魔力の残量は極わずかだった。スネの収納の時期が少しでも遅かったらこれらのすべてが消失した。
学園に戻ったらプーランク先生に教えを受けよう。とりあえず「たまごボーロ」だけでも作らないとジルたちに許してもらえなさそう。ユキでさえ「たまごボーロ」に過大な期待を持ってしまっている。学園に戻ってからと説き伏せる。
お昼後はジルの雪玉のせいで雪像づくり。防寒具と膝まであるブーツを履いて手袋に帽子耳当てを身に着けたイリーシャはとても可愛い。王都から来た侍女は着ぶくれしている。イリーシャの小さな手で雪を丸めてマロンに見せに来た。「ユキ」らしい。
マロンは雪玉をころころ転がして大玉を作りその上にやや小さい雪玉を乗せる。木の実で目を作り桶を被せる。赤い四角い布をマントのように大玉に被せ枯れ枝で両腕を作った。肩にはイリーシャのつくった「ユキ」を乗せる。
「ユキのお父様?」
「これは雪の王様。お空から降ってくる雪の子供たちのお父様だね。イリーシャ様もユキの兄妹を作りましょう」
「兄妹?」
「お父様より小さくてユキより大きい雪の玉だね」
横を見ればカリルリルと侍女たちで大きな雪兎を作っている。事前に準備した赤い木の実を兎の目にするようだ。魔兎に似ていないのが救いだ。
ハリスは庭にイリーシャ用の雪小屋を作ってくれている。今晩ここで夕飯を持ち込む予定。厨房長に事前に手で摘まめるサンドイッチと温かなスープとデザートをお願いした。
イリーシャは黙々と雪玉を作っては雪玉を重ねている。石畳の道に沿って雪の王の子供が並んでいる。マロンは雪の子供の間に雪の祠を石畳の道の左右に作っていく。さすがに手袋はしても長い時間雪を触っていたので手も体も冷えたようで一度部屋に戻ることになった。
マロンはイリーシャ達が屋敷に戻り庭に誰もいなくなったのを確認して、雪の王様を「複製」した。複製した「雪の王様」をあちこちに配置し、「雪の兄妹」と祠も沢山複製した。夜になれば祠の灯りが石畳の道を照らし雪像がぼんやり照らされる。今夜から街は「宵の雪歩き」が始まる。イリーシャ達は街に行けないだろうからこれで楽しんでもらいたい。
昼後から雪が止み風のない静かな夕方、温かな格好をしたイリーシャ達がハリスに案内され屋敷の庭に出てきた。毛玉がいくつも並んだ縁取りの赤いマントはイリーシャはとてもよく似合っている。ハリスと手を繋ぎ雪小屋に向かう雪道をゆっくり歩いている。
「わぁー、凄い。雪玉いっぱい。明かりが灯っている」
「幻想的ですね」
「カリ、雪の王様が沢山います」
「イリーシャ様、雪の子供達も沢山いますね」
ハリスを見上げるイリーシャの目は期待に満ちている。ハリスが頷けばイリーシャの顔はカリルリルに向く。カリルリルはイリーシャの目の高さまで膝を折り両手を握り話を始めた。
「イリーシャ様、今晩から街は冬のお祭り「宵の雪歩き」だそうです。雪の多いこの土地の人々が知恵を使って雪を使ったお祭りを考えたのです。ハリス様やエリザベス様、マロンさん達がイリーシャ様のためにお屋敷にお祭りを再現してくれました。良い思い出になりますよ」
カリルリルはそのままイリーシャの手を握り暗くなった庭に足をすすめた。屋敷回りの暗い石畳をゆっくり歩いていくと両脇に雪の祠の灯りがぼんやりとあたりを照らす。その横には小さな雪像が並んでいた。
「あっ、雪の子供達だ」
イリーシャはカリルリルの手を引っ張ってさらに石畳を進む。屋敷の広場に入ると雪小屋の灯りが大小の雪像を照らしていた。雪小屋の周りの雪像は目や口、木の枝で手も作られている。頭には毛糸の帽子迄かぶっていた。
「すごい!すごい!お父様もお母様もいる」
マロンは大きい2体の雪像には赤いマントと青いマントを羽織らせ頭には黄色に縫った枝で作った王冠を載せた。青いマントの雪像は下の雪玉を大きく、赤いマントの雪像は下の雪玉を細長くした。マロンは不敬にならないことを願う。
「イリーシャ様、王様も王妃様も今日はイリーシャ様と一緒ですね」
「これはお兄様たちかしら。これはマレかな?」
「イリーシャ様はいますか?」
「イリはいない」周りを見渡してイリーシャは答えた。
「イリーシャ様はここに居ますから雪像には出来ないのです。さあ、寒いですから雪小屋にご案内します」
ゆっくり石畳の道を歩いていくと先に可愛い雪小屋がイリーシャたちを迎えていた。
「お兄さんが作っていたお家?」
「イリーシャ様の雪のお部屋です。今宵はこちらで夕食を皆さんで取りましょう」
「ほんとに?」
ハリスはカリルリルからイリーシャの手を受け取り雪小屋の中にエスコートした。雪小屋の中には5人分の椅子と1個のテーブル配置されていた。中に入ると小型の魔石暖炉が置かれ温かくなっていた。
「雪小屋の中はこのように暖かいのですか?」
「カリルリルさん、雪の断熱作用や冷たい外気の遮断、魔石暖炉の温かい空気の循環のおかげです」
「雪は溶けないの?」
「外が寒いのでイリーシャ様がいる間は大丈夫です。辺境はこれから雪が降る日や雪曇りの日が続きます。外の気温が上がらないので雪像や雪小屋は溶けずに残っています」
「明日も遊べる?」
「明日も大丈夫です」
イリーシャは雪小屋の雪壁を触ったり周りを見て歩いたりと楽しそうに過ごした。
「皆様、夕飯のお届けに参りました。着席をお願いします」
厨房長自らワゴンを押して雪小屋に現れた。イリーシャは白い高帽子に白い上下の厨房服の姿を目を丸くしてみた。
「雪の王様?」
イリーシャの声に厨房長はイリーシャの前に傅きうやうやしく声を掛けた。
「エディン国幼き王女様、雪の王スノーは心ばかりの晩餐をご用意しました。王女の来訪を心から歓迎します」
「イリーシャです。雪の王に会えたこと嬉しいです。感謝します・・」
「イリーシャ様のお言葉を嬉しく思います」
厨房長の機転で雪小屋の中はまるでお伽噺の世界になった。厨房長にこんな特技があるとは思わなかった。「厨房長は孫馬鹿で有名なんだ」とハリスが教えてくれた。
雪の王スノー自ら、果実水、可愛いカップに入ったお肉を軟らかく煮たのスープにサンドイッチ、クラッカーにチーズやハム、果物を乗せたカナッペ、野菜サラダの上に薔薇の花が乗っている。
「お花を食べるの?」
「王女様、雪の国は春が来るのが遅いので、バラの花を食べるのです。薔薇の花を食べると心に春が来るのです。しかし王都の薔薇は食べれません。雪の王の庭の薔薇しか食べることは出来ません」
厨房長は小型の淡い黄色バラの花びらをサラダの上に散らし黄色いソースをかけた。イリーシャは目を丸くしながら配膳されたカトラリーを使ってバラの花びらを一枚食べる。
「美味しい」
それはマロンが教えた黄色いソースの味だと思う。色どりの薔薇がイリーシャの心を捕らえたようだ。
「王女様、温かいうちにお肉のスープをお食べ下さい。スノーは一度ここを離れますが、デザートを楽しみにしてください」
厨房長はマロンにニコッと笑いかけワゴンを押して退場していった。厨房長の後姿はノリノリの様子がまるわかりだった。家でも孫にやっているのだろう。イリーシャが喜ぶならいいんだろう。イリーシャとハリス、カリルリル、マロンが食事を始めた。
普段なら食事中は静かにするのだが、今晩はイリーシャの興奮したおしゃべりに皆で相槌を打ったり、話に参加したりと賑やかな晩餐となった。食後のデザートは白いお皿に甘いアイスを乗せ周りに猫の絵をベリーソースで描いてあった。
「すごい!すごい!ミミだ」
イリーシャの喜ぶ姿を優しく見つめるカリルリルはマロンが最初に会った厳しい王女統括侍女長ではなくなっていた。
楽しい雪小屋の晩餐は最後に暖かなミルクにクリームを添えたフルーツの盛り合わせだった。イリーシャのものだけお皿の果物が動物や雪の王、雪玉の形に飾り切りされていた。
「食べるのがもったいない」
「雪の王スノーの自信作です。美味しく食べていただけるととても嬉しいです」
イリーシャは雪の王の言葉に従いゆっくりとデザートを食べた。2刻ほど過ごした雪小屋を後にしようとした時、雪雲の切れ間から輝く星が見えた。マロンはイリーシャの前にかがみ雲の切れ間の星を指さした。
「イリーシャ様、お空を見てください。雲の間からキラキラ輝く大きな星が分かりますか?」
ハリスはイリーシャを抱きかかえ星のある方を指さした。
「マロン見えた。すごく綺麗」
「辺境の冬はいつも雪雲に覆われています。今日のように雲の切れ間から星が見えるのは珍しいのです。さらに、雪の王の星を見れるのは年に数回あるかないかです。「幸運の星」「願いの星」と言われています」
「凄いこと?」
「カリルリルは初めてこんなに綺麗な星を見ました。イリーシャ様と一緒に旅をして良かったです」
「イリもすごく幸せ」
カリルリルとイリーシャは手を繋ぎ屋敷に戻っていった。マロンも話は聞いていたが「雪の王の星」を見るのは初めてであった。ハリスは星に祈りを捧げているようだった。
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