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84 辺境に雪が降る 2

 マロンは雪の庭に飛び込んできたジルをイリーシャのいる窓から見えないよう背を向けマントでジルを抱えマロンの部屋に戻った。雪まみれのジルを加温膝掛けの上にのせて雪を払い落とす。


「ジル、ブルブルするな。部屋が水浸しになる」


 ユキの一声にジルは体をブルブルするのを止めた。マロンは風と火の魔法陣から作った温風の布を丸めて魔力を流す。筒状になった布から温かな風をジルの体に向かう。温風はジルの体を優しく包む。


「気持ちいいな。そうだマロン、これで撫でつけてくれ」

「お前は我儘だな」

「だって、ホワイトでは出来ないから」

「いいわよ」


 マロンはジルから手渡された犬用ブラシで毛並みに添って優しくゆっくりブラシを動かしていった。そのうちジルはあおむけになり、お腹周り迄ブラシを要求した。長らくブラッシングしていなかったせいで、多量のジルの真っ白な抜け毛をマロンは手に入れた。


「マロン、ホワイトの浄化で淀みの取れたジルの抜け毛は良い布団の綿になるぞ」

「それならユキのお布団にしましょうね」


「ジル、気持ちよさそうだけど、寝てはいけませんよ。いつもこんな風に屋敷を訪問しているの?」

「今日が初めてだよ」

「こんな事したらジルは森で暮らせなくなるよ。間違って討伐されたら困るでしょう」


小型犬ほどの大きさのせいか随分幼い声に聞こえる。いつものどっしりとした聖獣の声ではない。


「ジルは人には負けない」

「随分かわいい声だね」

「ジルがさ、皆に会えないと言って寂しがるから俺が運んでやったのさ」


 何処からか声がする。思わずマロンはジルの体をまさぐった。ジルの頭にはホワイトがいた。足の1本に白い蛇が巻き付いていた。


「おい、ジルこれは西の白蛇か?」

「よく覚えていたな。そうだよ俺と同じ元森守りだ」

「元ということは代替わりしたのか?」

「そうだよ。俺はスネって言うんだ」


 ジルの話では白蛇のスネは迷いの大森の西の森守りをしていたが代替わりをした。代替わりと同時に一寝入りした。目が覚めてジルの主の屋敷に久しぶりに向かったら、屋敷は木々に覆われ誰もいなくなっていた。屋敷に住んでいた仲間たちの気配も消えていた。リリーもいなかった。森のあちこちを旅したが誰にも会えなかった。諦めて西に帰ろうとしたらジルの気配を感じてここまで追いかけてきた。


「スネはね。森守りになった時、あまり教えを受けていなかったから色々出来なくて困った子だったんだ。みんなにいろいろお世話されていたんだ。それでよく拗ねていたから「スネ」になったんだ」


「違う!ライがどこかの言葉から引用したんだ。「スネーク」ということばから「スネ」なんだぞ」

「ほ~、みんな本当の名前の意味など知らないと思うぞ。よく古竜の爺さんに泣きついていたな」


「ジル、それを言うなよ。あの頃から立派な森守りになろうと頑張ったんだ。西の森に帰ってからもライの屋敷に行ったこともある。子供に叫ばれたり、木の棒で突かれた。最後に行ったら森の仲間がいなかった。ライがいなくなったせいで屋敷は随分変わった。それからは西から出なかった」


 森守りたちの時の流れと人の時は随分違う。ジルやスネが主と過ごした時間は本当に短いが濃厚な時間だったんだろう。わしゃわしゃとジルの毛で遊ぶユキとスネとホワイトを眺めながらマロンは4体が共に長い時を過ごせることを願った。


「ジル、ジルは転移できないよね。どうやって庭に現れたの?」

「俺の魔法でジルを小さくして転移したんだ」

「スネは転移ができるの?」

「昔は大森林半分ぐらい軽く転移できたんだけど、今は見えるとこなら転移ができる」

「凄いわ!」


「そう言ってもらえると嬉しい。久しぶりに人と話した。ジルが優しくて主みたいだと言っていた。本当だな」

「大切な主様に似ているということは褒められているのかな?」

「「当たり前だ」」


 ジルが落ち着いたところで、お菓子と果実水を用意してお茶の時間になった。ジルは慣れた様子だがスネは数百年ぶりのお菓子に気分が盛り上がり過ぎて、自分たちの「収縮」の魔法を解除してしまった。マロンの部屋いっぱいにジルとスネが巨大化してしまった。


「いい加減にしろ!マロンが潰れるだろ。スネ「収縮」の魔法をかけろ」

「ごめん、だって、本当に久しぶりで嬉しくて嬉しくて・・」

「分かったらから早く魔法で元の大きさに戻せ。窓ガラスが割れる」


 スネが魔法を発動するとシュルシュルと巨大なジルとスネが小さくなっていった。スネはさらに小さくなってジルの体毛に隠れてしまった。


「大丈夫よ。椅子やテーブルが四方に動いただけで、何も壊れていないわ。ジルもスネも柔らかいから大丈夫よ。私の作ったお菓子でよければたくさん食べてください」


 ジルの背中の体毛の間からチョロと白い顔を出したスネをマロンは優しく頭を撫でた、スネは嬉しそうに赤い目を細めた。蛇は人にあまり好かれないから嫌な思いをしてきたんだろう。森守りとして働いていても人にはスネの仕事の重要性は分からない。ジルと再び出会えて良かった。


「あっ、俺忘れてた。ライの屋敷が森に呑まれていたのを発見したとき、ほとんどの物は朽ちていたんだ。だけどライの錬金部屋だけがかろうじて原型を保っていた」

「ああ、それはリリーの魔法だ。リリーはいつかライが転生してきたときにと言って錬金部屋だけ保存の魔法をかけたんだ」

「リリーか。ライの事大好きだったからな」


「だから、ライの事を忘れた人たちを誰も屋敷に入れなくなったんだ。最後に主のすべてを錬金部屋に移して保存の魔法をかけた」

「そうなんだ。俺が行った時には魔法が綻んできていたから、俺が収納してきたんだ」


「スネ、それは泥棒と言うんだぞ」

「五月蠅い毛玉、持ち人がいなければ発見者のものになるのが冒険者の決まりだ」

「ユキ、スネには冗談があまり通じない。煽るな。何を持ってきた?俺もリリーに結構持たされたぞ。まだあったんだ」


「錬金部屋の中にあった。薬草箪笥に錬金釜や調合に使う道具、あとは本だな」

「リリーは主がいつ戻っても仕事ができるようにしていたんだな」

「ジル、スネ、錬金の道具や本を使う予定あるか?」

「「ない」」


「それならマロンに預けてくれないか?マロンが使わなくなったらスネに返すよ。マロンの方が寿命が短いだろ。俺が責任持つ」

 急にユキが変なことを言い出した。錬金術など何も知らない。あわてて、ユキに声を掛ける。


「お前の担任、錬金何とかとか言っていなかったか?」

「あっ、錬金薬学の講師だ。Sクラスには専攻した人はいない」

「辺境には森があるから薬草も沢山あるだろう。やってみるのも良いかもな。手に職付けて美味しいお菓子を買ってくれ」


「ジル知ってる。主と薬草採取したからマロンの役に立つ」

「お菓子用の錬金釜ある。「たまごボーロ」作ってくれたらそれだけでいい」

「ジルも「たまごボーロ」食べたい。マロン錬金すぐやる!」

「ジル、スネ、「たまごボーロ」ってなんだ?」

「「みんな大好き」」


いつの間にかマロンを置き去りに「たまごボーロ」を作る話になっている。


「マロン、誰かいるの?」


 突然ハリスの声が部屋の外から聞こえてきた。スネとジルの興奮した声が廊下に漏れてしまったようだ。スネがジルと暮らすなら辺境の主になるハリスとは顔を合わせても良いかもしれない。そう思ったマロンはジルとスネに声を抑えてもらいハリスを部屋に案内した。


「子供のような声が・・あれ?ジルか?随分小さいな。おじい様が連れてきた?でも・・?」


 ハリスはジルの存在は分かっていたので、マロンの部屋にいることを不思議に思ったようだ。マロンは魔石ポットで紅茶を入れハリスをジルの横に案内した。


「ハリス、久しぶりだな」

「おお、聖獣ジルはお変わりないですか?」

「良くしてもらっておる。でも最近爺さんたちが来ない」

「申し訳ない。王都から王女が来ているので色々あったんだ。それにそろそろ「宵の雪道歩き」が始まる準備で雪像も作っている。ジル様の雪像がありますよ」


「俺のは?」

「し、白蛇‥様?」

「ハリスさん、元森守りの白蛇のスネさんです。ジルとはお友達です」


 ハリスは小指大のスネは怖くはないがジルと同じ聖獣に出会えたことに驚いていた。まあ、小指大のスネでは聖獣と言っても信じられないだろうが、ここで巨大化されては困る。


「ハリスはマロンの番か?」

「つがい?」

「違うぞ。ハリスは辺境伯の跡取りだ。俺があそこに住めるのは辺境伯が許してくれたからだ。あのお風呂だって作ってくれたんだ」

「あの風呂は最高だな。傷んだ俺の体も随分良くなった。そうか、俺もあそこに住む」


「へぇ、スネ戻らないのか?」ジルが呆れた。

「ジルの終の棲家に同居させてくれ。頼む」

「小さくなってくれればよいぞ。森で暴れるなよ。辺境の人の生活を乱したらだめだからな」

「おお、俺ももう若くないからな。大丈夫だ」


 ハリスはジルとスネの会話を茫然として聞いていた。ハリス、決してマロンのせいではないと言いたい。数分後回復したハリスは父上に報告しておくと言ってマロンの部屋を出ていった。

お読み頂きありがとうございます。

読者様の応援が作者の何よりのモチベーションとなりますので、よろしくお願いいたします!

誤字脱字報告感謝です (^o^)


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― 新着の感想 ―
スネの変わらない明るさに心があたたかくなりました。お菓子の話で盛り上がって、ジルも元気そうでうれしいです(^^)
本当に懐かしい ほっこりします
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