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82 辺境への旅路

イリーシャは馬車の窓から外の景色を眺めつつ、思いついたことをどんどん尋ねてくる。


「マロン、花や木がない、どうして?」

「この土地は雨が少なく冬は雪に覆われるため、植物が育ち難いのです。このような土地には人は住めないのです」

「ずっと広がっているのに?」

「毎日食べる食べ物は、土を耕し、種を植え、水をやり、雑草を抜き、時間をかけ育てて収穫します。お肉になる動物も草などをたくさん食べます。イリーシャ様はお茶や水を飲みますね。一滴も水がなかったら人も植物も干からびてしまいます。だからこの土地には植物が育たないし人も住めないのです」


「雨が降らなければ食べ物が無くなる?」

「そうならないよう王様や王妃様が頑張っています」

「お父様もお母様も大変なお仕事してるんですね」


「そうですよ。そしてイリーシャ様のお世話をしてくださる方々も、イリーシャ様をお育てするために頑張っています」

イリーシャはカリルリルの顔を見た。にっこり微笑んだカリルリルにイリーシャも笑顔を返した。


 辺境に近づくにつれ、あたり一面馬車道以外は雪景色になってきた。初めて見る真っ白な世界にイリーシャを含む王都組は驚いていた。さすがに馬車内も寒くなってくる。マロンは多めに作った加温膝掛けに魔力を込めて3台の馬車内の人に手渡した。王都に住んでいては辺境の寒さは分からないから準備しておいてよかった。


「マロン、これ温かい、どうして?」

イリーシャは手渡された加温膝掛けをまくり上げ手で触わる。


「魔道具ですよ。寒い季節に少しでも温かくなるよう作りました」

「凄いね。でも不思議」

「イリーシャ様、辺境伯の領地は魔道具の生産で有名です。いろいろな物があります。見てみたいですね」

「マロンとエリと見て回りたい」

「お天気が良ければ街に出向きましょうね」


 ときに馬車を降りて王都組が真っ白な雪を手に取る姿は可愛らしい。イリーシャは手にすくった雪を空に舞いあげ大喜びしていた。ダウニールや義父が雪掻きしておいてくれたお陰で、通行には何も困らなかった。日頃の行いが良いのか雪が舞うことがあっても大雪にも見舞われず比較的穏やかに時は過ぎた。

マロンが馬車の中で魔石ポットでお茶を準備した。カリルリルさんは初めて見る魔道具に驚いていた。


「寮で手軽にお茶を飲めるようにと義父が作ってくれたお湯沸かしの魔道具です」

「いいわね。自分の部屋で寛ぐときに欲しいわね」

「辺境の街で売りに出ているかもしれません」

「イリーシャ様ではないですが魔道具を見たいです」


 王都を出発後7泊ほどして辺境に着くことが出来た。時折オオカミが出てきたりしたがあっという間に討伐されていた。さすがに女性たちに戦闘を見せることは出来ないのでお話したりして誤魔化した。


 領門を入ると王都に負けぬほどに整然と街が整備されている。マロンが初めて領門から入った時同様、カリルリルも女護衛騎士も驚いていた。辺境と聞くと山奥の田舎の町程度に思われている。目につくものが珍しいのかイリーシャは窓からきょろきょろと街の様子を眺めていた。


「王都のようでございますね」カリルリルはエリザベスに語り掛けた。エリザベスは嬉しそうに微笑んだ。


「エリ、あそこはなに?」

「あそこはお洋服を売っています」

「エリ、あそこはパンがある」

「街のパン屋ですよ」

「パンは街で売っているの?」イリーシャは自分のパンも街から買ってくるのかと思ったようだ。


「イリーシャ様のパンは王宮の厨房で作っています。あのお店は庶民が食べるためのお店です」

「しょみん?」

「イリーシャ様はこれから学ばれると思いますが、貴族を支えてくれる人たちです」

「カリルリル?」


「まだ難しいですね。私達貴族は貴族を支えてくれる多くの庶民を守ることもお仕事です」

「イリは?」


「イリーシャ様は王族です。多くの貴族を束ねる立場です。イリーシャ様も大きくなりましたら王族としてのお仕事が始まります。ゆっくり学んでいきましょう。でも今回は旅を楽しんでくださいね」イリーシャは大きく頷きすぐに窓にしがみついた。


「今回旅を渋る者もいましたが、イリーシャ様は7才のお披露目が済めばそう簡単に王宮から出ることは出来なくなります。今まで隠され暮らしてた生活から王女としての生活がイリーシャ様にはご負担になっています。信頼できる辺境伯と事情を知っている皆様を頼り遠出をすることが出来感謝しています。


王家より収納鞄をお借りし、イリーシャ様のお荷物は全部お持ちしました。この旅の間ぐらい心安らかに過ごしてほしいと思っています」


 マロンには分からないが、生まれた先が王家だから王女になる。多くの事をこの小さな体に身に付けなければならない。イリーシャにとっては大変なことだろう。


 マロンはおばあ様に厳しく躾けられたが、近所には大声で騒いだり暴れまわる子供は沢山いた。まだまだ長い教育期間が待っているのだろうとマロンは窓にしがみつくイリーシャを見つめた。


 辺境伯の高台の屋敷の正面玄関には家令をはじめとする使用人が出迎えに出ていた。オズワルドは馬から降りるとイリーシャの乗る馬車の前に来て馬車の扉を叩いた。内側の鍵を開け最初にカリルリルがエスコートされ馬車から降りる。その後イリーシャがエスコートされた。


 オズワルドの歓迎の挨拶後すぐに屋敷内に案内された。王宮の様な華やかさがないが落ち着いた趣に王都組は驚いていた。そのまま旅の疲れを取るよう客間や使用人部屋に案内された。それぞれの部屋は事前に魔石暖炉で暖かくなっている。イリーシャは神の湯に入り旅の疲れを取ってもらうよう準備されていた。


「エリ、とっても素敵なお風呂だった。体を洗う石鹸が泡ブクブクで気持ち良かった」

「喜んでいただいて嬉しいです」

「エリザベス様、あの石鹸は辺境で作られているのですか?」もじもじとしながらイリーシャのお世話をした侍女が聞いてきた。


「泡立ちもよく、滑らかで、お肌がしっとりするでしょう。今晩お風呂で試すといいわ。おすすめは髪用の石鹸ね」

「そうなんです。イリーシャ様の髪が滑らかで艶々です」

「これはこの屋敷の中でしか使われていないのです」

「どうしてですか」

「イリーシャ様、作り手が少ないのです」

「作り手?」

 

「どんな物も人の手がいります。食事なら厨房の人たち、イリーシャ様の洋服は糸を紡ぐ人、布にするための織手、布を服にする服飾の手。その中の一人でも欠けたら、お洋服は出来ません」


 イリーシャ様はもうすぐ4才になる。少人数の生活から多くの人の中での生活に変わり多くのことを見聞きしたせいか、なんでも興味を持つようになっていった。疑問に思えば何でも聞き、自分の目で見たがるようになった。


「イリーシャ様、あの石鹸はマロンが作ったのです。作るのに手間も時間もかかるのでこの屋敷の中だけで使っています」

「マロン、作るのは大変なの?」

「そうですね。材料の中には貴重なものもありますから大量には作れないのです」


「ねえ、マロン、王都に帰るときはイリーシャ様にお渡ししたらどうかしら?」

「マロン、良いのですか?」上目遣いに見上げるイリーシャはとても可愛い。思わずマロンは承諾してしまった。イリーシャ様に好きな香りを加えようかと考えてしまう。


夕食は来賓用の大食堂に準備されていた。さすがに温室から花を貰い華やかに飾り立ててあった。

大食堂にはダウニール、オズワルド、ハリスが先に来ていた。カリルリルとイリーシャ、エリザベスとマロンはお話しながら大食堂に入った。


「冬なのにお花が沢山咲いている」

「ああ、この屋敷の横に温室があるんだ。明日にでも見るとよい」オズワルドが優しく声を掛けた。

「この寒い土地で温室?魔道具ですか?」カリルリルは温室に興味があるようだ。


「いや、あの大きさの温室を魔道具で温めるのは無理がある。それに魔石代金で我が家が破産してしまいます」

「カリルリルさん、温室の中に温かなお湯が流れているのです」

「お湯?お湯ですか?」


 オズワルドは山から流れてくる温かな水を領地一帯に地下に水路を埋め込みその中に流している。この温かな水は植物を育てるには向かないが寒いこの領地内を豪雪から守ってくれていると説明した。


「だから門の外は沢山の雪があるのに、門の中の道路には雪が少なかったのですね」

「そうです。水路の管理は大事な仕事になります。イリーシャ様はお城での暮らしはどうですか?」


「とても良くしてもらっています。ミミもフライもいるから大丈夫。みんなが良くしてくれる」

「良かったですね。王妃様になかなか会えませんが、イリーシャ様をとても大切に思っていますよ」

「はい、カリルリルもそう言っています」


 オズワルドとイリーシャが話している間に食事が運ばれてくる。今日はホワイトシチューとパンとお芋のコロッケ。コース料理はどこでも食べれるので、辺境の料理を中心に出すと厨房長が息巻いていた。


「イリーシャ様、これは辺境で取れた食材で作った温かなスープです。スプーンで掬って食べてみてください」


 イリーシャはカリルリルの頷くのを確認して小さなスプーンでシチューを食べ始めた。厨房長は3歳の王女ということでカトラリーをすべて子供が持ちやすい様に職人に依頼してくれていた。シチューの中の具材も王女の分だけ小さく切ってある。細かいところに気が付く厨房長だ。


「イリーシャ様、そのスプーンは使いやすいようですね」

「とても持ちやすく食べやすいです。それにいつものスープと違ってトロっとして美味しい。お芋と人参とお肉が入っている」

「にんじんは大丈夫ですか?」

「はい、このにんじんはとても美味しいです」

イリーシャは小さな口で皆より小さな器に入ったシチューを美味しそうに食べている。


「同じ野菜でも土地によって甘みや歯ごたえや色、大きさが変わります。このシチューにはさらにここで作られたバターやミルクも使われています」


「私は料理には疎いのですが、美味しいことだけはわかります。お腹の中から温かさが生まれます」


 カリルリルはその後柔らかなパンにバターをつけ食べた折にはバターの美味しさに驚いていた。お芋のコロッケは王都にはないので、初めての茶色い塊に驚いていたが食べてみれば外側の茶色がぱりぱりし、中にはホクホクのお芋と細かい肉が程よい塩味で美味しさを引き立てていた。


 本来なら言葉少ない食事会だが、今日は家族の食事会のように会話を楽しみイリーシャの興味を引き出し残りの10日ほどを楽しく過ごしてもらうことにしている。

お読み頂きありがとうございます。

読者様の応援が作者の何よりのモチベーションとなりますので、よろしくお願いいたします!

誤字脱字報告感謝です (^o^)


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