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76 フライってなに?

 マロンがイリーシャの所に行ってから20日ほどたった頃、学園長に再び呼び出され王宮に向かうことになった。以前と同じ文官の方がマレと共に迎えに来ていた。文官の方はリッツと名乗った。


「ご迷惑をかけます。イリーシャ様はあれから食事もとられるようになり、良く眠れるようです」


 エリザベスの言う「ダメ出しのオンパレード」のお叱りでないなら良いがと思いつつマロンは少し緊張した。侍女のマレは随分顔色が良くなっている。それだけでも上手くいっているのが分かる。王宮の使用人用の門を入るとそこには統括侍女長のカリルリルが待っていた。よほど困っているのかのマロンは不安になった。


 カリルリルは直ぐに自分の執務室にマロンを案内しお茶を出した。その後膝詰めでマロンに話しかけてきた。


「マロンさんに言われたことを参考にイリーシャ様の環境を随分改善させました。そのおかげで、食事もとれるようになり、夜もよく眠れるようになって、ほっとしていたのですが昨夜から「マロンさんに会いたい」と泣いているのです。マレが聞いてもなぜ会いたいかは分かりませんでした。本当に申し訳なかったのですが、学生であるマロンさんには申し訳ないのですが、こちらに来ていただくことをお願いしました」前回よりもカリルリルは柔らかい印象に変わっていた。


「いいえ、学園の方はステップで余裕がありますから大丈夫です」

「ステップ制度を活用しているのですね。マロンさんは優秀ですね。淑女科ですか?」

「いえ、文科の経済です」

「文官になられるのですか?」

「いえ、文官にはなりませんが、いろいろ知識を得たいと思いまして」

「ご実家は?」

「実家は騎士の家系ですが女の子なので、私は割と自由にできるのです」


 イリーシャの部屋の前に立ちカリルリルが外から中に声をかけると部屋のドアが開いた。そこには涙目のイリーシャがマロンを待ち構えていた。マロンの顔を見たイリーシャがマロンの胸に飛び込んできた。


「フライが、フライが死んじゃった。ああぁーー」

「イリーシャ様、抱き上げますよ。椅子に腰かけマロンに詳しくお話ししてください」


 マロンはイリーシャを日当たりのよい椅子に座らせハンカチで涙を拭いた。しゃくり上げるイリーシャの手を握り優しく声をかけた。


「少し落ち着きましたか?マロンにお話ししてください」


 イリーシャはマロンを見つめたあと部屋にいる侍女たちを見て下を向いた。マロンがカリルリルの方を見ると察してくれたのだろうマレだけ残して部屋を出た。それを見て安心したのかイリーシャは話し始めた。


「フライが動かなくなったの」

「フライって何かな?」

「毛玉の友達」

猫の抱き枕につけたユキに似せた毛玉の抜け毛か?


「フライはイリーシャ様とお話ししたの?」

「ううん、お話ししないけど遊んでくれたの」

「どうして死んだと思ったの?」

「動かなくなった。マレが前に動かなくなったから死んだといった」


「マレさんはフライを知っているの?」

「みんな知らない」

「マロンさん、蝶の話です」入り口のドア近くにいたマレが答えてくれた。


「イリーシャ様、マロンだけにフライを見せてくださいませんか?」

「フライ元気になる?」

「それはわかりませんが、毛玉の友達ならもしかしたら元気になるかもしれません」

イリーシャは椅子から飛び降りると、寝台の抱き枕の下から瓶を取り出してきた。


「この中にフライがいるの。昨日から動かない。死んじゃった」


 瓶の中をよく見るとコユキが1本そこに転がっていた。魔力が尽きたのかな?そういえばユキが難しい顔をしてうなっていたのは行方の分からないユキを心配していたのかもしれない。いつもなら学園についてくるのにこの2・3日は寮に残っていた。


「イリーシャ様、瓶のふたを開けてもいいですか?」

「フライ逃げちゃう」

「イリーシャ様は自分が瓶の中に閉じ込められたらどう思いますか?」

「そんなの嫌、怖いもの」

「フライも一緒じゃあないですか?」

「あっ」


「イリーシャ様はご飯を食べれなかった頃は辛くなかったですか?」

「辛かった。お腹空いてるのに食べることできなかった」

「フライはお家に帰れず、瓶に閉じ込められ、ご飯も食べれなかったら?」

「イリ、悪いことした」


「分かってくれましたか?イリーシャ様はお友達を瓶に詰めたらダメなのです」

「でも、どこか行っちゃう」

「それでもです。フライでも人でも無理やり縛り付けてお友達にすることはできないのです。自分がやられたらいやなことはしてはいけないのです」

「マロン、瓶を開けてフライを出して」


 マロンは瓶のふたを開け、マロンの手のひらにコユキを乗せ両手で包むと魔力を少し手の中に集めた。マロンの手の中でコユキが動き始めた。真剣な顔でイリーシャはマロンの手を見つめる。

少し時間を置いてマロンは両手を開くとピコんと1本のコユキがイリーシャの顔の前に飛び出した。


「フライ、ごめんなさい。フライがいなくなったら寂しいから瓶に入れちゃった。お腹空いた?」

コユキはぴょんぴょん跳ねながら元気になったと伝えているようだ。


「イリーシャ様、フライは元気になったようです。瓶のふたを外して、この布を敷いたら出入り自由のお家になります。時にはイリーシャ様と同じようにお散歩に出かけますがきっと戻ってきます。閉じ込めず見守ったらよいと思います」


「フライ、ごめんねこの瓶のお家でもいい?蓋しないから?」

コユキはぺこりとお辞儀をした。それを見たイリーシャはやっと笑顔を見せてくれた。イリーシャはよほどコユキが動かないのに不安だったのか、時々イリーシャのところに来てほしいと言ってきた。

マロンは頻繁に王宮に行くのは出来れば避けたい。しかし目を赤くはらしたイリーシャの願いを断る手立てがない。


「イリーシャ様、フライは毛玉のこどもです。まだイリーシャ様と同じくらい小さいです。たまには毛玉のところに戻ることがありますが必ず戻ってきます。マレさんがイリーシャ様を優しく見守ってくれたように、フライを見守ってあげてください」


「フライはいつか毛玉になるの?」

「それはマロンには分かりませんがいつかなるかもしれません」

「イリ、フライのお母様になる。いい子になるからマロンまた来てくれる?」


「冬の長期休みは辺境に戻りますので少しの間、フライとマロンは来れないと思います」

「遠い所?」

「馬車に乗っていきます」

「馬車ってなあに?」

「馬が人を乗せた箱を引いてくれる乗り物です」


「マロンは何でも知っているのにイリは何も知らない」

「イリーシャ様はこれから多くの事を知るようになります。お土産を買ってきますよ」

「おみやげ?」

「出かけた先でイリーシャ様が喜ぶものを持ってきます」

「イリは行っちゃあだめ?」


 まさかイリーシャにそんなことを言われるとは思わなかったマロンは慌てた。子供と言えども王女様、そう簡単に外出できない。ユキはジルと会う約束になっているし、マロンは加温膝掛けを義両親に手渡したい。


「イリーシャ様は王女様だから王妃様に相談しないと難しいですね。遠いい所ですからまだ幼いイリーシャ様には大変です」

「イリも瓶の中に閉じ込められているの?」

「そ、そんなことはありません。王女様の事を王妃さまをはじめカリルリル様もマレさんもイリーシャ様を大切に思われています」

「イリ、王女様やめる。辞めたらマロンと一緒に行ける?」


 どうしたら良いんだ。困ったときのマレと思いマレを見るとさらに困った顔で首を振る。こんな時は偉い人に頼むことにした。


「イリーシャ様、王女を辞めたらお母様が泣きますよ」

「お母様が泣く?」

「だって、王女様やめたらお母様に会えなくなりますから」

「それは困る。王妃様やさしいお母様だから泣かせたらダメ」


 マロンはイリーシャを困らせたくないがイリーシャを辺境に連れていく約束など出来るわけがない。辺境に帰るなど言わなければ良かった。後悔してもどうにもならない。


「侍女長のカリルリルさんにお話ししておきます。無理は言ってはいけませんよ。フライは必ず戻ってきます」


 マロンは落ち着いたイリーシャとお茶をしてお昼前に部屋を辞した。カリルリルにフライのことは架空のお友達なので心配しないこと、枕もとの瓶は片づけない。あと冬の長期休みのことを伝えて学園に戻った。文官のリッツにも冬の帰省について話をした。


「イリーシャ様は王宮からどこにも出たことがないのです。庭園の散策だけです。王妃様はよく顔を出してくれていますが貴族の親子としての関係を築くのが今は精一杯だと思います。特殊なお育ちですから仕方ないです。マレさんも侍女として仕えても母親にはなれません。侍女長も苦心しています。直接利害関係のないマロンさんだからこそイリーシャ様は心を許しているのでしょう」とリッツは話した。


 マロンにとって生まれた時から身内としておばあ様を見ていたと思う。イリーシャはお仕えする人たちばかりで身内が誰もいないということにマロンは今気が付いた。

お読み頂きありがとうございます。

読者様の応援が作者の何よりのモチベーションとなりますので、よろしくお願いいたします!

誤字脱字報告感謝です (^o^)


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