72 抱き枕の猫ミミ
ハリスのデビュタントが無事に済み、学園生活は正常に戻った。マロンは魔法陣の講義を受けていた。
「先生、魔法陣はやはり大きければその分魔力を大きく使いますか?」
「今の魔法陣は大規模魔法に使われるからな。魔力を多く使う」
「小さな魔法陣は蓄えられる魔力は少ない。蓄えられた魔法陣の起動を自由に解除して再起動は出来ませんか?魔石ランプのように」
「今世の魔法陣は大きいものばかりだからな。魔道具は魔石を使うことで、起動の切り替えを楽に出来るようになっている。魔法陣は一度魔力を流したら起動するまで魔力を流し込むのが普通だ。古代には有ったかもしれないが今は使われる意味がない」
「魔法陣にためられた魔力を魔石と考える事で、起動の切り替えができないかと考えています。切り替えの魔法陣の構築が分かれば魔力を効率的に使えると思うのです」
「本来魔法陣は1回使えばそれで終わりだ」
「大型の攻撃魔法陣はそうです」
「マロンさん、何を考えているのですか?」
「まだ思案中です」
「教えてはくれないのかい」
「む、無理です。使えるかもわからないので」
マロンが先生と話している時に教室のドアが開き先生が呼び出された。マロンが教本の魔法陣を読み解いているとマロンの肩を叩くものがいた。教本から顔を上げると、担任が声を掛けてきた。
「マロンさん、学園長がお呼びです」
「マロン、なにやらかした?」「「呼び出し、呼び出し」」
「静かにしなさい。急いで」マロンは慌てて教本を片付ける。
「マロン、カバンと荷物は俺が学園長室に届ける。先に向かえ」
マロンは担任にお願いして学園長室に向う。呼び出されることなどしていないはず。慌てるマロンに耳の横でユキが声を掛けた。
「マロン、慌てなくていい。イリーシャの事だ。食事がとれずに眠れもしないみたいだ」
「王宮に移ったんだよね」
「ユキには子供の気持ちは分からない。大切にされていると思うけど分からない。それで、マロンのお菓子なら食べるかもとあの時の侍女が言ったようだ」
マロンはなぜ呼び出されたかが分かって安心した。ユキをつんつんして笑っていたあの子が食事もとれず眠れない。医者には見せているだろうにと考えながら学園長室をノックした。
学園長室にはあの時の侍女マレが待っていた。
「マロンさん、イリーシャ姫を助けて」侍女のマレも眠れていないのか目の下に大きな隈ができていた。
「マロンさんはイリーシャ姫と面識があるのですか?」
学園長は王宮からの話に驚いていた。それはそうだ、隠されイリーシャ姫の発表はあったばかり。それなのに王宮に何のつながりもない男爵令嬢のマロンが呼び出されたのだから確認もしたくなる。
「デビュタントパーティーの時王宮の庭で迷子になっているところをお助けしました。その時おもてなしをしました」
「おおそうか。病がちの王女には庭の薔薇は綺麗に見えただろう」
「はい、侍女を振り切って庭に飛び出したようで」
「学園長、急ぎますので」マレと一緒に来た青年が声を掛けた。
「おお、マロンさん、王女を頼む」
「失礼します」
マレと共に来た王宮の事務官はマロンとマレを馬車に誘導し自ら御者席に乗り王宮に向かった。馬車の中でマレは涙ぐみながらイリーシャの事を話してくれた。
王城では可愛い子供らしいお部屋が用意され、今までとは比べ物にならないほどの待遇を受けている。王妃様も一日に一度は顔を出して声を掛けてくれるし、マレ以外の専用侍女もそろっている。皆マレよりも高い身分で、仕事も凄くできる人がそろっている。来年にはマレはきっと王女の侍女は外れると思う。
素敵部屋に移り可愛らしいドレスを着て、美味しい食事を最初は喜んでいた。それが日に日に元気がなくなり食事がとれなくなり夜も眠れなくなった。医師に見せても病気ではないと言われた。元々口数の少ない3才の王女はさらに口を開かず、医者や周りが対応に苦慮してしまった。
「マロンに会いたい」
やっと口を開いて言った言葉がマロンの事だった。四者会談している間、マロンはイリーシャと手遊びしたりユキを触ったり、お話をして過ごしていた。
「ご迷惑をかけますが、王女様に会ってもらいたいのです。何が悪いの私たちには分からないのです」
『イリーシャは心の扉を閉じていると医者は言っていたが何のことだ?』
「急な環境の変化に心がついて行けないのかもしれません」
「今までよりもとても良い環境ですよ。不満が出る訳がありません」
「王女の所に行く前に今まで暮らしていた部屋を見せてください」
「ええ、構いませんが質素な部屋です」
マロンは使用人入り口から王宮に入り、イリーシャが住んでいた使用人用の建物に入った。さすがに王宮の建物だけあって立派な建物であった。別邸が使われるとそこで働く人たちが住むため、今は静かなものだった。
使用人棟はマロンの家よりも広く台所も風呂も整備されていた。イリーシャはその中で、広い部屋を使っていたようだが使用人用なので、壁紙などなく木目がそのまま見えていた。カーテンは濃い茶色で机や椅子も飾り気はなかった。寝室は綺麗に片付けられていた。
「イリーシャ様が使っていた枕と毛布はありますか?」
「ええ、洗濯してここに仕舞ってあります」
「一つづつ貰っても良いですか?」
「ええ」こんな粗末なものを何にするのかと不審がるも用意してくれた。枕もとに花の飾りがついた小型の魔石ランプがあった。
「この魔石ランプは?」
「ウイル様が届けてくれましたが、イリーシャ様は送り主を知りません」
マロンはこの魔石ランプも持ちだした。
マロンは事務官に案内され、使用人通路からイリーシャの部屋に案内された。中には寝台に伏したイリーシャの横に医者と若い侍女が見守っていた。
「王女様、マロンさんが来てくれましたよ」
マレの声が聞こえたイリーシャはあの時よりやつれた様子で入り口に顔を向けた。イリーシャは無言で布団から両手を伸ばした。マロンは医者と侍女に頭を下げイリーシャの寝台に近づき、イリーシャを抱き上げた。イリーシャはマロンの耳元にいたユキを見つけにこりとした。
「マロンさん、私たちは席を外します。イリーシャ王女をお願いします。マレは残りなさい」
医師とマレ以外の侍女は部屋を出ていった。イリーシャの新しい部屋は先ほどと違い、きれいな薄桃色の壁紙に猫足金の縁取りのある机やテーブル。天蓋のある豪華な寝台。緑色のカーテンと赤い毛足の長い絨毯。あまりに違い過ぎてマロンでも目がくらくらする。
王女の部屋としたら当たり前なのかもしれないが、あまりの違いに落ち着かない。誰もが良かれとしたことでも、まだ三才の幼子には急激な環境の変化に体と心が付いていけなかったんだろう。
大人から見たら、良かれとした環境かもしれないが、それは大人の目でしかない。しばらく抱きしめてからマレに暖かいミルクをお願いしてイリーシャを椅子に座らせる。
「久しぶりだね。急にきれいなお部屋になって驚いた?」
イリーシャは頷いた。マロンは魔石ランプを取り出し「クリーン」を掛けた。イリーシャは薄汚れた魔石ランプの花飾りが綺麗になったのに目を見張った。
「今晩からこのランプが夜のイリーシャ様を見守ってくれますよ」
「これ、持ってきてもいいの?」
「だって、ずっと使っていたんだもの。あった方が嬉しいよね」
「うん。はい」慌てて言い直す。
「この毛布と枕はどうかな?」
「それもいい?」
「このままは難しいから、この間お話した妖精猫に作り替えたら大丈夫かも」
「そんなことできる?」
「任せて、イリーシャ様の猫はどの目がいいかな?ボタンをいくつか出しますから選んでください。マレがミルクを持ってきたら、このお菓子を食べてね」
マロンは収納を使った手遊びをしたので、マロンが何処からかいろいろな物を出すのを不思議に思っているが面白い気持ちの方が勝ってしまう。マロンの出したいろとりどりのボタンにイリーシャは夢中になった。
マロンは持ってきた毛布に「クリーン」を掛け、ハサミで抱き枕を作るように枕を毛布で包み四隅を縛り、上の方は猫耳の形に整えた。さすがに王女の抱き枕をそのままには出来ないので、ホワイトの金色の魔蜘蛛糸で刺繍を始めた。猫耳の下にはイリーシャが選んだボタンで目を取り付ける。鼻や口に髭、毛並みを刺繍していく。背面には尻尾を刺繍した。茶色の毛布が猫の抱き枕に変わった。猫の尻尾の先にはユキの抜け毛を毛玉にして取り付けておいた。
「猫ちゃん。お名前は?」
「主、つけてくれ」マロンはお話の時に使った猫の声真似をする。イリーシャはマロンを見上げる。
「好きにつけていいよ」イリーシャはゆっくから猫の抱き枕に向かって「ミミ」と名付けた。お話に出てきた猫の名前だ。
「イリって呼ぶよ。なんでご飯食べない?」
「ご飯食べるの怖い」
「ご飯硬い?」
「違う、音立てちゃダメ、小さく切らないとダメ、よく嚙まないとダメ、ナイフもホークも上手く使えない。上手くなきゃダメ、カップの持ち方がダメ。ダメ、ダメ、怖い。ご飯食べたくない」
「ああ、そういうことか。夜も怖いから眠れないのか?」
「夜は、カーテンゆらゆゆらゆ、赤い床が怖い。床がふわふわで転ぶとダメ、ダメダメで怖い」
「分かった。ミミが守ってやる。ただ、ミミはイリと話せないがイリの言うことはわかる。夜困ったことがあったらミミに話せ。いつもそばにいる。夜は良く眠れる魔法をかけてやる」
「ミミ、魔法使える?」
「少しだけだ。イリが眠れる魔法だ。お花のランプの明かりだけ使おうな」
「うん。はい」
「リーシャはこの部屋嫌いか?」
「嫌いじゃないけど汚したら怒る」
「そうか、汚しても大丈夫な部屋に変えてやるな」
「ミミ出来る?」
「ああ、できるさ。働くのはマロンだ」
「あらら、何を話しているの?」マロンはイリーシャに声を掛ける。
「ミミとお話し」
「凄いイリーシャ様はミミとお話ができるんだ」
「これは秘密なの。今日だけお話しできるの」
嬉しそうに笑ったイリーシャはとても可愛かった。茶色の毛布で作られた抱き枕の猫は金色の魔蜘蛛糸が良い働きをしている。マロンはユキに言われた「防汚」「持ち出し禁」「幸運」を込めた。
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