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70 迷子の女の子

 マロンと手をつなぐ女の子の手は、子供特有の温かさがあった。こんな幼い子がどうして王宮の庭に一人で歩いているのか不思議になる。マロンが向かった控室近くで声が聞こえた。


「お嬢様はどこにいるんだ。遠くに入ってないはずだ。早くしないと人が庭に下りてきてしまう」

「なぜ目を離したのよ?」

「いや、今日婚約者がデビュタントで頭がいっぱいだった。申し訳ない」

「婚約者のデビュタントなら休暇貰えるでしょ?」

「それが、エスコートを断られた」

「婚約者でしょ。なぜ?」

「閑職だからだそうです」


情けない青年の声がする。問い詰める女性とは親しそうだが、お悩み相談より探し人を探せ。


「あぁ、隠されし姫君の護衛だもの。家族にも言えないわよね。大切なお仕事をしているのに」

「やはり脈なしですか?」

「そうね。婚約者は次の相手がいるんじゃないの。もし結婚しても貴方のことを大切にはしないわ。地位とお金と見栄が一番のようだもの」


「ああ、そういうことか?」

「ほかの人探しなさい。向こうから婚約破棄してくるわよ」

「そうですよね」女性の方がしっかりしている。


「あなたは真面目に仕事をしているわ。早朝訓練もしているでしょ。大丈夫、それよりその婚約者は不倫しているわね。実家に言って調べてもらえば慰謝料貰えるわよ」

「そこまでしなくても」

「あなたみたいなお人よしは、グダグダ引きずって新しい恋に進めず、よりを戻したいと言われればよりを戻す、不幸体質よ」


中々的確な助言をしている。マロンの周りにはいないタイプだ。


「確かにそうかもしれない」

「お嬢様だって、本来は初めての王女として傅かれるのに、側妃だからとその待遇を受けれないなんて可哀そうよ」

「側妃様は亡くなわれたんですよね」

「そう聞いているわ。私も2年前からのお付き合いだから詳しいことは知らないの。でも、高貴な血筋だけは確かね」


 マロンが耳にしたことは王女には聞かせたくない話に流れそうだった。マロンはわざと咳払いをして、こちらの存在を確認させた。


「お名前は何というの?」

「イリーシャ」


 侍女と護衛騎士はこの声に驚き駆け寄ってきた。王女の安全を伝え、先ほどの様子を伝えると、王宮の庭、ましてデビュタントの日に悪人はいないと思っていたのか驚いていた。


 マロンは疲れた様子の王女をノイシュヴァン家の控室に案内した。脳筋侍女のアスコットに事情を説明すると、すぐに入室が許された。初めて入る部屋を王女は珍しそうに眺めている。護衛騎士と侍女は入口の家紋を見て驚いた。


「イリーシャ様」アスコットが王女に声を掛けた。

「イリーシャ」

「王女様の名前はイリーシャ様ですか?」

「ううん、違うのただのイリーシャ、王女様ではない」

「お嬢様は王女様です」侍女は辛そうに答えた。


マロンは王子はいても王女がいるとは聞いたことがない。この王女は訳ありのようだ。


「ではイリーシャちゃん、こちらで温かなミルクを飲みませんか?」

「美味しい?」

「美味しいですよ。お砂糖も入れるともっと美味しいけど、甘いものはお好きですか?」


 イリーシャは期待に満ちた目で大きく頷いた。マロンはイリーシャを椅子に座らせ、温かなミルクに砂糖を入れ共に持参したお菓子を皿に乗せイリーシャの目の前に置いた。

イリーシャは後ろの侍女を見る。侍女は「失礼します」とミルクとお菓子を毒見し、イリーシャを見た。


「マレ、良い?」侍女の返事を待ってミルクのカップを両手に持ちそっと口をつける。

「マレ、美味しい、甘いよ」あどけない笑顔はとても可愛い。


「侍女の方も護衛の方もこちらに椅子とテーブルを用意しました。のどが渇いているでしょう。お休みください」アスコットが気を利かしお茶の準備をしてくれた。


「イリーシャ様、お菓子もどうぞ」

「ミルクがとても美味しいの。これはお菓子?」

「そうですよ。王都では珍しいのですが辺境伯家では普通に食べています」

「マレ、凄く可愛らしい、食べるのが勿体ない」

「お嬢様、マレも初めてです。美味しく頂きましょう」

「はい、手で持ってよい?」


 マロンは手拭きで手を拭くとひょいと一枚つまむと口に入れた。イリーシャはマロンの顔をまじまじ見た後、同じように手を拭き、お皿のお菓子を1枚つまむと小さな口に入れた。もぐもぐとかわいらしい口元が動く。


 イリーシャはにっこり笑って「とても美味しい」と小さく声を出した。マロンはお皿の分はイリーシャの分だから全部食べてよいと話すとじっと見つめもう1枚を大切そうに口に運んだ。

その時突然部屋の入口にハリスとエリザベスが現れた。王様への挨拶が終わったようだ。ハリスは早い方なのでダンス開始までまだ時間があるようだ。


「マロン、お茶飲ませてくれ」

「お兄様はあちらで皆と飲めばいいでしょ」

「そう言うなよ。誰?」ハリスはちんまりとマロンの横で座っている女の子に気が付いた。

「イリーシャ」イリーシャは得意げに答えた。答えられたハリスの方が困惑した。


「可愛いお客様ですね。そのお菓子美味しいでしょ?このマロンが作ったの」

「マロン?」

「そうよ。貴方の横に座って居るのがマロン。私はエリザベス、横に立ってるのが兄のハリス。仲良くしてね」

「マロン、とても強いの、悪い人「エイ」ってやっつけて、イリーシャ抱っこしてバラの上をひょいひょいと飛び越えたの」イリーシャは得意げに話をした。


「マロンはそんなことしていたんだ」ハリスの声にマロンは下を向いた。

「マロンを虐めないで。イリーシャがいけないことしたから」イリーシャの目から涙があふれてきた。子供の反応に慌てたハリスはイリーシャに優しく声を掛けた。


「マロンを虐めたりしない。マロンは強いんだから虐められるのは僕の方だ」

「ほんとに?」

「ほんとよ、マロンのお父様は騎士だからマロンは厳しい訓練受けているのよ。その辺の男など「エイ」っとやっつけてしまうわ」

「オルゴより強い?」お茶を飲んでいる護衛騎士を見ながらイリーシャは聞いてきた。


「イリーシャ様、マロンは護衛騎士より弱いです。でもあそこのお兄さんには負けません」

イリーシャはハリスを見て「お兄さんは弱いんだ」と笑った。


「マロン、それはないよ」

「乙女に暴言吐けば倍返しです」

「イリーシャちゃん、マロンとは仲良しだから虐めたりしないよ。お菓子をどうぞ。美味しいだろ」


 イリーシャはハリスからお菓子に目が移った。イリーシャの護衛と侍女は辺境伯家の兄妹を見て驚いていた。ハリスとエリザベスが部屋に入りイリーシャと言葉を交わしている所に入り口のドアが再度開いた。マロンはすぐにイリーシャを抱きかかえ、ハリスはそれを守るように前に出た。


「ハリス合格、護衛騎士不合格、というところでこれはどういうことだ?」


 辺境伯のオズワルドが頭の上にユキを乗せて乗り込んできた。勇ましい雰囲気もユキのせいで形無しだった。オズワルドが部屋に入り、防音の結界を敷くとイリーシャの侍女に説明を求めた。イリーシャはテーブルに移ったユキを物珍しそうに眺め綿毛を触ろうか思案していた。


 侍女マレの説明は別邸に住むイリーシャ様に庭のバラを見たいとお願いされ、デビュタントの明かりで明るいので庭の散策に出たところ、イリーシャを見失いマロンに助けられこの部屋に招かれたと話した。


「あの子は側妃の子か?」

「そう聞いています」

「側妃が子供を産んだとは聞いていないが王家の色がある以上王族の子供だ。ノーリア姫が生んだのか?子供を残して聖国に帰ったか?」

「わたくしも詳しいことは分りません。イリーシャ様のお母様は死んだと伺っています」

「どうなってるんだ。自分で乗り込んできて3年ほどで聖国に帰って別の国に嫁に行ったはずだ」

「お、お嬢様の母君は死んだと聞いています。他の側妃ではないですか?」


 侍女も護衛もまだ年若い。二人には詳しい話はしていないのかもしれない。オズワルドに問い詰められている侍女はオロオロしながら受け答えしている。


「側妃は一人だ。今いくつだ?」

「3才でございます」

「王は知っているのか?」

「いえ、わかりません」

「誰か訪問していないか?」

「王弟殿下がたまに来られます」答えて良かったか分からない侍女は下を向いてしまった。


「あぁ、ウイルの子か、確かに似ている。このことを他に誰が知っている?」オズワルドは訳知りな顔になった。

「もしかして、イリーシャ様は王弟ウイリアム様のお子ですか?わたくしたちは王の使いで来訪していると思っていました」


「よく隠し通したな。聖国でも問題のある姫だったから、向こうも我が国に押し付けてほっとしたんだと思っていたら急に帰国して他国に嫁いだのには驚いた。まさか子供を捨てていくとは」


「ど、どうしたらよいでしょうか?ウイリアム様には家庭があると聞いています」

「結婚して臣下降籍したんだからな。あいつは何を考えているんだ」

オズワルドの抑えた声がマロンの耳まで聞こえてきた。

お読み頂きありがとうございます。

読者様の応援が作者の何よりのモチベーションとなりますので、よろしくお願いいたします!

誤字脱字報告感謝です (^o^)


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― 新着の感想 ―
この国大丈夫か、お城で誘拐未遂って、てっきり王女様に王女教育の一環でこんな危ない事がありますよって事を教える為かと思ったらガチだった。 あと王族の色に誘拐犯は気づかなかったのだろうかな、城に入れるのに…
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