68 ロースターの決断
エリーナはロゼリーナとの言い争いの後Sクラスに戻ったが、まだ緊張しているようだった。ロゼリーナは兄のセドリックのデビュタントのパートナーになりたかったのか?家では家族の語らいはないようだ。まあ、セドリックは両親に厳しいから無理もない。
以前、ユリア夫人の屋敷でエリザベスがセドリックに「攻めるだけでは相手は頑なになるだけ、かえって上手くいかなくなる。親といえど私たち子供と同じ人、もっと冷静にならないとダメ」と小言を言っていた。
「マロンさん、ありがとう。ロゼの声が母に似ていてちょっと緊張した」
「大丈夫よ、ちゃんと言い返せたわ」
「ロゼが兄のパートナーになれるわけないのに」
「それに今回で2回目の学園長室でしょ。さすがに謹慎になるんじゃないかな?」
「マロン、煽ってたわね」
「エリザベスさん、そんな品のないことはしていませんわ。それより、講義が始まりますよ」
周りは興味津々のようだったが、さすがに講義に遅れるわけにいかずばらばらと生徒は移動を始めた。
「マロン、エリーナを守ってくれたのね。心の傷はそう簡単に回復は出来ないわ。やっと、ここまで笑顔を見せれるようになっただけでも良かったわ。私にはマロンがいてくれてとても嬉しかった。ありがとう」
「私もエリザベスがいてくれて、ありがとう」
エリザベスは講義に移動した、マロンは経済の講義に向かった。
************
ロースターは母の屋敷から後ろ髪を引かれながら屋敷に戻った。実の娘が見つかっても母からは会うことを許されない。不甲斐ない父親だと責められるのも理解している。イライラしながら本邸に戻った。
「学園より手紙が届いています」家令から手渡された手紙は学園への呼び出しだった。妻を伴い急遽学園に向かう。
「あなた、どうして学園へ行くの?」
「ロゼリーナが凶器を学園に持ち込んだ」
「凶器?」
「鉄で強化した扇子だ。どこから手に入れたんだ」
「えっ、」
「マリーナールは一緒に暮らしていて、気が付かなかったか?」
「ええ、でも使わなければ」
「そういう問題ではない。持ち込むことが問題なんだ」
「大げさね」
「君は本当に現状が分かっていない。何度言えばわかるんだ。君がエリに暴言をあびせ暴力までふるっていたと聞いたときは驚いたよ」
「そ、それは」
「言い訳はいい。今回の件で屋敷に戻ったら話がある」
学園長室ではSクラスの前での様子がスクリーンに写りだされた。学園長室にいたロゼリーナは青い顔をしながら言い訳をした。
「エリが素直に話さないから。母の呼び出しにも応じないし」
「呼び出される理由がない。それにこの扇子はなんだ?」
「これはお母様がエリに使っていた扇子よ。持ち出しただけよ」
「こ、これをエリにか?」
「そうよね。お母様?」
ロゼリーナから声を掛けられたマリーナールは言葉に詰まる。その様子を見て事実だとロースターは確信した。マリーナールはそこまでおかしくなっていたのか。俺は何にも分かっていなかった。息子にも娘にも頼られない情けない父親だ。
母性という不確かなものに期待していた自分が情けない。学園には陳謝しロゼリーナの退学手続きをした。今回は学園長は止めることはなかった。ほかにもきっと学園に迷惑をかけているからだろう。公爵という地位と両親の甘さががロゼリーナを増長させた。
屋敷に戻り執務室にマリーナールとロゼリーナ、家令、家政婦長を交えて話をすることにした。
「マリーナール、君は実家に戻るか領地に行くか選択しなさい」
「私がどうして?」
「実の娘を虐待する母親はいらないからだ」
「虐待などしていません。躾です」
「子供を愛せない親はいるだろうが、暴力を振るうなどあってはならない」
マリーナールは夫から離縁を言い渡されるとは思ってもいなかった。
「公爵家には妻が必要よ」
「公爵家にも私も娘や息子にも、もう君は必要ない。危害を加えるものはいない方が良い」
「セドリックなの?エリのせいなの?」
「いや、誰も君の悪口は言っていない。本当のことのみ情報を集めた。君は君の侍女にも暴力をふるっていたんだな」
「だって、エリを連れてこないから」
「エリはこの屋敷にはいない。母のところで療養している」
「お母様の所、、」
「そんな君を手本にしたロゼはどうしようもない子に育った。家令に「エリの金をよこせ」と言ったそうだ。君も口にしていたな。勉学に励むことなくCクラス落ち、それもほとんど最下クラスの成績だ。
君は一人の子供の面倒も見れないのか?ロゼリーナも学園に入る年齢で手取り足取りしないと学べないのか?家庭教師からは学ぶ意欲がないと言われたが、ここまでとは思わなかった」
「でも、お母様がここを出て行ってロゼは残れるのでしょ。公爵令嬢だもの」
ロゼリーナはロースターに縋るように声を掛けてきた。
「ロゼ、母と一緒ではないの?」
「だって、お母様は癇癪起こすとすぐ叩くでしょ。侍女がいなくなったら今度はロゼの番だもの」
ロゼの裏切りに驚いたマリーナールは思わず口にしてしまった。
「ロゼ!貴女なんて公爵令嬢でも侯爵令嬢でもないわ。単なる孤児でしかない」
「違うわ!」
「違わないわ。私の子にはエリと同じ右腕にほくろがあったはずなのに貴女にはないわ」
「き、君は知っていたのか⁉」
「あなたがロゼは私たちの子ではないといった時、ほくろのことを思い出したの」
「なぜ言わなかった」
「だって、ロゼはエリと違ってそばに置けたもの」
「エリーナは病だったんだぞ」
突然執務室の扉が開いた。そこにはマリーナールの弟のピーロックが驚きの形相で現れた。ロースターが呼びつけたが、まさかこんなに早く来るとは思っていなかった。
「姉上はなんと愚かなことをしたんだ。実子でないものを実子だと虚偽の報告をすることがどれだけ重罪かわかっているのですか?我が家に義兄がどれほど心を砕いてくれていたのか知らないのですか?父が残した借金を無利子で貸し付けていただいたのに。貴女は我が家の困窮など気にもしなかった」
年若い当主のピーロックは控えめな服装で現れた。実父の残した借金の返済に追われながら慣れぬ領地経営に励んでいる真面目な青年だ。
「だって、嫁に出たのよ」
「あなたはそういう人でした。本当に自分勝手なところは父親に似たのですね。お義兄さま、その娘は姉の養子になっていますので、姉と孤児は我が家で引き取ります。修道院に入ってもらいます」
「よいのか?」
「はい、父の代で没落するところを助けていただき、妹の嫁ぎ先も見つけてもらいました。贅沢しなければ十分貴族として生きていけます」
「ピーロック、没落ってどういうこと?」
ピーロックはマリーナールに父親が賭け事にはまり家の金を使い込んでいた。急死したときに借金取りが押し寄せ家財と有り金を持ち出され、妹は売られる手続きの書類まで書かれていたんだ。それを見た母親は倒れその半年後死んだ。その時、義兄が援助の手を差し伸べてくれた。父の愛人の屋敷を売り払い、隠し金も見つけてくれた。それでも返済には足りなかった。
そんなときもマリーナールは少しの手助けはしてくれなかった。母の葬儀さえ体調が悪いと言って出席していなかった。
「マリーナールさんは離婚しても我が家の籍には戻れませんので、娘ともども平民として暮らしてもらいます」
「な、なんで?」
「あなたは我が家のお金を使うだけで、苦しい時には何の手助けもしてくれませんでした。確かに父親はどうしようもない人ですが、貴女を大切に育てた母にした仕打ちは決して許せるものではありません」
「ロースター、、」
「わが領に行っても、家は準備するが平民として暮らしてもらう。侍女やメイドは付いて行くという者がいれば連れて行けばいい。実子偽造で裁かれるよりはましだろう」
話の流れからロゼリーナは自分が平民に戻ることを理解した。今ならまだ公爵令嬢の身分があると思った。ロゼリーナは何度説明しても自分は公爵令嬢だと思っているが本当は侯爵令嬢としてマリーナールの実家の籍に入っている。
「わたし誰でもいいから貴族と結婚する」
「ロゼ、学園最下層クラスの出来で、貴族と結婚できるわけないだろう。さらに浪費癖が付いているのに」
「マリアマリアだって、貴族のタリンと結婚したんだから」
「マリアマリア?」
「頭はまあまあだったけど虚言癖があったわ」
「ああ、その子なら貴族の息子とは結婚していない。犯罪者として収監されている。君はもともと平民だ。マリーナールを上手く手なずけて裕福に暮らそうと思ったんだろうが、欲をかき過ぎた。孤児院長が、「ロゼリーナには、「親子であるかは分からないから、いい子にしていな。だめなら戻っておいで」と言われたらしいじゃないか。君も薄々実子でないと気が付いたんだろう」
「お父様」
「マリーナールがエリたちと等しく接してくれていたら、ロゼがエリたちと兄妹として育ってくれたなら、血は繋がらなくても、侯爵令嬢として教育を施し良いところに嫁に出すつもりだった」
「い、今から頑張ります」
「もう遅いんだ。何度も注意した。何人の人を傷つけた。ロゼリーナはここでは暮らせない」
「ロゼはお母様の言う通りにしただけで、ロゼは悪くない」
マリーナールとロゼリーナは興奮して話にはならなかった。医師に鎮静剤を打ってもらいそれぞれが部屋に戻された。近いうちにローライル家の領地の片隅に監視付きで住むことになった。
さすがに当主の仕事を覚え始めた義弟に妻のことは任せるには負担が大きい。ロースター自身が責を背負うのが筋だろう。離婚には当主二人のサインが必要になるので義弟を呼び出したが修羅場に参加させてしまった。
「ロースター様、見つかったお子様のことは伝えなくてよろしいのですか?」家令は教会での出来事を知っている。
「知ったところで、ロゼの二の舞になっては困る。その前に母から許しが出ない」
「ユリア様は厳しいお方ですから」
「屋敷の掃除が終わったら母を呼び寄せる、数回倒れたようだから心配だ」
「分かりました。すぐに模様替えします。別邸は?」
「掃除だけしてくれればよい。いずれは俺の隠居部屋になるだろう」
疲労の見えるロースターを気遣い家令は言葉をつづけた。
「領地の方についていく使用人の申し出はないと思いますが確認します」
「送り届けるまでは、今までの侍女を連れて行ってくれ。あとは本人の希望に任せる。誰もいないなら屈強な家事指導者を見つけないといけないな。二人とも何もできないから」
「お任せください。領地の知り合いに連絡します。でもよろしいですか?」
「離縁するんだから仕方ない。遅いくらいだ」
「旦那様はお優しいですから」
「マリーナールとロゼリーナは領地に戻るころには平民だ。ドレスや宝石は金に換え必要なものを購入してくれ。マリーナールは田舎が好きでなかったから領地に入っていない。彼女の顔を知る者はいない。
俺の妻だったと言っても頭がおかしいぐらいと思われるだけだ。それでも問題が起きるなら修道院に手続きをする。俺も悪いが公爵家にはおけないんだ」
「分かっています。領地より報告をあげてもらいます」
出来た家令でよかった。父の代から仕えているが俺の甘さも十分わかっている。妻がロゼリーナを実子でないと知っていたのには驚いた。それなのにどうしてロゼに傾倒したのか?早期にロゼリーナから離せばよかったのか?私が妻を支えきれなかったのかとロースターは悩んでいた。
しかしもう一人の実子が生きていることを知った時、母に「エリさえ守れないのにもう一人も同じ目に合わせるの?ロゼをどうするの?貴族の大変さを知らず貴族として甘い蜜を味わったの。よく考えなさい」と諭された。俺が父のような当主になるにはまだまだだ。
お読み頂きありがとうございます。
読者様の応援が作者の何よりのモチベーションとなりますので、よろしくお願いいたします!
誤字脱字報告感謝です (^o^)




