66 ユリアの願い
今日はエリーナに誘われユリア夫人のお屋敷に訪問することになった。ユリア夫人がおばあ様との思い出の品を見せてくれることになっている。いつもの庭の見える歓談の部屋はすっきりと片付けられ居心地が良い。
エリーナはユリア夫人に頼まれた物を取りに部屋から出て行った。マロンはユリア夫人と魔法陣のことや出会った教授の話をした。
「まあ、ピエールカットに出会ったの?」
「ピエールカットさんというのですか?」
「そう、彼は私たちより1つ年下だったわ。背が小さく細身の彼は学園になじめず、よく図書館に引きこもっていたの。私たちも図書館によくいたので、仲良くなるのに時間はかからなかった。彼は侯爵家の子息でね。体が弱かったせいで、騎士科には進めなかったの。随分落ち込んでいたの。
そこでね、シャーリーンが古代語の話を始めたら、彼は夢中になってね。私たちより力を入れたわ。もちろん、シャーリーンが魔法陣に興味を持てばそれにも参加したわ。私が思うに彼はシャーリーンのことが好きだったと思うわ。
でも、没落寸前の男爵令嬢との結婚など彼の親は許さないだろうし、シャーリーンは彼のことを友人であっても恋愛対象とは見ていなかったの。彼もそれはわかっていたから良き友人として接していたわ。5年に上がるころには私は結婚の準備、シャーリーンは王宮の文官試験に向けて忙しくなり彼との付き合いも自然と遠のいたわ。
彼も次男だったけど家督を継ぐことになりいろいろ忙しくなったの。このことを知ったのは随分後だったわ。懐かしいわね。彼も老人になっていた?」
「白いひげを生やした優しい感じでした。おばあ様の魔法陣の本はその方から貰ったようです」
「白い髭ね。童顔だったから威厳の為の髭かしら?」
「「教授」と呼ばれ、幾人かの側付きがいました」
「学問にたけていたから彼も自分の道を歩んだのね」
そういいながらユリア夫人はソファーから立ち上がった。その瞬間にすとんとソファ-に倒れこんだ。顔色が悪い。おばあ様も急に体を起こすと立ち眩みのような症状があった。
マロンはユリア夫人に声を掛けながらおしりを起点にソファーに仰向けに寝かせ近くのクッションを足元に差し込んだ。昨夜作ったジル用のひざ掛け用の「火」の魔法陣を刺繍した布を体にかけた。
ジルは魔法が使えるので、ジル用に魔法陣を「拡大転写」した。明確な心象は魔法の発現を確かにした。さらにユキが「マロンなら複製できるんじゃない。何もないところからは難しいかもしれないけど材料をそろえれば上手くいくんじゃない」と気軽に言い出した。
マロンも魔法陣の成功で少し興奮していたせいでユキの言うことを実施した。結果は出来たが、ごっそり魔力を取られ気が付いたら床で寝ていた。体にはできた布に魔力がこめられていたので温かく風邪をひくこともなかった。
さすがにジルの下に敷くには布1枚ではと思い、魔法陣の布を色付きの布で挟みその間に布団の綿を芯にしてずれないように縫っておいた。魔力が戻った数日後「防汚」付与をかけておいた。
マロンはひざ掛けに魔力を込めたら人肌程度に温かくなった。ユリア夫人はすぐに意識が戻ったが、顔色が悪い。マロンはユリア夫人に「ヒール」をゆっくり流した。ユリア夫人の顔色が少しずつ良くなってきた。
「マロンさんありがとう」
「おばあ様も時々こういう事があったので、対応を診療所の先生に教わりましたから」
「手際が良くてよかったわ。侍女など大騒ぎして、医者は呼ぶわ、息子を呼ぶわで、大病人にされてしまうの」
「大切な方ですから仕方ないですよ」
「あなたの魔力は気持ちがいいわね。冷えたからだが温まっていくわ。それにこれは?布団?布団が温かくなっているわね」
「温かくなる魔法陣を布に刺繍して魔力を流したものです」
ユリア夫人は驚いていた。ごくわずかな魔力で、この暖かさが10日ほど効果が続く。魔石から魔力を流せ、魔法陣の起動の切り替えができればもっと効果的にできるのではないかと今は思案中だと説明した。ユリア夫人は布から魔法陣を見ようと捲り上げたが魔法陣は見えなかった。
「魔法陣が見えないわ」
「なぜか分かりませんが、魔力を流した瞬間に魔法陣は布と一体化して魔法陣自体は消えてしまいます」
「模倣できないということね。温かさは調節できるの?」
「まだ分かりませんが、火力が強ければ魔力をきっと多く必要とするでしょうし万が一火災の原因になってもいけないので考えているところです」
「これは凄いものよ。診療所などにあればずいぶん助かるわね」
「これは魔法陣を色々試した結果、効果のあった1個を小さいもので試し、この大きさに拡大しました。ハンカチ大なら数か月持つかもしれません。まあ、魔力持ちなら魔法陣が崩れない限り使えるのかもしれません」
「これは貴重なものね。すぐ返さないと、洗濯はしても大丈夫かしら?」
「「防汚」の付与をしてありますから軽く上下の布を洗う分には大丈夫だと思いますが、まだできたばかりで色々検証ができていないのです。ただ魔法陣はインクなどで書いてはないので大丈夫だと思います。良ければお使いください」
ユリア夫人は保温布をしげしげ眺めた。そこにエリーナが戻ってきた。
「お祖母様、随分大きな箱だったから侍女にワゴンで運んでもらいました」
「あら、ごめんなさい。箱詰めをセドリックに頼んだから、重さなんて考えていなかったのね」
「お兄様らしいです。自分は身体強化ができるからと考えなしだわ」
箱の中には、刺繍入りのハンカチや可愛らしいリボン、きれいに刺繍されたスカーフなどが入っていた。中から手紙の束が顔を出していた。
「エリーナ、私が死んだらこれをお棺の中に入れてほしいの。手紙は燃やしてちょうだい。シャーリーンとの手紙だから息子には読まれたくないの。そして、この本はエリーナに渡すわ。貴女も魔法に興味を持ったようだし学ぶのは自由だもの。これは女性のための魔法の本。昔から貴族令嬢でも魔法を使いたい女性はいたのよ。大きな魔法は出来なくても家族のためにささやかな魔法は役に立つわ」
「お祖母様、ありがとうございます」
「エリーナ、何かができるとそれが自信になるわ。できなくても学ぶことは大切よ。エリーナは、もう少し自分を強く出していいのよ。「父に従い夫に従い子に従う」なんて古いのよ。でも言動は十分に気を付けるの。わざわざ自分を傷つけることはないわ。貴女もいずれどこかに嫁ぐだろうけれど、滅私奉公などしないように立ち回るのよ。それくらいでないと社交界は生きていけないわよ」
「お祖母様はおしとやかな淑女だと思っていたのに、お話からは、、」
「当たり前よ。四公の一つを支えるのよ。夫は家庭を顧みないし、領のことは家令任せ、それでは没落してしまいますよ。抑えるところは抑え、任せることは人を見て任せるのよ」
「お祖父様はおばあ様の手のひらに載っていたのですか?」
「それは答えられないわ。お互い掌に載せあっていたかもしれないわよ。夫は私にも誠実だったことは確かね」
「うふふ」と笑うユリア夫人は幸せそうであった。ユリア夫人は箱の中から小さな宝石箱を取り出した。
「お祖母様、随分かわいい箱ですね」
「それはそうよ。私のお母様に子供のころ頂いた宝箱なの。この中にはあなたたちに渡すものが入っているの。これは私の母から譲られた輝石の髪飾りをエリーナに、そしてこれはシャリーンから結婚祝いに頂いた髪飾りなの。これはマロンさんが貰ってほしいの」
「そんな大切なものを頂くことはできません」
「マロンさん、死んでは持っていけないのよ。大切にしてくれる人に貰ってほしいの」
「マロンさん、お祖母様のお願いです。受けてください」
マロンが手渡された髪飾りは真珠と緑の蔦を合わせた髪飾りだった。あれ?どこかで見たような?マロンはおばあ様の遺産として受けついだ木箱を思い出した。収納から木箱を出しその中におさめられていた真珠と蔦の耳飾りを出した。
「シャーリーンはお揃いで作ってくれたのね。シャーリーンは髪飾りと耳飾りを対で購入したものを私に送ってくれたのね。この髪飾りをつけるたびにシャーリーンを思い出し、挫けずに頑張ろうと思ったものだわ。シャーリーンも耳飾りを付けたときは私を思い出してくれていたのね。マロンさん、この髪飾りはマロンさんに貰ってもらわないとね」
「お祖母様、お兄様のお嫁さんには?」
「ちゃんと準備してあるわ。この家代々伝わるものを譲る手続きをしてあるわ」
「お母様にですか?」
「ごめんなさい。マリーナールには送らないわ。ロゼにわたってはだめなの。セドリックの嫁でないとね」
「分かっています。お母様はロゼが欲しいといえばその価値さえ考えず手渡しそうですから。そしてロゼは欲しがる割には大切にしませんから、その方が良いと思います」
「エリーナには苦労掛けるわね」
「「毒親」は親であらずです。私にはお父様、お兄様、お祖母様がいます。十分幸せです」
「毒親?」
それからエリーナは「毒親」という言葉をユリア夫人に丁寧に説明した。ユリア夫人も「的確な表現ね。そうしたら息子も毒親に参加かしら?」と言い出しマロンは慌てた。その後、マロンがどこから木箱を出したかと問われ、「収納」の説明をすることになった。
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「お母様、また倒れたと聞きましたが、大丈夫ですか?」
「ロースター、落ち着きなさい。マロンさんの方が冷静に対処したわよ」
「だから本邸に戻ってください」
「それより、この布に残っている魔力と私の魔力に血縁があるか調べて頂戴」
「誰のですか?」
「今は知らなくていいわ。これは私の願望かもしれないから。貴方は治療魔法を受けたことはある?」
「ええ、ありますが」
「どんな感じだった?」
「普通に治療部位が光って少し熱を持ちます。それが普通です」
「そうよね。でも、わたしもエリーナも体の中から温かく包まれるように感じたの。きっと治療魔法だけではないと思うの。私の勘かしら。これは私の我儘、費用は私が持ちますからお願いね」
ユリアはわずかであったが確信を持っていた。
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