64 毒親 2
マロンはエリーナが学園に来れたことが嬉しかった。遠くから手を小さく振れば振り返してくれた。少しは元気になったようだ。
「エリーナはね、あのままユリア夫人のところで暮らしている。父親は帰って来いと迎えに来たようだが、「母に呼び出され暴言を受けるのは気が進みません。たとえ病でも私には耐えられない」とはっきり父親に言ったらしいの。
母親の仕打ちを軽んじてた父親は随分落ち込んだらしいわ。セドリックはそのまま屋敷に戻り本邸に戻ろうとするロゼリーナと母をくい止めているの。頑張っているわよセドリックさん。それでね、録画の魔道具を教えてあげたの。あの子の時に使ったでしょ。父親はエリーナが暴言を吐かれているところを知らないから甘く考えているのよ。マロンが頬を傷つけられたところ見たのに駄目よね」
エリザベスはハリスに似てきたのか策士になってきた。オズワルドなら父親として実情を知ろうと調べ上げるだろうに、エリーナの父親は誰にでも良い顔をしたいのか、真実を知る勇気がないのか困った大人だと思う。
子供はいずれ大人になる。確かに親から見れば子供は子供、でも考え方も行動も気が付いたら対等の立場になっている。親を乗り越えるものもいるはずだ。親とてうかうかしていられない。
数日後エリーナとエリザベスとハリスでユリア夫人のお屋敷を訪問した。そこでセドリックが録画した画像を見せてもらった。録画機はとても高い魔道具だが、ユリアがお金を出しセドリックが実の母親に使った。
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「母上、別邸で静かにしてくださいといったはずですよね」
「セドリック、エリーナは呼び出しても来ないの。私を馬鹿にしているの?」
「エリには母親はいないですから母親からの呼び出しはないはずです」
「まぁ!随分な言い草ね」
「ロゼが学園で言っていましたよ。エリは本当の子供ではないと」
「そ、それは言葉の綾よ」
「そんなことを学園で話せば一気に社交界で噂になります。社交をしていないあなたには関係ないかもしれないでしょうが、父が恥をかきますよ」
「う、五月蠅い!もとからエリなど死んだ子供よ」
「そうですか?エリは要らない子でロゼは要る子ですか?」
「ロゼは私にそっくりだわ」
「そうですね。思慮深くない所がそっくりです」
「なぜあなたは母親の私に酷いことを言うの?」
「私は貴女の息子ですか?」
「当たり前でしょ」
「私の生まれた日は?私の好きな色は?私は何科に専攻していますか?」
「は、春生まれよ、、白?,、専攻?」
「何も知らないではないですか。母親とは言えませんね。わたくしも貴女を母とは思っていません」
「エリのせいね。エリも貴女もこの家からいなくなればいい。旦那様はわかってくれるわ。こんな冷たい子供などもとからいらない。平民になって、野垂れ死にすればいい」
「残念ですがそうはなりません。私は正式な跡取りですから」
煽りまくるセドリックに業を煮やした母親は手持ちの陶器のカップをセドリックに投げつけた。セドリックはひょいとよけカップは壁に当たり粉々に割れた。
「これくらいのことで感情的になっては公爵夫人の仕事はできませんよ。今や社交界でロゼの悪口が蔓延していますから」
「な、なにを」
「身分をかさに低位貴族令嬢をいじめているようですよ。Cクラス落ちのくせに反省などしていない」
「あなたが勉強見てあげれば」
「嫌ですよ。学ぶ気がないものになぜ教えなければならない。貴女が教えればいい」
「うるさい。お前もエリも出ていけ。死んでしまえ」
「そうでしょうね。エリに熱い紅茶を投げつけ扇子でたたき、暴言を吐くような母親などこちらからお断りします」
「どこが悪いの。エリさえいなければロゼと三人で幸せに暮らせるのよ。旦那様は私とロゼの味方よ。覚えておきなさい」
鬼の形相の母親の姿がぷつりと消えた。
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「すごいでしょ。エリには見せなかったけど父には見せてやった。実情を受け止めてほしかったからね。ただエリに戻ってきてほしいだけじゃ解決しないんだ。さすがに母の様子に驚いていた。母は父の前ではしおらしいからな。それについでにロゼの様子も見せてやった」
「様子?」
「そう、母にドレスや宝飾をねだったり観劇に行きたいと話している様子だよ。ロゼが家令にエリのお金を回せと迫っている所もばっちり撮れていた」
「本当に自分の息子ながら甘いところが許せないわね。エリはこのまま私のところで過ごす様にするわ。いざとなったらエリを養子にして私の遺産はエリに譲り渡すわ。あの嫁とロゼに使われるのは癪に障るわ」
「お祖母様それはいいですね」
「セドリックあなたにわたるお金が減るのよ」
「そんなもの自分でどうにかします。お祖母様のお金を当てにしているようでは公爵家を継げません」
「あなたは私に似たようね」
録画の映像が終わったころエリーナが戻ってきた。顔色もよく快活な姿にほっとする。過激なセドリックも困ったものだがなんでも受け入れてしまう気の弱さが心配だったが大丈夫のようだ。あとは父親の仕事だとユリアもセドリックも考えている。
マロンとエリザベスは親子とは難しい物だと実感した。マロンは面倒な親がいないでよかった。エリザベスは良き父と兄に恵まれたと思った。エリザベスの所に元母親から手紙が来ていたが開きもせずオズワルドに回した。最初の手紙に「お金を融通するよう口添えをして」だった。何とも言えなかった。謝罪の一言もない上にお金のことを娘に頼るなど信じられない。
さすがにハリスの所には手紙は送ってきていない。「送れるわけないだろう。この不倫女!って怒鳴ったからな」ああ、ここにも過激な兄がいた。兄とはこういうもんかと思ったがそうとは一概に言えない。Sクラスの中には長子がいるがもっと優しいような気がした。
「エリザベスとマロンは男を見る目がないから俺が確認してやる」と言い出した。それならハリスの相手はエリザベスが確認してやると言い争っている。どちらも華やいだ話はないから無駄な言い争いだと言っておく。
マロンはおばあ様の持っていた魔法陣の本を読み解こうと図書館通いをしている。魔法陣はなかなか面白い。正確に書けば魔法が発動する。今の魔道具は魔石で動くから魔法陣はいらないらしいが、これを利用すればもっと効率が良いのではないかとマロンは考えた。しかし魔法陣は複雑で中に書かれている文字は古代語ときている。何の魔法陣か調べるだけでも時間がかかる。
図書館で調べ物をしているとマロンの横に人が立ったことに気が付いた。本から顔を上げると白い髭の老人がマロンの開いた魔法陣の本を見ていた。
「おっと、失礼したね。懐かしい本だったから。その本は何処で手に入れたかい?良かったら教えて欲しい」
「これはおばあ様から譲り受けました」
「おばあ様とはシャーリーンと言う名前かね?」
「はい、そうです」
「彼女は結婚して孫がいたのか?」
図書館の窓の外を見ながら考え深そうに呟いた。マロンはどう答えようか考えた。
「おばあ様は未婚で私を育ててくれました」
「辛いことを言わせた。すまん」
「おばあ様の知り合いですか?」
「ああ、シャーリーンと学生時代仲間と魔法陣の勉強をしたんだ」
「おばあ様は魔法に随分傾倒していたようです」
「そうであろう。貴族で魔力が少ないことをいろいろ言う時代だったからな」
「ユリア様をご存じですか?」
「ああ、シャーリーンと仲が良かった学友だろ。古代語仲間だな。さすがに彼女ほど仲良くはしてもらえなかった。それでもシャーリーンと意見を戦わせるのは楽しいものだった。彼女は元気かい?」
「いえ、もう亡くなりました」
「そうか、そうか、彼女は穏やかに死んだのか?」
「はい、自分の信念を曲げずに長く貴族家に勤め、晩年私を育ててくれました」
「そうか、女神のとこに行く楽しみができたな。その本はわたしが彼女にあげたものだ。一番後ろの右下に小さな恋文が書いてあったが彼女は読んでないんだろうな」
「恋文ですか?」
「ふふ、今の様な華やかなものでない。彼女は家のこともあって働きに出るつもりでいたからな。わたしは次男、スペアとして実家から出ることが出来なかった。君に読めるかは分からないが、私の青春の思い出だよ。今日はここに来てよかった。ありがとう」
そう言って老人は私のそばを離れた。「教授何処にいたのですか」付き添いの男性が小言を言っている。おばあ様は確かにここに居て青春時代を過ごしていたんだ。実家の事や魔力なしと言われ辛いばかりだと思ったがユリアさんに白髭の老人、友人がいたんだと思うと胸が暖かくなる。
白い髭の老人が去ったことを確認して魔法陣の本の最後のページを開いてみた。最後のページの端ではなく糸綴じの見にくい場所に飾り文字が書かれていた。現代語ではない。よく見ると古代語の飾り文字。魔法陣の中に書かれている文字に似ていた。
魔法陣をもう一度見たら飾り文字に似ていた。古代語を飾り文字に変形して書いてあるのかもしれない。飾り文字は基本文字に蔦を絡ませたり葉や花木の実を書き加える。文字の一部を太くしたりする。見慣れなければ何かの絵か模様だと見過ごしてしまう。
マロンがその隠された文字を読み解くと「君の幸せを願う」と書かれていた。確かに「恋文」かもしれない。ユリアとおばあ様の暗号文字ではないが生真面目な青年が一心に書いた言葉だった。おばあ様はこの文字を読んだだろうか?日が傾いた図書館から見る空は綺麗な黄昏の空に向かっていた。




