60 マリアマリアの処罰
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辺境から王都に戻る馬車は凄く乗り心地が悪かった。いかつい男と無口な女が同じ馬車に乗り込み何も話をしない。タリンと一緒ならお菓子や飲み物なんて準備してくれて、寒くないようにクッションやひざ掛けなんかも用意してくれた。
田舎者は気が利かない。だからタリンの家のメイドのように「のどが渇いた」「お菓子が欲しい」「寒いからひざ掛け」と言ったのに何も出さないし返事もしない。
「犯罪者に余計なものは出さない」
わたしは犯罪者じゃない。タリンが悪いのよ、もう少しで聖女になれたのに。罪ぐらい被ってよ。それなのに宿に泊まっても無口な女は片時も離れない。硬いパンに実の少ないスープ、それが三食一緒。本当にずいぶんの対応だ。王都に行ったら訴えてやる。
馬車の格子付きの窓から王都の街が見えた。やっと家に帰れる。黙って家を出て辺境に行ったから叱られるかもしれないけど、お父様はわたしに甘いから反省した顔を見せればすぐ収まる。あの五月蠅いおばさんなんて無視すればいい。
「あれ?家の方向と違います」
「家には帰れませんよ」
「どうして?」
「どうして?って犯罪者は王都の牢に収監されるのです」
「わたしは悪いことしてませんよ」
「それは王都の警備隊の人に言ってください。私達は貴女をそこに届けるのが仕事です」
マリアマリアは王都の警備隊に辺境伯の護衛騎士から移された。警備隊員はマリアマリアを質素な部屋に案内した。
「良かった。牢ではないのね。疑いが晴れたということかしら。ここでは気弱なふりをしてここの人を味方に突けないと。向こうでは少し取り乱してしまった。もう少し上手くやれば大事にならなかったはず。
王都には父がいるから早く家に返してくれるはず。先ずはここでの振舞いを上手にこなさないと。警備隊の人は騎士になれない人よね。落ちこぼれなら、いくらでも「救いの言葉」があるわ。ここなんかで働きたくないだろうからその辺をくすぐればいい感じになるはず」
しばらくすると背広姿の若い男性が二人が入室してきた。彼らは取り調べの尋問官だった。さすがに王都で働いている人だ。辺境のむさ苦しい人ではない。ましてタリンのような子供ではない。一人は体格ががっしりしていてかっこが良い。もう一人は見目麗しく細面の男性だった。「真理亜」好みで頬が赤くなり胸がドキドキしてきた。
「お待たせしたね」
「いいえ、辺境の対応に比べれば、、、」
「そんなに辛かったですか」
「言葉に尽くせません。最初から私の言うことなど信じてはくれない」
「しかし、辺境の森に火をつけたんですよね」
「そ、それは、、」
「はっきり話して下さい」
ちょっとかっこいいと思ったら見た目だけ。がんがんマリアマリアを責める。やっぱりこっちの男の方がいいわと、マリアが思ったところで救いの手を差し出す優しい尋問官。
「ちょっと待て、そんな言い方したら怖がるだろう。僕が事情を聴くから君は外に出てくれ」
マリアマリアを攻め立てた尋問官は部屋を出ていった。
「ごめんなさいね。彼は良い奴だが言葉がきついんだ。僕が事情を聞くよ」
やっぱり彼の方が好み。マリアマリアは尋問官にすり寄り言葉巧みにの手を握り、辺境の事を詳しく話した。時に涙を流し時に体を震わせる。
タリンにお願いされて辺境に行った。雪山を見に行っただけなのにタリンが魔物を引き寄せるために放火した。ちゃんとした捜査もしないで犯罪者にされた。マリアマリアはかよわい子爵令嬢に過ぎない。マリアマリアは言葉をかえながら何度も同じことを訴えた。
「あなたのような方が王都にいてくれて良かった。辺境の田舎貴族はドレス1枚も準備してくれなかったの。牢に入れられたのよ。恐怖で言葉もでなかったわ。あなたのような方はわたしの様な弱い者が罪を強要されてしまうのを助けてくれる人だわ。貴方と出会えてよかった」
マリアマリアは心を込め尋問官の手を握り涙で潤んだ上目遣いの瞳で見つめた。尋問官はマリアの手に包まれた己の手を引き抜く様子はない。「彼はわたしに落ちた」とマリアマリアは確信した。
「君は「聖女」なのですか?」
「それは秘密。今はこの言葉は口にしてはいけないわ」
「わたしにだけ教えてください」
「貴方だけなら、、わたしはいずれ「聖なる乙女、聖女」になるわ。でも今はまだ早いの。秘密にしてくださいね。決してあなたの恩は忘れません。いずれ王妃になった暁には恩に報いるわ」
尋問官は名残惜しそうにマリアマリアの部屋を出ていった。きっと上手くいったはず。私の言葉をちゃんと耳を傾けていた。その後質素な部屋で5日過ごし馬車で移動になった。侍女は身の回りの世話に来てくれたがお茶屋お菓子などは出てこなかった。父からの差し入れもない。きっと正妻が邪魔をしているんだ。
再び優しい尋問官が来てお茶を進めてくれた。甘くてとてもおいしかった。さすが王都だとマリアマリアは感心した。それからも前と同じように色々質問されたけど、上手く答えられたと思う。
そしたら辺境の取り調べやあのモブとの会話の映像を見せられた。その瞬間に頭に来たからはっきり自分の意見を言ってやったの。興奮しすぎで何言ったか覚えていないけど周りの人は静まり返っていた。
マリアマリアを乗せた馬車は街の喧騒から離れていく。家の屋敷には向かっていない。マリアマリアの両脇にはあの時の二人の尋問官がいる。マリアマリアの優しかった彼は今は何も言わない。マリアマリアは少し彼にしな垂れたが反応はなかった。それより突然驚くことを話し始めた。
「マリアマリアさんは療養施設のある犯罪者専用の修道院に入ってもらいます」
「ど、どういうこと?」
「あなたは空想の世界に生きているようです。未成年ですからそこが一番いいようです」
「回復したら戻れるのかしら?」
「回復したら平民に戻れますよ」
「えっ?私は子爵令嬢です」
「そうでしたが、昨日父親の子爵は爵位を王家に返上しました」
「嘘でしょ」
マリアマリアはその話に驚いた。父親は子爵位をそれは大事にしていた。唯一の自慢だった。子爵夫人の実家からの支援で成り立っている家だった。だから父はわたしを可愛くても思う存分にお金を使えなかった。子爵夫人とも離婚できなかった。
「どうして?」
「仕方ないでしょう。国が滅びかねない罪人の父親だから仕方ない」
「わ、わたしはそんな事していない。貴方は分かってくれたのではないのですか?」
「分かっていますよ。君が魔物の暴走を企てたことは」
「わ、わたしはタリンに騙されて」
「そんな嘘は良いよ。君の面談は辺境でも王都でも全て魔道具に記録されている。辺境の娘と面談したときは随分饒舌だった。君の本性が良く出ていた」
「そ、そんな。プライバシー侵害だわ」
「ぷら、、、侵害?何のことだ?「転生者」「聖女」「○○ボタン」と同じで我々には分からない」
「なんでもないわ。あの子が怪しいわ。あの子、、」
「何処もおかしくない。君を説き伏せようと一生懸命説明していただろう」
「わ、わたしは平民として処罰を受けるの?」
「そうなる。でも大丈夫だ。君みたいな人がいるから話が合うだろう。飯も出るし部屋もある。まあ掃除や洗濯は自分ですることになる。以前は平民だったから大丈夫だろう」
マリアマリアは頭の中が真っ白になった。父が貴族でないなら子爵夫人も平民ならいい気味だと思ったら、とっくに離婚して実家に戻っていた。ガタンと馬車が停まる。
馬車の窓から見た修道院は森に飲み込まれたような建物だった。棘のある植物に覆われている。かろうじて出入りできる小さな扉さえ棘の植物が巻き付いている。ノックをすると静かに扉が開き付き添いの男が手紙を老年のシスター渡す。
馬車から降りたマリアマリアをじろりと見た老年のシスターは年に似合わずマリアマリアの腕をつかむと扉の中に引き入れた。マリアマリアの抵抗する間もなかった。「バタン」と木の扉は容赦なく閉じた瞬間に棘のある蔦が扉のあった場所を覆い隠した。
「よく来たね。久しぶりに楽しい話を聞ける」
「この子は日本から?」
「江戸から?」
「街に落ちたの?私は村だった。何歳だったの?最初から記憶があった?」
わらわらと老人が集まってきた。皴皴とシミある枯れ枝の様な手がマリアマリアを掴もうとする。
「さ、触らないで。わたしは貴族よ」じゃないのか
「おお、貴族に転生したのか?」
「なんだ転移者じゃないのか」
「貴族なんて幸運の子だな。でもここに来たということは適応障害か?」
「適応障害?」
「現実と転生者の記憶を統合できずに失敗した奴さ」
「ここに居る奴らはほぼみんな適応障害だ。しかし30年ぶりの入所者だな」
「おお、そんなになるか」
「元気な娘っ子でよかった。最近年に勝てず仕事が滞る」
「頑張ってもらえばいい」
「な、なにを言っているの」
「あれ、知らんのか?」
「ここは入ったら出れないんじゃ。あの棘棘が大きな鳥かごを作っているんだ。それに俺たちは外の社会では生きれない。家族にも友人にも迷惑をかけた奴ばかり、その上みんな先に死んでいく。俺たちは残されて何の目的もなく長生きしてるんだ。なぜだろうな?君もそうだろうよ」
「わ、わたしは聖女に,,」
「そ、それよね。勇者と結婚した聖女は国を興すものよね」
「随分前にも聞いた話だ」
「30年ぶりにいろいろな話が聞ける。畑の仕事も楽になる」
「はたけ?」
「おおそうじゃ、ここは陸の孤島だ。食べるのも洗濯も掃除も皆が自分でやるんだ。たまにネズミや鳥が迷い込むと肉が食べれる。楽しみにしておけ」
「ね、ねずみ、、不潔だわ」
「そのうち慣れる」
「慣れないと辛い思いをするぞ」
「なかなか死ねないんだ。腹が空くのに死ねないのは辛いぞ」
「私たちは死ぬまでここで自由に生きていくの。勉強や修行、言葉の壁や差別に悩むことがないの」
マリアマリアを引き入れたシスターはフードを外した。黒目黒髪に黄色味を帯びた肌を持つ老女だった。
「あなたは、転生者でしょ。ここの言葉の読み書きができるなら上手くやれたでしょうに。落ち人の多くは言葉も文字も知らないことが多いいのよ。大人になってから言葉や文字を覚えるのは大変なの。環境が違い過ぎるのね。お話のようには上手くはいかないわ」
「ここは「マリアマリアは聖女」の世界でしょ」
「ああ、だめだわ。重症ね。この若さで来るわけだ」
「ここは「落ち人」、転生前の記憶しかない者がほとんどなの。途中記憶を思い出す転生者は少ないわ。落ち人の記憶の中から利用できるものは「魔塔」が拾い上げるの。専門知識などもたない子供や大人が多いから大した貢献は出来ない。役立たずは世間に迷惑かけずここで暮らすのよ。
貴族なら魔法が使えなくても魔力があるから魔石に魔力を込めると「魔塔」が買い取って、日常のものを届けてくれるの。ここで過ごすのも悪くないわよ」
「魔法が使えない、、?」
「そうだよ、この世界の理を受け付けない者には、女神は魔法を授けない。それは貴族でもね」
「わたしは「聖魔法」を」
「あなたは貴族の血が流れていて魔力があるけど属性魔法は使えないの。名前だけ。ここに居る者は魔力がない平民か魔力があっても魔法は使えないんだ」
「聖女には元から成れないということ?」
「そうだよ。第一この世界は君の知ってる物語の世界ではないんだよ。聖女など存在しない」
「わたしは無駄なことをしたの?」
「そうだね。途中でやめておけばそれなりの生活ができただろうに。止めてくれる人はいなかったの?」
「あの子、、」
「いたんだ。その子も記憶持ちかもしれないね。適応出来た子だね」
「わたし、帰る。あの子だけ狡い」
「無理だよ。ここから出られた人はいない。あの扉が再び開くのはいつになるか分からないんだ。「落ち人」は町や村で見つかると教会で修行に入る。それに適応できなければここに来る。転生者(記憶持ち)は少しずつ適応してこの世の理に従って生きていくんだが、君のように犯罪を起こす記憶持ちは珍しいんだよ」
「ヒロインだよ。聖女に王妃だよ。それを諦めるなんて選択肢はないわ。どこを修正すれば上手くいった?もう一度やり直せば上手くやれる」
「考えてももう戻れない。ここで暮らすしかないんだよ。極刑よりいいだろう」
「絶対ここを出てやり直してやる。モブの癖にあの子ばかり幸せになるなんて許せない」
シスターはフードをかぶり直し若いマリアマリアを残して修道院の中に戻っていった。棘の蔓に囲まれた修道院はマリアマリアの思いなど関係なく、時を止めたように静寂に包まれていく。
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