58 白いオオカミ 2
マロンはハリスとセバスを連れてジルの所に向かった。セバスは聖獣フェンリルの話を聞いて、会えるのを心待ちにしていた。ジルの終の棲家に何が必要か分からないので、希望があるか聞くことにした。大きくなっていたジルの姿にセバスは驚きと感銘を受けたようだ。
「ジルは何か希望はある?」
「いいや、快適だよ。この魔蜘蛛がゆっくり淀みを浄化してくれているから気持ちがいい。長らくこんなに体が軽いことはない。脚の傷はいえたが年のせいかあちこちが痛む。人間でいう「ろうか」かもしれない」
ジルは普通に話をしていた。
「ジルは普通に人とも話ができるんですね」
「ああ、昨夜ホワイトと色々のことを話したんだ。思い出したんだ。主と会話してたことを」
「良かったです。ここに来る方々と話ができれば困ったとき相談できるから」
マロンは自分がいなくても会話ができるのは大いに助かる。ジルの為にも良いことだ。あと。体の疲れや痛みについては、水薬や治癒魔法では回復が困難のようだ。まあ、老化には逆らえない。怪我をした騎士や兵士が神の湯につかると楽になると聞いたことがあった。
「ハリスさん、ここにジル用の神の湯のお風呂を作っても良いですか。体が癒せるのではないかと思うのですが」
「お風呂、、確かリリーが言っていた。すごく気持ちがいいと言ったような気がする。水脈なら多少動かせる」動き出すジルをユキが止める。
「待て、水脈を勝手にいじると辺境が困る。神の湯の道筋に小さな池を作ればいい。この洞窟の横にも小さな湯脈がある。これなら直接辺境領には流れていかないはずだ。ジルは洞窟内を綺麗に補強できているから風呂も同じように作れるだろう。風呂と言うよりお湯のたまり場だな」
「おお任せておけ」
「待って、今のジルが入れるほどの大きさには作らないで、森が崩れる」
「そ、そうじゃ、湯脈は細い。それにそんな大きな湯だまりができたら不審だろう。それに風呂が崩壊したら災害級だぞ。それとも洞窟内に作るか?」
「いや、外の景色を見ながらがいい。別に小さくなっても構わない。魔力がみなぎってきたから、洞窟内は快適に過ごせるように作り替えれる。楽しくなってきた。終の棲家としては最高だな」
小さくなったジルは 洞窟の入り口近くに大人が3人ほど入れる湯だまりを作った。湯だまりの湯は一定量になると自然と地下の湯脈に戻っていく。いつも新鮮な神の湯が流れていることになる。
「ここは隠遁の魔法をかけて置く、ここに来たものと領主の血脈は迷わずこれるようにして置く。迷惑をかけてはいけないからな」
「ジルは随分人間との付き合い方が分かっているな」
「人と暮らすのは、気をつけないといけないことが多い。なんせ人は弱いし短命だからな。ケサランパサランは自由気ままだからな」
「俺だって今はマロンと一緒に人間の学園に行っているぞ。それに俺には「ユキ」と言う良い名前がある」
「そうか、そなたにも名をつけてくれる主が出来たか。良かったのう」
「ユキは魔力不足でふらふらになって私の前に現れたの。私にくっついて充魔力したいだけだよね」
「そ、そんなことはないぞ。あの子供のことだって、、」
「そうだったわ。ユキのおかげで助かったものね」
「ユキは良い主でよかったな。ところで後ろにいる者は?」
マロンは領主の子供ハリスと養父のセバスを紹介した。セバスはジルがいることで森にどんな影響が出るかが心配のようだった。魔物がいなくなると冒険者の仕事がなくなったり、魔石がなくなると魔道具の生産にも影響が出るからだ。
ジルはセバスといろいろ話している横で、マロンとハリスとエリザベスは、ユキに連れられ洞窟の中に入っていった。昨日は洞窟内が崩れることがないように土を魔法で固めただけだった。しかし昨日の今朝の間に、土魔法で、寝台、テーブル、椅子が設置されていた。壁には棚がありコップやお菓子の皿まで用意してあった。
これなら人が住んでも問題ない。土魔法以外の木でできたものはどうしたのかと不思議に思った。セバスとの話が終わったのかジルがユキとセバスと洞窟に入ってきた。
「すごいですね。これなら私が暮らしたい。夜は星をみて、昼は森のささやきと青い空を眺めながら風呂に入り、涼みながら酒を飲む。男のロマンだ」
「そちは良くわかっている。この森は魔力に満ちているから、腹も空かないしな」
「そこは納得できませんな。人は食事が必要ですから、酒にはつまみも必要ですから。でも魔石コンロなどを用意すればあとは水か?」
「水など簡単に出せるぞ。どの辺が良い?使い終わった水はそのまま水脈に戻せばよいか?」
「まあ、ここではそれほど汚水が出ないからそれでも良いですね」
「セバスといったな。俺は酒を飲んだことがない。一度飲んでみたい」
「何が良いですか?エールにワイン、葡萄酒、果実酒などいろいろありますが」
「我にはわからんから、来れるときに一種類ずつ頼む。ついでにつまみというやつも食べてみたい」
「義父さん、そんな約束して大丈夫なの?」
「俺もダウニールも隠居の口だ。楽しみができたようなものだ。ユキ殿ジル様はお酒を飲んだら暴れますかね?」
ユキとジルとセバスはお酒の話で盛り上がっている。終の棲家であっても楽しく暮らせるに越したことはない。新しい森守りを温かく迎えることになっているようだ。お酒は飲めなくてもハリスは混じりたいような顔をしている。王都に帰る前には外泊しているだろう。
マロンは作り置きしたお菓子を籠に移し、また来ることを伝えて屋敷に戻った。
「ジルは随分人の生活に馴染んでいるな。俺は風呂に等入りたくない」とぶつぶつユキは呟いていた。
「一度ジルと神の湯に入ったら病みつきになるよ」と伝えたら「そんなことはない」と断言していたが、お酒には興味があるようだ。
マリアマリアが王都に向かった頃、元森守りのジルは元気になった。ホワイトのおかげか神の湯のおかげか分からないが、最近は雪山を駆け回っているらしい。雪山が白いので、ジルの白い毛色では見張りは気が付かない。
悪さをしているわけでないので、オズワルドも気にはしていない。今は雪山だから良いが雪が解けた時は気を付けないといけないらしい。冒険者が増えるからだ。セバスとダウニールに声を掛け対応を伺う予定だ。まだ春は遠い。活力を取り戻す方が優先される。
セバスとダウニールはお酒とお摘みを持参してたびたびジルを訪問している。ジルと共に神の湯につかりお酒を楽しんでいる。「雪見酒」「月見酒」と言っては楽しんでいる。しかし、ジルはお酒を飲んでも何も変わらない。
「酒を飲むと何が良いのだ?」
「酒を飲むと気分がいい」
「心がわくわくする」
「体の疲れが取れる」
「心の疲れが軽くなる」
ジルはセバスたちの酒の効果はホワイトと神の湯で十分だと言い返した。
「良い酒を飲ませても勿体ないな」とセバスに言われてた。
それでも、ジルの話を聞きながら飲む酒は最高のようだ。ダウニールとセバスは重責を担っているから自国から出たことがない。
ジルから聞く遥か昔の他国の話や迷いの大森林に住む魔物やジルの友人の話は夢物語のようで心を躍らせる。ジルも話すことで思い出すことも増えたようだ。
「また、人と話せるようになろうとは思わなかった。あのまま、魔物に傷つけられたまま死んで行くのかと思っていた。魔物にならずに大森林に帰れるのは本当に嬉しい」
ホワイトにそう話したとユキが伝えてくれた。ユキは時々ジルの所に行っている。風呂などはいらないと言っていたのに、ジルに転がされて、神の湯の中にポチャリと落ちてしまった。ユキは沈むことなく湯の上をぷかぷか浮いた。思いのほか気持ちが良い事を知ったようだ。
暖かな神の湯の中でホワイトと追っかけっこをしているらしい。ホワイトは8本の足で上手く泳げるので、すぐにユキが捕まる。それが悔しくて、泳ぎの訓練始めた。
セバスもダウニールも泳いだことがない。誰もユキに泳ぎ方を教えることが出来ない。風に飛ばされることは簡単だが綿毛が濡れていては風の力は使えない。ジルは小さくなって「犬かき」と言う泳ぎ方の見本を見せたがユキの役には立たなかったようだ。
マロンはユキの「風呂嫌い」と言う誇りを潰さないように気を付けている。しかし上手く泳げないのを悔しがっているのはジルから聞いていた。空洞のある花の茎を丸くして、浮き輪を作ってユキの側に置けば翌日にはなくなっていた。夜には勝ち誇ったご機嫌なユキが戻ってきた。上手く浮き輪を使いホワイトに捕まらずに済んだようだ。
「マロン、ジルは随分元気になった。昔のことも思い出すことが出来たと喜んでいた。良い主に沢山のお菓子や薬を持たされていた。忘れるということはもったいない事だな。昔変幻して人型になった時の服は魔蜘蛛の糸で作られていた。大事にされていたようだ。ジルの主の子孫は少しずつ妖精や精霊と話ができなくなっていったんだって。
すぐ側にいても見向きもされなくなって、多くの精霊や妖精が少しずつ主の家を出て旅に出た。人は精霊や妖精を忘れていった。淋しかったし、辛かっただろうな。一番主と付き合いの長い妖精猫のグレイだった。グレイは主のいなくなった屋敷にしばらく残ったが、旅に出た。時々は戻ってきてはいた。最後に「妖精の村に戻る」といって二度と戻らなかった。
ジルは最後まで、精霊の一人と屋敷に残った。その頃には屋敷に住む人も精霊や妖精、人外がいなくなった。精霊はあまりに長生きしたので、そのまま家が朽ちるとともに精霊神の所に帰った。ジルは精霊でないから付いてはいけなかった。知り合いも皆いなくなり、迷いの森に旅に出たんだと言っていた」
「この国は妖精も精霊もお伽噺かな?ユキだって不思議だよね。人と話せるんだもの。魔物か?精霊か?妖精か?分からないよね。でもユキはユキでよいよね。でもジルに出会えたことは凄いことだよね」
「ユキはふらふらしていたから、辛い別れなんて経験したことない。ジルは楽しそうに昔の話をするんだ。人型になって、馬車で街までお使いに行った。街で買い物もした。主を乗せて森を駆け抜けた。珍しいお菓子や料理を食べた。本当にうれしそうに話すんだ。
ここの当主がジルを受け入れてくれてよかったと思う。ジルの淀みが深くなれば、数百年後には魔物になっていたかもしれない。その前に命が消えるかもしれないが、魔力が絶大なものが魔物になればこの国が亡びるのは簡単だ」
「ジルの最初の姿でも驚いたのだから魔物化したら大変では済まない。森の最強魔物を軽く倒したんでしょ。ユキの知り合いでよかった。そうでなければジルを助けられなかった」
「まあ、そうだな。ジルはもう大丈夫だ。穏やかに暮らせればそれで満足だろうよ。俺はまだ修行が足りないと言われた。何の修行か分からないが、マロンと共に居ればわかると言っていた。だからこれからもよろしくな」
そう言いながら、ユキはホワイトから手渡された金色の魔蜘蛛糸を渡してきた。キラキラと輝く金色の糸はすごく綺麗だった。ホワイトはジルの有り余る魔力を貰いジルを浄化しながら糸を出していたようだ。今度は銀色の糸を出すと頑張っているらしい。色替えなどできるのかとユキに聞けば、「分からないが、好きやればいい」という。
ホワイトはユキと言う母親からジルと言う友を得たようだ。守られるばかりでなくジルを守ることが出来て自信が付いたのかもしれない。
お読み頂きありがとうございます。
読者様の応援が作者の何よりのモチベーションとなりますので、よろしくお願いいたします!
誤字脱字報告感謝です (^o^)




