57 白いオオカミ 1
オズワルド達が魔物を討伐し、自失茫然のマリアマリアとタリンを捕縛した。
「魔兎程度でよかった。一部はここに残り一晩見張りをする。雪小屋設置。残りは二人の子供を、、意識がないな。そりに乗せて移動しよう」
「あの、女の子の方が、、」
「どうした?怪我でもしたか?」
マリアマリアは恐怖で失禁していた。マロンは鞄から毛布を出してマリアマリアの上に掛けた。騎士は毛布で彼女をくるみタリンと共にそりに乗せた。二人は馬鹿なことをしでかして多くの人に迷惑をかけた。魔兎に踏みつぶされて、死んでいてもおかしくない。都会暮らしの二人はあまりに愚かだった。
『マロン、もう少し奥に入ってきてくれ』
「何かいる?」
『危険はない』
マロンが騎士たちと反対に森に入っていくのに気が付いたハリスがマロンを追いかけた。しかし、それをダウニールが留める。マロンは気が付いていなかった。ユキの声を追いかけるのに夢中だった。
誰も踏み入れていない雪の上をマロンはゆっくりユキの声をたどりながら歩いていった。そこには真っ白な大きなオオカミが横たわっていた。オオカミも白いうえに周りは雪、ユキが何処にいるか分からない。
「ユキ、何処にいる?白いオオカミは危なくない?」
『大丈夫だ。フェンリルの側に来てくれ。足を怪我している』
マロンが白いオオカミに近づこうとするとそれを止めるハリスがマロンのすぐ脇に来ていた。いつもと違う怖い顔でハリスはマロンを見た。
「魔物に不用意に近ずくな。怪我していると猶更凶暴になる」
「ユキが側にいるから大丈夫だと思います。それに魔物ではなく、フェンリルと言うらしいわ。ハリスさんも一緒に行きますか?」
マロンはゆっくりフェンリルに近づいた。よく見るとフェンリルの前足から血が滲んでいた。白い雪に鮮血が浸み込んでいる。出血量が気にかかる。
『ケサランパサランの主か?驚かせて済まない』
『こやつは昔の馴染みだ。森の奥で魔物が騒いだから数匹刈ってくれたんだが、怪我をしたんだ。以前ならなんてことはなかったはずだが
『うるさい。出会った頃は、風に流され迷子になったのを助けてやっただろう』
『あの頃は生まれたばかりで力がなかったんだ。おまえはどこかに主がいたんだろう。なんでこんなとこにいるんだ』
『主は、、もうとうに死んだ。人の命は短い、淋しいものだ。それでも何代か屋敷の主に使えたがそのうち言葉が伝わらなくなり、屋敷に人がいなくなった。屋敷に残るものもいれば旅に出たものもいる。あの主のような人間には出会えなかった』
『そうか、終の棲家でも探しに来たか?」
『それも良いな。ここは静かで住みやすそうだ』
「マロン、マロンはあのオオカミの話が分かるのか?」ハリスはマリンに声をかけた。
「ええ、フェンリルだと言っています」
「マロン、フェンリルは味方か?」
「はい、ダウニール様、味方のようです。先ほどの火災で森奥の魔物が動き出したのを止めてくれたようです」
「フェンリルとは聖獣、森の守り獣、昔聞いたことがある。迷いの大森林の向こうには女神の守りし国がある。そこには妖精や精霊、聖獣などが住み国を守っていると。本当にいるんだな」
マロンはフェンリルの前足の傷を魔力水で洗い手持ちの傷薬を塗って包帯を巻いた。「ヒール」は後でそっとかけることにした。
『おい、お前、ポーション持っているんじゃないか?』
『ポーション?ああ、持っているかも。主は心配症で怪我をしたら使えと持たせてくれていた。忘れてた。何処にあるかのう』
『しっかりしろ』
フェンリルは器用にガラス瓶に入った水液を少し傷にかけ、残りを飲み込んだ。前足からの血の滲みは止まり、包帯を外すと傷は塞がっていた。それを皆で驚いて眺めた。マロンは治癒魔法しか見たことがない。民間療法で薬草は使われるが、こんなに効果の高い水薬など見たことがなかった。
エディン国は魔法が発達している国なのでけがや病は治療士の魔法で治癒できるため、薬草から薬を作ることが少ない。平民の薬師が民間療法の一つとして広がって入る。治癒魔法の発達が薬草で作る薬の発達を遅らせたのかもしれない。手軽で即効性があるので仕方がない。
『マロン、こいつをこの森で休ませてもらえないか領主に聞いてくれ』
マロンはダウニールに森に棲んでよいかと問えばダウニールがすぐに了承した。もう少し奥に出入口を埋めた洞窟があるからそこを使えばよいと提案してくれた。昔ダウニールが子供の頃、魔物の巣になっていたのを埋めた洞窟だった。
土魔法の使える者が入り口の土砂を除くと随分広い洞窟が現れた。フェンリルは洞窟に入ると魔法で洞窟の内部を一瞬で固めてしまった。崩れ落ちることはないようだ。マロンは鞄から野宿で使った大きな毛布を取り出したがフェンリルには小さかった。
しかし『気持ちが良さそうだ』と言うと毛布に見合う大きさに縮んだ。
『大丈夫だ。聖獣を好んで襲う魔物はいない。この洞窟だけで十分じゃ』とマロンに告げた。
疲れているのかフェンリルはすやすやと寝息を立てて眠りについた。
マロンはユキを手に乗せ帰ろうとすると、ポケットの中にいたホワイトがフェンリルの上に飛び乗った。
『長く生きると聖獣でも淀みが生まれる。ホワイトが側にいれば淀みが薄れると言っている。あ奴は残るそうだ』
マロンは明日もう一度来るからと、ユキの匂いのするハンカチとマロンのお菓子を籠ごと置いていくことにした。小さな魔石ランプを灯して洞窟を後にした。領主一族だけが知る秘密となった。
マロンは領主たちにユキの事を伝えることにした。ユキは「仕方ないが、俺の主はマロンだからな」と言った。屋敷に戻るとエリザベスが駆け寄ってきた。その後ろにマーガレットと屋敷に残って後続の指揮を任されたセバスが立っていた。心配をかけたようだ。二人に深く頭を下げた。
先に帰ったマリアマリアとタリンは風呂で体を温め服を着替え、屋敷の牢に入れられた。タリンは素直に牢に入ったがマリアマリアは随分抵抗したようだが、マーガレットが「尿漏らし」と言ったら口を閉じた。さすがに彼女の弱いとこを突いてくる。しばらくは牢暮らしになる。反省してくれると良いが無理そうだ。
「マロン今日はお疲れ様、だけど詳しい話をしてくれるか」
オズワルドの声は優しかった。マロンは執務室のソファで皆に囲まれていた。
「マロンはわたしの主だ。わたしは「ケサランパサラン」。本来は主としか話はしない。今朝森でおかしな気配がしたから俺が確認に行ったら馬鹿な子供が森に火をつけていた。前からマロンが心配していた子供だと分かっていたからマロンに伝えた。俺にとっては森を侵す子供など魔物に食われればいいと思っている。
森の奥で魔物の動く気配がしたから俺は森の奥に入って行ったら、古い友人が魔物を討伐していた。あいつも年を取った。手負いになったからマロンに助けてもらおうと思ったんだ。あいつは聖獣フェンリル、森守りの一柱だがもう代替わりをしているだろう。終の棲家にここを選んだ。受け入れて欲しい」
ふわふわした可愛い毛玉からは図太い声がした。マロンの知るユキの声ではなかった。静まり返った執務室の人達は何も話さない。
「申し訳ありません。ユキは、ケサランパサラン。ユキは名前です。ユキは人の世界に住んでいなかったので言葉が乱暴ですけどとても優しい子です。わたしをいつも見守ってくれています。
フェンリルの所に残った子はホワイト、魔蜘蛛の変異種で色が白いのではじき出された子です。ユキを母のように慕っています。ユキの友人のフェンリルの淀みを浄化するために残りました。
人に害はありません。秘密にしていて申し訳ありません」マロンは深く頭を下げた。
「マロンは悪くない。わたしたちが邪魔なら森に帰る。マロンに危害を加えるなら許さない」
「ユキ、穏やかに話し合おうよ。みんな良い人よ。驚いているだけ」
「ケサランパサラン殿、マロンに危害など決して与えない。フェンリルも住んでもらって良いです。私たちが何か手伝うことはありませんか」
「明日、あいつのとこに行く。何かいるか聞いて見る。あそこでゆっくり過ごして森を散歩するくらいだ」
「冒険者に説明した方が良いでしょうか」
「いや、聖獣がいると分かればそれを求めるものがいる。あ奴も長生きの聖獣だから隠遁や変幻ができると思う。前は人に変化していたこともあったと聞いた。死ぬ時が来たら洞窟ごと消えてなくなるだろう。まだ100年以上先だと思う」
とりあえず辺境伯家の秘密として、代々伝えることになった。取り合えずハリスが今目にしてるので、後はハリスに任せることになった。フェンリルのことはハリスとマロンで学園に帰る前までに色々決めておけと頼まれた。ユキの言葉もフェンリルの言葉も誰でも聞き取れるわけではないことが分かったせいもある。
領主たちは子供とその親の処罰が待っている。寝耳に水のタリンの家では領主からの呼び出しに驚いていた。オズワルドとダウニールはマリアマリアの話について行けるだろうか心もとないがマロンは顔を出すつもりはない。マロンのせいで「聖女」になれなかったと騒ぐのが目に見えていたからだ。
遅い昼食を取り部屋に戻るとエリザベスが待っていた。お風呂に入って体を温め早く休みなと声を掛けて、温かなミルクを届けてくれた。色々あったせいかマロンはそのまま深い眠りについた。枕もとではユキが新しいハンカチの上でゴロゴロしながらマロンの寝顔を見守った。
翌日、マロンとハリス、エリザベス、セバスと共に北門から踏み固められた雪道を森に向かった。森の入口、放火の跡が生々しい黒焦げの大地側の雪小屋から見張りの兵士が顔を出した。セバスは準備した食料を手渡し交代の指示を出した。
そのままセバスたちはマロンについて森に入っていった。セバスはマロンの心配もあるが、聖獣を見ない手はないと張り切って警護を申し出た。そんなセバスの期待を裏切ることなくフェンリルは大きくなってマロンたちを待ち受けていた。
「よく来た。そちのお菓子も美味しい。久しぶりの人の手作りだ。懐かしかった。礼を言う」
「フェンリル様はお菓子が好きなのですか?」
「まあそうだが、そなたのお菓子が好きだ。そなたの魔力は昔の主と似ていて優しく温かい。ずいぶん昔のことで忘れていた。俺にもお菓子を持たせてくれたことがあったが、ポーションと違って、すぐに食べてしまったから失くなって久しい」
「お前は食いしん坊だな」
「俺の名は、、ジルだった。ジルと呼んでくれ」
フェンリルのジルは遠くを見るように空を見ながら遠い昔の記憶を思い返していた。
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誤字脱字報告感謝です (^o^)
ジルは前作の「神の落とし子」に登場しています。




