56 マリアマリアとマロン 2
「あなたのせいでタリンさんは、廃摘になるわ。貴族として生きて来たのに平民として生きていくの。大変なことよ。聖なる乙女は誰かを犠牲にしなければならないならそれは聖なる乙女ではないわ。しいて言えば悪魔だわ」
「わたしは悪魔ではない。悪魔は悪よ。私は女神に近い存在なの」
「生贄が必要なのは悪魔か呪いと相場が決まっているわ」
「わ、わたしは選ばれし女性なの。貴女には分からない。誰もが私に救われているわ」
「そうね、心地よい言葉はいいものだわ。言葉を紡ぐだけの貴女に責任がないもの。貴女はそういう言葉を使うことで平民の頃から「救われた」と言われてきたし「救ってきた」と思っているのでしょ。でも、親身になってくれたのはタリンさんだけだった。そのタリンさんを生贄にしようとしたのよ」
「必要悪よ」
「その時点であなたの言う「聖女」にはなれない。どうして現実の世界が自分の物語と違うことに気が付かないの。Sクラスに入れる成績もなく、魔力も並、美しさだって、ロゼリーナさんの方がよほど綺麗だわ。貴女程度は貴族の中には幾らでもいるわ。
高いドレスに宝石を身に着けただけでは本当の高貴な淑女にはなれない。学園内では貴族らしくないあなたの行動が新鮮だっただけ。貴女を相手したのは低位貴族の次男三男、家でも重用されない彼らだけでしょ。貴族として責務を持つ者は貴方を相手にしないわ。実家に婚約の申し込みは来ていないはずよ。
貴族の女性は、知識と話術で社交界を生きて夫や家を支えるの。私もあなたも、社交界に足を入れることが出来ない。それは貴族としての社交術、淑女としての礼儀作法ができていないの」
「そんなものなくても」
「そんなものが大切なの。それができなければ「貴族」の最初の一歩にさえ立てないの。文字を知らなければ本が読めない。本が読めなければ新しい知識を得ることはできないのと同じなの。貴女は学園に入る前に家庭教師がついたはずよ。いろいろ言われたはず。聞いていなかったの?」
「聞いたわ。目上の者には先に声を掛けてはいけない。みだりに男性に触れない。婚約者のいる男性に親しく声を掛けない。五月蠅いのよ。私のことを好きになる人を止めようがないでしょ」
「あなたは、何も分かっていないわ。それがかろうじて通じたのは低学年の内ね。いつまで自分の世界で生きていくつもりなの?今回だって、魔物の暴走になったら国ごと亡くなることもあるのよ」
「そのための聖女よ」
「でも、あなたは聖女ではない。自作自演の聖女って悪役よね」
「そんなことない。王都に戻れば、誰もが私を必要としてるし、魔法はいずれ発現するわ」
「あなたは犯罪者なの。貴方を待っている人はいないわ。引き取ってくれた子爵家はきっと廃爵になるわ。そうしたらあなたは平民に戻るの。平民の犯罪者は厳しい判決が出ることになる」
「ど、どうしてよ」
「それをよく考えてみて」
マロンは牢の鉄格子の隙間からマロンにつかみかかろうとするマリアマリアの手を包み「ヒール」を掛けた。マリアの傷ついた手や腕の傷がきれいに消えた。目を見張り声が出ないマリアマリアに今度は「クリーン」をさらに掛けた。 薄汚れたマリアマリアの体と服から汚れが消えた。
「あなたは聖女じゃない!そ、そんなはずない。私が私が聖女よ」
「違うわよ。これは平民のスキル「生活魔法」」
「外れスキル!」
「そうね。よく言われるわ。でもね、祝福で貰えるものに「外れ」なんてあるのかしら。暗いこの部屋に「ライト」を灯すこともできるの。私はあなたより魔力量は少なくてもこんなことができるの。不思議だと思わない。手の届かない夢ばかり追い求めると、目の前のものが見えなくなるの」
「タリンさんはあなたに純真に恋をしたんだと思う。あなたはそれを利用した「悪役令嬢」なのかもしれないわね。「夢は夢だからいいのよ」とおばあ様が言っていたわ。「夢を目指すなら足元をよく見なさい」とも言っていたわ。
あなたは、「聖女」「聖魔法」「王妃」そんな夢ばかり追っているから、小さな傷さえ癒せない。人を人とも思わず、生贄にしてもよいと思うあなたは、永遠にあなたの夢の「聖女」にはなれない。私は「外れスキル」と言われても「生活魔法」を頂いて女神に感謝しているわ。
王都までの冬の馬車はつらいと思うけど、体に気を付けてください。自分の罪が何かよく考えてください」
「どうしてあなたが癒せるのよ!どうして!どうし!!」
「これ以上の事を平民街の治療院の方は普通にしている」
「おかしいわよ。そんなわけない。間違っている。おかしいなら、最初からやり直せば貴女なんて出てこない。やり直しができるはず、リセットボタンがあるはず。何処に隠しているの。教えなさいよ。教えろーー」
気が触れたように叫ぶマリアマリアを置いて、マロンは牢のある地下から部屋に戻った。ハリスはずっと黙って付き添ってくれた。マロンがマリアマリアの手を持った時は驚いたが、止めはしないでいてくれた。
「マロン、大丈夫か?彼女は普通ではない。君が気に病むことではない。それでも、魔物をけしかけるなど絶対してはいけない。「魔物の暴走」になれば辺境だけの問題ではない。責任は取るべきだ。ゆっくり休め」
部屋の前までハリスは付き添ってくれた。しばらくすると侍女がお茶を届けに来てくれた。きっと、ハリスが気を回してくれたのだと感じた。マリアマリアにもタリンのように彼女のことを思ってくれた人たちがいたのに、彼女は人の好意に気が付いていなかった。好意が当たり前になっていた。
おばあさまの「前世の記憶」のことは言うことはできない。だからこそ言葉を選んで彼女に現世を見ることを伝えたかった。マリアマリアは現実とよく似た世界知っているのかもしれないが、実際は別の世界の話。思い込むことで、自分が「聖女」という架空の王女になれると思っている。しかし、彼女の思う「聖女」と彼女の行動はあまりに違い過ぎている。
渡り人の記憶を持つおばあ様はどうやって、折り合いをつけて生きてきたんだろう。おばあ様が生きていたら彼女を助けることができただろうか。彼女があんな犯罪を起こさないで済んだだろうか。マロンには分からない。
*********
オズワルドの執務室ではマロンとマリアマリアの対面の魔道具の記録を検証していた。
「彼女はマロンの名も知らないのに自分を助ける存在だと思っていました『お助けキャラ』だそうです。マロンはその他大勢の名もない存在だとも言っていました」
「マロンのことを何も知らないんだな」
「ぼくは辺境伯の次代とだけ認識しています。エリザベスは顔も知らないのに心の捻くれた令嬢だそうです」
「随分間違った情報だな。裏で誰か糸を引いている様子はないな」
「彼女は『王子と結婚して幸せに暮らしました』が目的のようです」
「貴族は結婚してからが大変なんだ」
「父上が言うと実感がこもっています」
「おい、今ここでそれを言うか?」
「申し訳ありません」
「お前も苦労しろ」
「それが父親の言うことですか?」
「お二人の仲の良い親子喧嘩はのちほどで」
「すまなかった」「申し訳ありません」
「しかし、同性ということもあるがマロンは上手く話を持って行ったな」
「マロンは頭が良いうえに機転も利きますし冷静です。マリアマリアが興奮しても彼女はそれに流されません」
「どうしても男だと意味が分からないからそこで投げ出してしまう」
「分かります。話しても平行線ではなくどんどん斜め上にいく感じですね」
「マロンは彼女の話に合わせながらも現実との違いを伝えています。「聖女とは」「聖魔法」「ヒロインとは」「物語との違い」などを問うと、マリアマリアは言葉に詰まってしまう」
「まるで4,5歳の子供のお伽話を引きずっているように見えます」
「ほほ、上手いこというな。だから『王子と結婚して幸せに暮らしました』で終わるのか?」
「それはそれで問題ですよ。子供のまま純真ならよいが欲に塗れているからな」
記録を整理して紙の報告と録画したものも持参することにした。紙の報告だけではマリアマリアの異常性が伝わらない。彼女が王都の取り調べで豹変して物静かな令嬢になるかもしれない。多くの人を手玉に取った「悪役令嬢」だからとハリスは言った。なかなかしっかりしてきたとオズワルドは感心したのは秘密にしている。
エリザベスが母親のことで心を病んで捻くれたといわれたときは殴ってやろうかと思った。健気に自分を律している我が子になんという悪口だと。
妻はあれから何度となく復縁の手紙をよこすがお金の為であろうことはわかっている。妻の実家も含め一度贅沢になれれば倹しくは暮らせない。彼女は変わってしまった。辺境伯という看板に王都で胡坐をかいていた。
夫や息子、臣下の苦労などは何もわかっていない。ま、自分も女性を見る目はない。彼女は最初から辺境伯でなく王都の貴族に嫁げば幸せだった。
彼女も「白馬の王子が迎えに来てくれる」夢を追っていたのかもしれないが、さすがに今の年で「白馬の王子はみな既婚者だ」逃がした魚はでかいと思わせないと。
俺も子供じみた仕返しを考えている。笑ってしまうが口にはできない。彼女がいなくなってからのほうが辺境は産業が生まれ祭りで人が増え賑やかになっている。田舎とは言わせない。
マリアマリアはこれから王都に行って、どんな処罰を受けるのか、処罰に対してそれを受け入れ反省することなど出来るのか分からない。放火された山が白く雪に覆い隠された朝、マリアマリアたちはオズワルドたちに護送されマロンたちより早く王都に向かった。
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