55 マリアマリアとマロン 1
辺境伯の執務室では捕らえたタリンとマリアマリアの取り調べの状況が話されていた。
「タリンの方は反省しているようだが、」
「女のほうは何を言っているかわかりません。「せいじょ」とは何ですか?」
「私に聞かれてもな。父も聞いたことはないと言っている。何をしたくて森に火をつけた?魔物を前にして発狂しないほどの胆力があるのには驚いた」
「そうでもないですよ。失禁してましたから」
「彼女の目的に付き合ったタリンを「生贄」にするのは何の効果を求めた?」
「呪術?」
「単にタリンが邪魔だった、、てことはないな」
「意味は分かりませんが、女は「魔法の発現」のきっかけになると信じたようです」
「魔法の発現には魔法師の指導しかないだろう。それに「癒し」とは何だ。「治癒魔法」とは違うのか?」
「良く分からないのです。知らない言葉が次から次に出てきます。「すとりー」「もぶ」「ひろいん」「せいじょ」」
「彼女は「せいじょ」になると一貫して主張していたな」
「それが目的で、魔物をけしかけたようです」
「それに彼女はタリンの屋敷に泊まっていたんだろう?婚約者じゃないのか?」
「タリンはそのつもりで連れて来たようですが、彼女にその気はないようです」
「都合よく使われたのか?」
「そのようですね。伯爵家では歓迎していなかったようです」
「躾の良い娘には見えないからな」
「夢物語の様な話をしていますし。「王妃になる私をこのように扱ってよいと思うのか?」なんて言われましたから」
「娘からの話からも素行の良いとは言っていなかった」
「手に余りましたね」
「未成年だから極刑にするわけにもいかない」
「まだ更生の余地がある、、ですか」
「話もおかしいし、罪の意識がまるでない。タリンが死んでも良いくらいに思っている」
「頭の中が腐っているなら、修道院に収監ですかね」
辺境伯の執務室ではマリアマリアの言葉の意味がくみ取れず困惑していた。マリアマリアの親が王都にいることもあり、王都の警備隊に委ねることにした。辺境での「森への放火と魔物の誘導」について細かい報告書を書き上げることになった。
辺境ではたまに慣れない冒険者が、魔物の討伐に失敗して、魔物に追いかけられ森から魔物を引き連れることがあるが、1・2匹の事なら冒険者ギルドでどうにでもなった。しかし、魔物の暴走目的で事件を起こした者はない。辺境領だけの問題ではない。
エディン国は迷いの大森林を背にしている国である。この大森林を乗り越え他国が攻めてくることはないが、魔物は自由に移動できる。森が燃えれば飛び出してくる魔物がいれば、他に移動するものもいる。魔物の大移動は暴走の切っ掛けになる。国全体の問題になる。
マリアマリアとタリン、その親とオズワルドは雪の晴れ間を狙って、王都にむかうことになった。
「マロン、マリアマリアが面会希望を出している。俺たちでは彼女が何を言ってるか分からないんだ。いやでなければ一度話してくれないか?彼女は牢の中にいてもらう。マロンの安全は確保する」
オズワルドの依頼でマロンはマリアマリアに会うことにした。
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犯罪人を収監する地下牢は石造りの窓もない太い鉄柵のだけがある個室。個室の中は木製の寝台に毛布1枚、衝立の奥にはトイレがあるだけだった。風も吹きこむことがないから、少しむっとした悪臭がする。
「未来の王妃をこんな所に入れて、後で後悔しても知らないわよ」
「辺境なんて失くしてしまえばいい」
「エリザベスもハリスも死刑よ」
「後悔すればいい」
「出しなさいよ」
「出せ!!」
「出せと言っているでしょ!!」
地下に下りる階段にマロンは足を下ろす前からマリアマリアの奇声が聞こえてきた。一瞬躊躇したが、静かに階段を下りていった。階段を下りてきたマロンを見てマリアマリアは奇声を辞めた。
「やっと来た。ここの人達は私の話を聞いてくれない。貴女はモブだけどわたしの事を理解できるでしょ。確かお助けモブ令嬢がいたはずだもの」
未だに彼女が話す内容が理解できない。確信を持って話す姿に哀れみしか感じない。美しいピンク色の髪はすすで薄汚れていた。着ているドレスは放火の時に着ていたものではなく、庶民が着る綿か麻の混じった薄茶色のワンピースだった。
全てが不満でやるせない姿はとても貴族令嬢には見えなかった。マリアマリアは救いの手が来たと思ったのか、やけに鷹揚とした態度でマロンを迎えた。マロンは牢の中のマリアマリアが手が届かない椅子に腰かけた。両脇には警護の騎士が付いている。その後ろにハリスがいた。
「「モブ」も「聖女」と言う言葉もこの国にはないの。わたしには分からないわ」
「えっ!何でないの。「モブ」は仕方ないかもしれないけど、「聖女」は騎士と魔法の話なら当然あるはずよ」
「ないものは仕方がないでしょ」
「教会の最高権力者は?」
「、、教皇?」
「聖女じゃないの?」
「違うと思う」
「聖なる乙女は異界から渡って、月夜に降り立ちこの世を癒す」と書いてあったからあるはずよ」
「「聖女」ってどんな人?」
「私の様な心清く美しい乙女、人々の怪我や病を癒すの。王族と結婚して国を栄えさせる存在」
「治癒魔法の事?」
「まあそれに近いわ」
「治癒魔法の使い手は珍しくないわ。沢山いるわ」
「嘘」マリアマリアは目を見開いた。街には治療院や教会があるのに知らなかったのか?
「じ、浄化するのよ」
「浄化?汚いものを綺麗にすること?」
「まあ、そんなものね」
「じゃ、「クリーン」と一緒?」
「何それ」
「生活魔法の一つ」
「そ、そんな低俗な魔法ではないわ。もっと」
「でも魔法が発現しないんでしょ」
「今は出来ないだけよ」
マロンの言葉に詰ま付きながらもマリアマリアは返事を返す。彼女は自分の中でも「聖女」が何かはっきりしていない。ただ「聖女」と言う名前を知っているに過ぎない。
「それに、治癒魔法は魔力量が高くないと使えないから、魔力量が足りない?」
「わたしは魔力量が高いはずよ。祝福の儀で「魔力量・高」と出たわ。司祭だって凄いと褒めてくれたわ」
「あなたは平民として祝福の儀を受けたでしょ。平民は魔力がない人もいるから少しでも魔力があれば「魔力量・中」程度は出るはず。貴女は元々貴族の血が流れているから、ぎりぎり属性魔法のスキルを手に入れたに過ぎないと思う」
「そんなことないわ」
「貴族として魔力量を測ったことはないの?」
「必要ないわ。魔法師だって、きっかけがあれば発現すると言った。わたしはこの世界の主役なの」
「ある方から聞いたことがあるの。「前世の記憶」を持って生まれてくる人がいる。でもね、それはそれだけ。現世の世界では関係ないの。だって、マリアマリアさんは月夜から舞い降りていないでしょ。貴女を慈しんで育ててくれた母親がいたはずだもの。
あなたが知っている物語の中に私はいない。エリは死んでいない。第三王子は兄たちと仲が良く王位を欲しがっていないし、マリアマリアに恋をしていない。その前にあなたを知らない。秋には侯爵令嬢のアルファリアと婚約したわ。まだ発表はしてないけど、Sクラスでは周知の事実よ。臣下降籍して侯爵家に婿入りするの。大公家など新しく作らない。まして王位奪還など企ててはいない。
平民では多いが貴族としては少ない魔力であなたの思う治癒魔法の発現は無理。貴女が「聖魔法」とこだわり続ける間は、きっと「魔法の発現」はできない。だって、あなたは聖魔法が何か知らないもの。
知らない魔法なんて発現しようがないわ。魔法の発現には知識と訓練が必要なの。思いだけでは属性魔法は使えないわ。もっと、低位の魔法から始めればよかったのよ」
「魔法は想像力で十分なの。そんな事も知らないの?」
「それでも魔法使えないんでしょ」
「モブの癖にな、生意気」
「だって、事実だもの」
「今に、できるようになる」
鉄格子を握るマリアマリアの手が震えている。本当に悔しいんだろうけど、想像力だけで魔法が使えるなら属性魔法の枠を飛び越えることになる。
「あなたはレイモンド様に恋をしているの?」
「恋なんてしていないわ」
「なんで結婚すると思えるの?レイモンド様はあなたを知らないわ」
「『聖女は王子に愛され幸せな結婚をしました』が定番でしょ」
「定番かは知らないけど、王子の結婚には伯爵家以上で、王子妃教育を修了しないと成れないんですって。他国語が話せるのは当たり前で、国々のしきたりなんかも学ぶ。行儀作法は王族特有の作法があるって言っていたわ」
「そんなもの私の美貌で」
「あなたそんなに綺麗ではないわよ。Sクラスの令嬢を見て自分が勝てると思っている?誰もがあなたに甘言を吐く。それはあなたと同じ。誠意などないと思うわ」
「お前など名もないモブのくせに!」
「名もない私は貴女を助けるようなお役目は無理だと思うわ」
「な、名前なら付けてやる」
「あなたから名前など付けてもらいたくないわ」
「モブから昇格できるのよ」
「わたしはあなたの物語には登場したくないの。だって、あなたはクラスの人の名前を知っていないでしょ。覚える気もないでしょ。タリンさんは利用するためだけに覚えた名前」
「何が悪いの」
未来ある青年を巻き込んだことを彼女は理解していない。マリアマリアは幸せな自分の未来しか考えていない。
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