54 タリンとマリアマリア
タリンはAクラスに編入してきたマリアマリアに夢中になった。貴族令嬢の冷たい雰囲気でない気さくな様子、打てば響く会話も子気味よかった。辺境の貴族は「田舎者」と蔑む奴もいるが、マリアマリアは「辺境の貴族がこの国を守っている」とタリンに告げた。その言葉に感銘を受けた。
確かにマリアマリアは誰彼構わず声をかける。そして必ず思いやりのある声を掛ける。
「今は苦しいかもしれないけどあなたの素晴らしさは絶対みんなに分かる」
「努力は必ず実をつける」
「婚約者が嫌いなら破棄してしまえばいいわ。貴女に会う女性は必ずいるわ」
「もう少し視野を広げた方がいいわ」
「一緒に勉強しましょう。貴方は出来る人よ」
「兄弟と比べてはダメ。貴方の良さは貴方だけのもの」
タリンはマリアマリアにどうして君は女神のように優しいのか聞いた。
「私は本当は「聖魔法が使える聖女なの」今はまだ魔法の発現ができないけど、この国のすべての人を癒せる存在なの。タリンは勇気あるわ。今はまだその力を出せないだけ」
タリンの弱さをマリアマリアは救ってくれた。彼女は誰にも優しく頭もすごく良い。平民の商会の跡取りにも、新しい商品の話をしていた。公爵令嬢の生意気なロゼリーナにも「魔力がなくて、一度は捨てられたが親の元に戻れてよかったわね」なんて言ったんだ。クラス中が息をのんだ。
「マリアマリア、ウソは言わないで、私はエリとは違いお母様のもとにいました」
「ロゼが知らないだけよ」
「いつ貴女に愛称呼びを許しました?本当に躾のなってない「ピンク令嬢」ね。たかが子爵令嬢が、元平民が嘘を吐くとはほんと困ったことね。学園の名誉が汚されるわね」
ロゼリーナは金切り声でマリアマリアに罵声お浴びせたが、かえってそれが逆にマリアマリアの言葉に信憑性を高めた。
「魔力至上主義はもう古い考えよ。いずれは実力さえあれば平民でも上に上ることができる社会になる」
貴族として生まれても魔力量が少ないものはいる。タリンもその一人だった。魔力量の多い弟を跡継ぎにという親戚がいるのを知っている。マリアマリアの言葉は魔力量に対する劣等感を持つ者には救われる言葉だった。
Sクラス以外の生徒の中にはマリアマリアこそが「国を変える聖女」と言い出す者が着実に増えていった。その頃にはタリンはマリアマリアの側にいた。欲しいものがあれば買いそろえ手渡していた。他の信奉者も我先に貢ぐようになった。
冬の休暇が近づくころになっても、マリアマリアは魔法の発現ができなかった。魔法師の先生に個人的に指導を受けても効果はなかった。
「魔法師の先生が、きっかけが必要だと言っていたわ。辺境に連れてって。違った環境が私には必要みたい。タリンしかお願いできないの」
タリンにとってマリアマリアを辺境に連れていくことなど大したことはない。実家の両親も美しいマリアマリアを見れば納得するだろうし協力もしてくれると思った。
辺境に戻るための馬車の旅はとても楽しく、二人だけの馬車は緊張もした。だって、婚約者でない令嬢が二人きりで馬車に乗るということはタリンの思いをマリアマリアが受け入れてくれていると思えた。タリンの前でも無邪気な笑顔に、寝顔にタリンの思いは高まるだけだった。
実家に帰れば両親も弟も快く迎えてくれた。マリアマリアはいつも通り溢れんばかりの笑顔を両親に向けた。父や母が声を掛ける前に両親に声を掛けた。学園では一応身分を問わず交流するよう言われているが、外に出ればそれは通用しない。
「タリンの友達のマリアマリアです。とても素敵なお屋敷ですね。楽しみだわ。お世話になります」と言いつつぺこりと頭を下げた。
母の眉間に一瞬皴がよったがすぐにいつもの笑顔に戻った。弟は一歩引いた。タリンは慌ててマリアマリアを屋敷内に案内した。彼女は旅の荷物を少ししか持ってきていなかった。馬車の中は魔道具で寒くないようにして置いたので、気にならなかったが、辺境の冬は寒い。マリアマリアの部屋に追加で暖房の魔道具を運び込もうとタリンは思った。
雪の森を見に行くと言っていた。彼女の防寒着がないがあの様子なら貸してはくれないだろう。自分のコートや襟巻を貸すしかない。きっと母はこれ以上マリアマリアに近寄っては来ない。母の合格点はもらえない。
父は一応客人として対応してくれたが晩餐の時のマリアマリアの食事の作法が見苦しく、その後はタリンと二人で取るようになった。彼女は「気楽でいいわね」と言っている。気にはしていない様だ。
タリンは学園にいた時には気づかなかったマリアマリアの言動が貴族社会から外れていることに気が付いた。新鮮で生き生きとした彼女が随分雑で世俗的に見えてきた。マリアマリは慣れてくると屋敷の侍女に勝手に指示を出す。
「夕飯はお肉が欲しい」
「お菓子はないの?」
「毛皮の襟巻を準備して」
「街に買い物に行きたいから案内しなさい」
「王都には負けるわね。辺境って随分陰気くさいわ」
タリンは早々に王都に帰ることにした。雪の道でもゆっくり帰れば王都に着ける。両親の顔色を見るのも疲れた。弟には蔑むような目を向けられた。
確かにマリアマリアは淑女ではない。格式ばった辺境には合わないだけだ。弟に次代を継いでもらえばタリンは王都で過ごすことが出来る。文官にでもなればマリアマリアも無理して貴族社会に生きなくてもいい。タリンは二日後に王都に戻ると両親に告げたが引き止めることはなかった。
「彼女を嫁にするなら、領地なしの男爵位を渡してもいいが、自分で稼ぐしかないぞ。家名は別のものにしてくれ。次代に迷惑がかかる。理由は分かるな」
父からの除籍の通告だった。なぜ?と問えば母は残念そうに答えた。
「それも分からないくらいあなたはあの子に夢中のようね。平民なら通じても貴族社会ではあの子は生きていけないわ。それに今のままでは我が家に迷惑をかけることになる。貴方が幸せになるならあなたの信じる道を進みなさい。でも、本当は考え直してほしい」
母の願いが分かる気がしたが、ここまでタリンを信じて付いて来てくれたマリアマリアを今更見捨てることは出来なかった。タリンは深く頭を下げて両親の前から辞した。
その夜タリンはマリアマリアに二日後に王都に戻ると伝えた。
「えっ、もう帰るの?宵の道歩きもしていないのに」
「急に用事が入ったんだ。君を残してはいけないからね。両親も心配してるだろうし」
「わたしは大丈夫よ。辺境行きは話してないから」
「えっ、話してないってどういうこと?」
「だって、婚約者でもないタリンと二人旅なんて言ったら誤解されるでしょ」
「君はそのつもりはなかったの?」
「当たり前じゃない。わたしは「聖女」になるのよ。「聖女」は王族としか婚姻できないの。二日後なら明日しか時間がないわね。明日朝雪の森の入口に連れて行って」
「何するの?」
「わたしのためなの。きっと驚くわよ。「聖魔法の発現」を初めて目の当たりにできる特権をあなたに授けるわ。きっとあなたはわたしに感謝するわ」
タリンはマリアマリアが何を言っているのか分からなくなった。ともかく、明日雪山を見せたら明後日には王都に帰ろうと決意をした。タリンはすぐに帰らなかったことを後悔することになった。
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マリアマリアはタリンをそそのかして辺境に来ることが出来た。本当に単純なんだから扱いやすい。辺境には魔物がうろうろしていると思ったのに、綺麗に整備され王都の街と変わらないほど賑やかだった。
タリンの両親は凄く冷たい人だった。我が家の子爵夫人と同じ。貴族然として温かみがない。王都から息子の愛する娘を連れて来たんだからもっと歓迎してもいいんじゃないの。まあ、こんな田舎に嫁に来ることはないけど。
せっかく息子が戻って来たのに一緒に食事もしない。客人のマリアマリアにも最初だけ挨拶したけどその後は顔も合わせることはなかった。タリンの弟はなかなかかわいい顔をしている。タリンより利発そうだが、声を掛けると逃げ出してしまう。恥ずかしがり屋なのかもしれない。来年には学園に来るようだから楽しみ。
辺境の貴族は貧乏なのかもしれない。私にドレス1枚も買って寄越さない。お茶にだって呼ばれない。お菓子も要求しなければ出てこない。街に買い物に行くのでさえ馬車を出してくれない。
使用人からもうすぐ雪小屋に灯が付けられ屋台が出るという。田舎の祭りだろうが見て見たいと思っていたのに急にタリンが王都に帰るというと言い出した。そんなに慌てなくてもいいのに。魔物に出会えていない。
雪山には魔物がいるとタリンが言っていた。火事でも起こせば魔物は出てくるかもしれないと使用人が言っていた。雪山だから火事など起こせない。それなら油を撒けばいい。マリアマリアは使用人に言って松明用の油を手に入れぼろ布と点火の魔道具を準備していた。
翌朝は晴天、青い空に白い山はすごく綺麗だった。タリンとマリアマリアは雪の積もった山道をゆっくり歩く。マリアマリアの前に道はなく、マリアマリアの後に道ができる。
これから起こすことが祝福されているように思えてきた。森の入口に兎がぴょんぴょんしている。
「タリン白兎がいる」
「マリアマリア角兎だ。魔物だ」
タリンが慌ててマリアマリアを庇ってくれた。タリンは魔物除けを投げつけた。それじゃ意味がない。弱った兎に油をしみこました布玉に火を点け投げつけた。驚いた顔をタリンはした。
「マリアマリア」
タリンが大声を上げた。兎は燃えながら森に入っていった。兎が逃げ惑う先々の木がめらめらと燃え始めた。延焼は広がらないが数本の木は黒い煙を出しながら燃えていった。
「ブーブー」と地を這うような声が聞こえた。目の前にマリアマリアより2倍以上ある巨大な兎が現れた。
「魔兎だ。逃げろマリアマリア」
タリンがマリアマリアを背に守ろうとしていた。魔兎を見てもマリアマリアに変化はなかった。血まみれの惨状が魔法の発現には必要だと思ったから、マリアマリアはタリンを魔物に向け押し出した。
タリンの恐怖に慄く顔はすごくいい「贄は必要」と言えば失望と絶望の顔になった。大丈夫タリンが魔兎に食べられても私が「聖魔法」を発現すれば彼の傷などすぐに治せる。
それなのに魔兎はタリンを乗り越えマリアマリアに向かって飛び上がった。
「マリアマリア避けろ」
タリンの声は聞こえたが体が動かなかった。贄になるのはわたしではないタリンなのに、、気が付いたらマリアマリアのすぐ横に血を流した魔兎が牙をむき出しにしたまま大口開けて死んでいた。
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