53 冬の辺境領の出来事
辺境領に戻った直後はマリアマリアのことが気になったが、大きな出来事もなく過ぎていった。街には雪小屋が立ちその周りには雪像が鎮座している。祠の明かりは変わりなく幻想的な雪景色が広がっていた。
「マロン、兵舎の前に大きな雪小屋ができているの。どうも木枠で支えたものなんだけど、そこに屋台や温かなワインなどのお店ができている。「宵歩き」の警護の兵士のものらしいわ。私たちで女性用の大きな雪小屋を作らない。屋敷の使用人たち「宵歩き」になかなか出れないでしょ?」
「すごく良い考えだわ」
「とりあえず大き雪小屋を庭のほうに作ってもらい、中は私たちで日頃のお礼を兼ねて色々しませんか?」
エリザベスの話にマロンとマーガレットが乗り気になり計画はすぐに実行に移された。玄関から庭に向かう広場に雪小屋の骨組みを作りあっという間に雪が集められた。男ばかりが楽しく過ごしているのが後ろ暗かったのか女使用人の圧が強かったせいかは分からないが、男性の協力に大いに助けられた。
マロンとエリザベスを中心に雪小屋の中は温室から花を貰い飾りつけをした。春色のテーブルクロスを高めのテーブルに広げた。どっしり座るよりはちょっと腰を掛ける程度の方が皆が動きやすい。
雪の壁づたいの棚には花瓶に活けられた花やお菓子の籠にワインやジュースが入った冷却箱、さらに温かい飲み物用の小型湯沸かしポットに紅茶のセット、一口サイズのサンドイッチまで並んでいる。
入り口に用意された箱に1銅貨(100円ほど)を箱に入れ、用意されたトレーにカップやお皿を乗せて壁際に並べられた飲み物やお菓子や軽食を好きなだけトレーにのせ、中央のテーブルで食べる形式をとった。
飲み放題食べ放題と言っても仕事の休憩中や仕事終わりなので、それほど食べれるものではない。しかし、持ち場の違うものが顔見知りになるためには良い場となった。
マロンとエリザベスはそこに房飾りや飾りリボン、刺繍入りのハンカチ、手作りの髪飾りを置いて1個1銀貨(1000円ほど)入れる箱を用意した。信用販売だが黙って盗むものなどいなかった。
収益は雪小屋内の料理代に回すことにしていた。マーガレットや他の使用人も手作りのものを棚に乗せ寄付していくようになった。保温箱に並ぶ「黄金のパン」「薄焼きパン」などは蜂蜜がかかっているせいか大人気だった。オズワルドは日頃の慰労を兼ねて大盤振る舞いだった。
しかし、そこで男性の中から苦情が出た。「女性ばかり甘い美味しいものを食べるのずるい。酒の飲めないものは癒されるものがない」と言い出した。仕方なく入り口で男性は2銀貨支払い、食べ過ぎないことを条件に入場が許された。男性は飲酒禁止である。
さすがに女性の目があるので暴食はしない。美味しそうに甘味を食べる男性の姿は女性の母性本能をくすぐったのか、いつの間にか男女の出会いの場になった。仕事の休憩に、仕事終わりに約束して会う二人組が増えた。寒い冬なのにそこだけは早い春が来ていた。
街には雪小屋が立ちその周りには雪像が鎮座している。祠の明かりは変わりなく幻想的な雪景色が広がっていた。多くの人が雪小屋の立ち並ぶ雪道を散策していた。屋台で温かいものを購入し、歩きながら飲み食いする。
雪小屋の中には休憩用の椅子やとテーブルがある。中には「陣取り」「色合わせ木札」「数字合わせ」「魔物引き」を楽しむ者もいる。少しずつ冬のお祭りとして定着しているようだ。
マロンは辺境に戻ったころはマリアマリアのことが気になったが、雪小屋づくりに気を取られすっかり忘れていた。 年が明け静かな朝を迎えた時に、ユキがマロンを叩き起こした。
「マロン、森が荒らされている。ユキは森に行ってくる」
そう言うとユキはふわふわと浮いて窓の前に向かった。マロンは慌てて窓を開くと冷たい風が隙間から入ってくる。ユキは向かい風をものともせず真っ白な森に向かって飛んでいった。窓から身を出して森を見るもマロンの見える範囲には真っ白な雪の山しか見えなかった。
ホワイトが窓枠にしがみ付いている。
「ホワイトはわたしと一緒に待っていましょう。ユキは大丈夫よ」
ホワイトに声を掛けると黒い丸い目がウルウルしている。母親に置いて行かれた子供のようだ。マロンはユキがいつも敷いているハンカチでホワイトをくるんであげた。
ユキが森に飛び出した後、マロンは寝ることもできず起きることにした。ホワイトをユキの匂いがするハンカチでくるみ上着のポケットにそっと入れた。よく見るとホワイトの側にコユキ達が寄り添っていた。「ホワイト、ユキがコユキを残してくれているよ」と伝えると白い足でコユキを抱きしめた。
時間が早いので談話室に向かおうとすると、息を切らしたハリスが走ってきた。
「マロン、あいつらが行動を起した。森に向かったと情報が入った」
ユキが言っていたことはこれかもしれないと思った。ハリスはオズワルドたちと共に森に向かう話をしていると伝えた。魔物の暴走があっても門は閉ざすので屋敷にいれば大丈夫だからと告げて、ハリスは執務室の方に走っていった。
マロンはユキが心配になった。防寒用のブーツに襟巻と防寒コートを取りに部屋に戻った。今日は真っ青の空が広がっている。雪は降らないだろう。あとは水袋にお湯を入れて保温具にすればいい。慌てて厨房にお湯を頼みに向かった。
厨房も第一陣の出発に合わせ持ち出し用の食糧を準備している。マロンはそのまま厨房の手伝いをしながら屋敷の動きに目を光らせた。
『マロン、奴ら森に油をまいて火をつけた』
「何処?」
『屋敷の裏の北西側だ。見にくいがもうすぐ黒い煙がでる。マロン来てくれ』
マロンはユキの声を聞いて執務室に駆けだした。執務室の中はざわざわしている。一瞬躊躇したがドアをノックした。
「マロンです。お伝えしたいことがあります」
「入りなさい。急ぎか?そうでなければ話はあとで」
「オズワルド様、屋敷の裏の北西側の森から黒い煙が上がります」
「??」
「詳しい事は後程話します。油をまいて火をつけたようです。確かめてください」
そう言っている間もなく見晴らし台からの伝令が来た。一瞬オズワルドはマロンを見つめたがすぐに森に向かっている先発隊に放火場所の指示と出陣の伝令を出した。
「ハリス様、わたしも邪魔はしないので一緒に連れて行ってください」
「危険だが、マロンが行かなければならないんだな」
ハリスは止めずにマロンの移動をオズワルドに申し出てくれ許可を取ってくれた。屋敷を出ようとすると「マロン」とエリザベスが声を掛けてきた。
「どうしても行かないといけない。帰ってきたら話をする」と告げマロンは騎士隊の最後尾について歩きだした。北の門は冬の間は常時閉じられているが今日は急ぎ雪かきをして門が大きく開かれた。
「我々が出たら絶対に門を開けてはならない。それから魔物警報を発令してくれ。魔物が来ないよう動くが人的な問題がある。念には念だ」オズワルドが門番に指示を出した。
魔物が身近な辺境領では危機意識が高く、領民側も対策を立てている。戦えるものは戦いの準備。女子供老人は家を木版で保護し、家の中の避難用地下部屋に隠れる。数日暮らすだけの食料も備蓄している。
雪の上に小さな足跡がついいていた。先には真っ白な雪山の一部が赤黒く煙を出している。雪山なのでそう簡単に延焼はしないが、油を含む燃えやすい木々もないわけではない。
気がせくが慣れない雪をかき分けマロンはオズワルド達の最後尾を必死についていった。油の燃える匂いが緊張を増す。黒い煙がマロンの目にもはっきり見えた。
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やっと雪山に来たのに雪ばかりで魔物などいない。マリアマリアは伯爵家の侍女に用意させた油を布に垂らし近くの木に投げつけ火をつけた。最初は火が付いたかわからないほどだったので、どんどん布と油を追加していった。そのうち1本の木が一気に燃え出した。マリアマリアは少し怯んだが、黒い煙と油臭いにおいが風に飛ばされ森奥に流れていくのに満足した。
マリアマリアが木の燃え方に満足していたら横からタリンが服を引っ張る。役に立たないタリンに「うるさい」といったとき、マリアマリアの前が雪煙で前が見えなくなった。
雪煙が落ち着くと目の前に大型の兎が立っていた。
「ぎゃー!!なんで魔物が出るのよ」
「マリアマリア帰ろう」
「タリン、何とかしなさいよ」
「む、無理、俺は魔物を殺したことがない」
「油を投げつければ火がつくわ」
「後ろに次の魔物がいる。群れを成している。無理だよ」
「わたしは癒す立場なの。タリンが戦って。そしたら私の「聖女」の力が目覚めるから」
「無理だよ。僕死んじゃう。少しずつ後ろに下がろう」
「全く役に立たないわね。ここで傷ついた人を見ればきっと目覚めるわ」
そう言いながらもマリアマリアも足が震えている。たいした防寒もせず雪山に向かうこと事態命知らずだとマリアマリアはタリンに言われたが「聖女」は美しくなければいけないから防寒衣など身に着けてはいなかった。「聖女」になれると気持ちは高揚していたので寒さなど感じなかった。
マリアマリアは兎は愛玩動物だと思っていた。角が生え、体は大きく、牙まである兎など見たことがない。魔兎がじわじわとマリアマリアたちを囲み始め狩りの態勢に入った。マリアマリアの正面の魔兎がタップして音を鳴らす。次々と魔兎が足を鳴らす。「ブーブー」と牙をむき出し目を赤くする。
マリアマリアの目の前の魔兎がマリアマリアめがけて跳躍をした。マリアマリアはすぐ後ろのタリンを前に突き出し背中を押した。タリンは魔兎の前でたたらを踏み雪の上にうつ伏せに倒れた。
「マリア、、」
「生贄は必要よ」
タリンはマリアマリアの行動が信じられない上に「生贄」と言う言葉に驚きを隠せなかった。しかし魔兎の足の音はすぐそこに聞こえる。タリンは死ぬことになると諦めた。しかしいくら待っても魔兎の攻撃は自分には来なかった。
マリアマリアが襲われたかと腹ばいのまま後ろを振り向いた。マリアマリアの横に大きな魔兎が倒れていた。マリアマリアは顔を引きつらせ尻もちをついていた。
数匹いた魔兎は騎士により討伐されていた。真っ白な雪の上に鮮血が飛び散っている。領主様が助けに来てくれた。近づく騎士の姿がまぶしかった。自分の愚かさが身に染みる。
タリンはマリアマリアがなぜこんな事したんだろう?森に火を点けるなんて馬鹿の事をしたんだ?自分でも分からなくなっていた。父に謝っても許してはもらえない。それどころか廃嫡になるかもしれない。タリンはそのまま雪の上で意識を失った。
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