51 ユリア夫人
いつも控えめなエリーナがマロンに声を掛けて来た。
「マロンさん、私のお祖母さまがマロンさんに会いたいと言っているの。兄が「古代語」のことでお祖母さまのところに訪問したの。お祖母様は学園にいた頃できた友人と「古代語」に夢中になったんですって。今の学生でも興味を持ってくれている方がいるなら、お祖母様が資料を譲りたいと言っているの」
「そんな大切なものは貰えないわ」
「学生が作った資料だから学者のものとは違うから、大したものではないと兄が言っていたわ。「青春の思い出」だと思う」
「マロン、伺ってみたら。エリのおばあ様は、マロンのおばあさまの時代の人でしょ。何か繋がりがあるかもしれないじゃない。何もなくても古代語の話が聞けるわ」
「エリザベスさん、ありがとう。エリザベスさんも一緒に来てくれると、マロンさんも心強いと思うの」
話はとんとん拍子に進み学園の休みに、エリーナのおばあ様ユリアの家に伺った。エリの屋敷からそんなに離れていない静かな住宅街に屋敷はあった。今は一人で使用人と暮らしている。エリのお父様は同居を進めているが、ロゼリーナを引き取ることに難色を示していたので、同居の話は立ち消えした。
ユリアはロゼリーナを引き取るなとは言っていなかった。親子鑑定してからにしなさい。ロゼリーナよりエリーナにもっと気にかけろと言いたかったようだ。
ピンクが言っていたようにロゼは孤児院から引き取られていた。「魔力なし」を忌避するのは「魔力優先主義」の一族が主のようだが、年配者にはこだわる者もいる様だ。
「ロゼリーナさんが我儘になったのは、親に捨てられた経験のせい?」
「ロゼは孤児院にいたことはほとんど覚えていないみたい。母は目の前の娘より手放した娘のほうが可愛いみたい」
「エリ、私の母も同じ。目の前の娘より不倫の末できた娘が可愛い。でも、エリも私も父や兄がいますから幸せですよ。貴族の家の中は色々あるようです。政略結婚、自由恋愛でも上手くいくもいかないも子供には関係ないわ」
「あら、エリザベスさんは恋をしないの?」
「分からないわ。今は自分のことでいっぱいよ」
エリとエリザベスの気持ちを思うと辛くなる。マロンは蜂蜜の飴玉の容器を二人の目の前に出した。疲れた時や辛いときは甘いものが一番。寮で一度作ったら、ユキ、コユキ、ホワイトが大喜びしてくれたので作り置きしている。最近はユキが遠出して美味しい蜂蜜を集めてきてくれる。
「これは蜂蜜の飴、お一つどうぞ」
「エリ、絶対美味しいわ。マロン、新作ですね」
「この飴の蜜は色々の花から集められているから濃厚な味がします」
二人はを飴一つ口に入れた。驚き微笑み、両手で頬を押さえた。重苦しい空気は霧散した。ユリアの屋敷の前でセドリックとハリスがマロンたちを待っていた。ハリスはエリザベスが行くなら自分もとセドリックに付いてきた。手土産を侍女に手渡し中に入りそのままユリアのいる応接間に案内された。
「マロン、手土産何?」
「お兄様恥ずかしいです。で何?」
「ぷ・り・ん」
「わー久しぶり。楽しみだわ」
「マロン、俺の分ある?」
「あっ、お兄様は予定外ですから、、」
エリザベスと馬車に乗り込んだ時「護衛の代わりだ」と言ってハリスがひょいと乗り込んできた。
「ハリスさんの分もありますよ」
エリザベスとハリスは安堵したのがよく分かった。本当に仲の良い兄妹、エリザベスとハリスが真っ直ぐに育ったのもお互いを思いあったからだろう。エリーナ兄妹も同じだ。
案内された応接間は日当たりがよく庭の花が見える素敵な部屋だった。そこには青い髪が白くなりつつある、おっとりとした風情のご老婦人が優雅に座っていた。
「よく来てくれました。セドリックたちの父方の祖母ユリアといいます。我儘を聞いてくれてありがとう」
「お祖母様、こちらが辺境伯家の兄妹のハリスさんとエリザベスさんです。そして「古代語」に夢中のオットニー男爵令嬢のマロンさんです」
「可愛いお嬢さんたちね。お茶でも飲みながらお話ししましょう」とマロンたちに気さくに話しかけてくれた。ユリアは学園に入るときにはもう婚約者がいたので、自由に過ごせる最後の時間と思いもとから好きだった読書のために図書館通っていた。
その図書館にユリアに負けないくらい熱心に通っている女生徒がいた。お互いが仲良くなるには時間がかからなかった。図書館の最奥の本「古代語」に二人は興味があった。これを読み解いたからと言って何か変わるわけではないが、過去を知る楽しみを二人は楽しんだ。学者の本を使えば簡単だがそんなことはしなかった。
一文字が分かればもう一文字、たまに図書館の前のベンチでお茶をして楽しく過ごした。ユリアは窓越しに遠くに浮かぶ雲を眺めた。ユリアの「古代語」仲間の令嬢は女性文官になると言い出した。彼女の実家は彼女には優しくなかったようで、彼女は寮住まいしながら猛勉強したと話した。なんとなく聞いたことがあると思ったマロンは思わずおばあ様の名前を口ずさんだ。
「シャーリーン」
「えっ、どうして名前を知っているの?」
マロンはマロンの知っているおばあ様のことを話すことにした。王宮の文官から高貴な家の子供たちの侍女兼家庭教師として働きその後はお子様の奥様に使え退職後、マロンを育ててくれたことを話した。
マロンは持ってきたおばあ様の「古代語」の本を開き手紙を出した。
「ああ、シャーリーンに私が出した手紙、持っていてくれたのね。私の秘密の手紙なの」
「お祖母様、秘密の手紙を古代語で書いたのですか?」
「ちゃんとした古代語ではなく二人の秘密の言語になっていたの。だって、古代語はとても難しいのよ。専門の学者がいるくらいだもの、女学生二人では無理なことはわかっていたけど、夢を追ったのね。あと半年で私はおじいさまと結婚することになっていたの。四公爵家の嫁は大変なの。求められるものは高く、天井知らずだと慄いていたわ。だから、家出したいと相談の手紙を書いたの」
「「えー」」
「驚くわよね。世間知らずの娘が貴族の家から出てどうやって暮らすのかなんて考えてもいなかったわ。ただ目の前の状況から逃げ出したかった。でもね、彼女は手紙を読んですぐに駆けつけてくれたの。自分も男社会の王宮の文官になるから、お互い頑張ろうと言ってくれたの。もしどうしても逃げたかったら一緒に逃げてくれると言ってくれた。
その言葉だけで凄く救われたの。私の肩に背負った重荷を二人で分かち合う相手がいることが嬉しかったわ。彼女は文官試験に受かり晴れて男社会に挑戦した。私は夫と共に領地で公爵夫人見習いをしながら領地経営を夫と共に学んだ。お互い遠距離になり便りは滞るようになってしまったの。
領地から王都に戻るには10年以上かかった。彼女が王宮文官をしていないことを知ったの。あとの行方が分からなかった。彼女は実家のことは話さなかったから探しようがなかった。でも、彼女は幸せに暮らしたのね」
「おばあ様は基礎教育を専門にしていたので、代々のお子様に仕えたようです。収入の多くを本に変えていました。刺繍もとても上手で、刺繡入りのハンカチの仕事を受けていました」
「私と違って、シャーリーンは手先が器用でした。市井に降りても生きていけたのね」
「お仕えした貴族の領地の端に家を貰い、隣のおばさんが付きっきりで、いろいろ教えてくれたり、手助けしてもらっていました。でも、お料理はできませんでした」
「ふうう、お料理なんて出来ないわよ。やった事がないんだから。でも鍋を焦がしたなんて、彼女らしいわ。きっと何度も挑戦したんでしょうね。マロンさん、その手紙私がもらってもよいかしら?」
「かまいません。元々ユリア夫人の手紙ですから」
「ありがとう。若かりし頃の思い出だわ。彼女が幸せでよかった」
「お祖母様は、お祖父様が嫌いだったのですか?」
「あら、そう取られると複雑ね。夫はとても見た目に反して優しい方だったわ。領地でも随分私を助けてくれたわ。ロースターが生まれるときは難産で、「もう子供は生まなくていい」なんて当主になる人なのに言ってくれたの。若いときは色々悩むものなの。良き友人は大切にしなさい」
「叔母様や叔父様は?」
「もちろん私が産んだ子よ。さすがにロースター一人だけにはできないから、兄弟はいたほうが心強いでしょ。でも、夫はいつも私の心配をしていたわ」
「父上が優しいのはお祖父譲りですか」
「そうね。そうかもしれないわ。私のほうが見切が早いかもしれない。お前たちの母をロースターは大切にしているでしょ。立派な孫がいるから先は心配していないわ」
「大奥様、「ぷ・り・ん」です。お持ちしてもよいですか?」侍女が嬉しそうに声をかけてきた。
「「ぷ・り・ん」?」
「お祖母様、マロンさんからの手土産です。最近王都のお店で売り出しているのですが作るのが難しくてなかなか手にできないそうです」
「エリ、これはマロンの手作りよ。お店で買うより滑らかで美味しいわ」
「「「えー」」」
「料理長も作るけどマロンの手作りほど上手くいかないとぼやいているわ。作るのが難しそうよ。料理長が専用の魔石コンロをつくると言っていたわ」
「マロンさんはシャーリーンと違ってお料理ができるのですね」
「私が炊事当番になるように近所のおばさんに習いました」
「マロン様が冷たく届けていただいたので、すぐに用意します」
「茶色いソースは箱から出して常温に戻したほうがかけやすいです」
その後「ぷ・り・ん」をともにお茶を飲み楽しく過ごし、マロン達はタウンハウスに戻った。
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「お祖母様、お疲れではないですか?」
「そんなことはないわ。懐かしい友人の話が聞けて嬉しかったわ」
「でも、亡くなって」
「そんなことは関係ないわ。この年になれば大切な人は順に女神のところに帰っていくのよ。それを惜しむより、シャーリーンが思うような人生を送れ、マロンさんと出会えたことが嬉しいわ。良い娘さんね」
「彼女は成績が優秀なうえ、「陣取り」では王子たちを負かすほどの策略家です」
「そればかりでなく火球を曲げることもできるのです」
「令嬢が魔法を使えるの?」
「辺境伯家ではたとえ娘でも民の盾になれるよう魔法を使えるように訓練するそうです。エリザベスさんも小さな火球で50メーテレ先の的を破壊しました。僕たちは火球が大きいほど威力があると思っていましたが、そうではありませんでした。魔法の講師が火球の性能が良いと感心していました」
久しぶりに孫と語り合う時間は楽しい。屋敷では嫁やロゼリーナのことで息子とは少しぎくしゃくしている。当主変わりした息子にいつまで口をはさむのだと夫に怒られそうだ。
セドリックは随分大人になった。辺境伯の長子とも仲良いようで安心した。今日は「ぷ・り・ん」もいただいたし良き一日だった。
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