45 マリーナールとロゼリーナ
セドリック視点からロゼリーナ視点に移行します
学園長はドアの外から訪問者を確認して中に引き入れた。学園長室に父とセドリックが入るとロゼと母は驚いた。母の暴言は廊下まで聞こえていた。とても公爵夫人の所業ではない。ロゼは驚いたが援護に来てくれたのかと笑顔をこちらに向けた。
「申し訳ありませんでした。妻と娘の勘違いです。学園で不正が出来ないことは分っています」
「あ、あなた!!」
「マリーナール、黙りなさい。家に帰ってから話し合う」
「お父様?」
「ロゼ、Sクラスから一人抜けても君がSクラスに上がることはない。今回Aクラスもぎりぎりだった。自分の不出来も分からないほど自惚れていたのか?」
「えっ、嘘?」
「嘘ではない。生徒の家には細かい試験結果が送られてきている。わたしが勉学に励めと言っていただろう。公爵家でBクラス以下では恥ずかしくて学園に通わせられない」
「いえいえ、公爵、若い芽をそうそう摘んではいけません。それより公爵夫人はここに来る前に女生徒に危害を加えています」
「妻がですか?」
「わたしは、不届き者に教育的制裁を加えただけです」
「これを教育的と言われては学園は騎士団の訓練所になってしまいます。見逃せません」
そう言って学園長はスクリーンに廊下での様子と救護室で治療前のマロンの頬の怪我の様子を映りだした。父はスクリーンに映し出された映像に驚いた。母は通りすがりに無言で女生徒を扇子で打ち付けていた。頬には大きな傷と血が滲んでいる。赤く腫れてもいた。
「大したことないのに。大げさに救護室に行くなんて生意気だわ。サボっていたのだから仕方ないのに。お父様、講義中にふらふらしていたから、、お母様は悪くないわ」
「この生徒はステップ試験を受けて、空き時間に図書館で「古代語」を調べています。そのための移動途中でした」
「おお、ステップとはずいぶん優秀な生徒ですね」
「ええ、色々な意味で優秀です」
「父上、彼女はエリと同じSクラスです。「陣取り」で第二王子を負かしました」
「ああ、セドリックに聞いたことがある。陣取りはなかなか奥が深い。そんな生徒を不正をしたと断言するならマリーナール、証拠があるのか?証拠もなしにこんなことをしたのか?」
「あ、あなたは自分の娘が蔑ろにされて悔しくないのですか?」
「誰が蔑ろにしている?」
「学園がです」
「正式な評価が受け入れられないなら学園を辞めてもらってよいのですよ」
「学園長、申し訳ない」
「丁度良いです。ロゼリーナさんは様々な嫌がらせをされています。こちらをご覧ください」
スクリーンにはバケツの水を2階からぶちまけた。食堂で態とぶつかって制服を汚す。悪口を言いふらす。教科書を破る。筆記用具を隠す。足を掛けて転ばし笑う、、、、。
「わたしがしたことは軽い悪戯ですわ」
「そう思っているのは貴女だけです。担任からも何度も注意されているはずです」
「たかが制服が汚れるくらい、公爵家でいくらでも買って差し上げますわ」
「母上、これ以上恥をさらさないでください」
兄の一言で母は黙った。ロゼと母はそのまま屋敷に戻ることになった。父とわたしは学園長に深く頭を下げ学園長室を退出した。「我が家のほうが身分が高いのに」とロゼは不満を言う。その言葉に応えず父と私はさっさと廊下を歩きだした。
父は母をエスコートせずセドリックと共に馬車に乗り込んだ。母が馬車に乗り込む前に馬車の扉は中から鍵をかけた。母とロゼはもう一台の馬車に乗りこんで屋敷に向かった。
ロゼと母の行動は常軌を逸していた。顔も知らない女生徒の頬を血が出るほど激しく扇子で打つなど信じられない。マロンさんが不正などする必要はない。細かい成績は分からないがSクラスの中でも上位だとエリーナが言っていた。
「負けました」どんなにアレキが悔しがったか。本当に「陣取り」の名勝負だった。これを見ていてもロゼは自分の方が優秀だと思うことが考えられない。なぜか母はロゼを甘やかし、すべてを肯定していた。それに反し、エリのことは目にもかけない。エリは物心つくときから母に期待はしていなかった。双子のロゼにも姉妹と言う感情が持てなかった。
ロゼは母に買ってもらったドレスや宝飾類をこれ見よがしにエリに見せつけているのは知っていた。翌日には父がエリに似合うものを贈っていた。いつからか我が家は歪な二家族になっていた。
母とロゼと父、エリーナとセドリックと父。父は不安定な家族を守るために頑張っていたことをセドリックは知った。夕方エリが帰宅すると執務室で父は重い口をエリとセドリックの前で開いた。
「マリーナールは心の病だから別邸で静養してもらう。エリーナとセドリックには申し訳ないが、母の療養を優先してほしい。ロゼリーナはマリーナールの養子になっている。公爵家の養子ではない。
確かに双子は生まれたが義父が魔力なしを生んだと言って、勝手に孤児院に預けた。私がそれを知ったのはロゼを引き取る直前だった。親子鑑定する暇もなくマリーナールが孤児院から引き取り自分の腕に囲んでしまった。
孤児院から向かい入れたロゼリーナをとりあえずマリーナールの養子とした。親子鑑定後正式に父と養子縁組をする予定だったが、鑑定結果は「親子であらず」と出た。しかし、マリーナールは我が子だと言って手放さない。ロゼリーナも懐いているならそのままマリーナールの養女として残した」
「ロゼはローライル家の相続権はないのですか?」
「マリーナールの個人的資産を相続させるつもりだ」
「母はどうしてそこまでロゼに依存したんでしょうか?」
「良く分からないが、マリーナールのお姉上の影響かもしれない」
「伯母様の?」
「大層優秀で、隣国の公爵家に嫁いでいる。マリーナールは両親に随分比較されて辛い思いをしたと聞いている」
「でも我が家に嫁いできたではないですか」
「魔力なしを生んだと義父親に責められたようだ。マリーナールは手放したくなかった子供を一時的に手放した罪悪感がそうさせたんだろう。言い訳になるが私が王宮会議で家に居なかった間のことだった。
義父は医師や侍女には口止めをした。マリーナールは「髪が白い子供、魔力なし」だけで義父の命令で預けた孤児院を見つけてきたんだ。あの頃はエリーナの魔力過多症が酷く生死をさまよっていたからマリーナールは一人でも子供を救いたかったと思う」
「それがロゼですか。生きて病と闘っているエリのことは構わず。ロゼだけを囲い込む母を私には理解できません」
「お兄様とお父様はエリーナのとこに来てくれました」
「それは我が子だからだ。まだ幼いのに朦朧とした意識の中で家族の名を呼んでいた。変われるものなら変わってやりたかった」
「母は一度もエリの所に顔を見せなかった。捨てた子に罪悪感があるなら、エリにも罪悪感を持つべきだ。エリは目の前にいて母に捨てられた。それ以上にロゼとの家族ごっこを見せつけていたんだ」
「セドリックは母に厳しいな。エリーナ、母に捨てられたわけではない。エリーナの病を正面から受け止めることが出来なかっただけだ」
「母に厳しいですか?当たり前です。四公の公爵夫人として働くべきです。父一人に負担をかけるのはおかしいです。さらにエリのお金を使いこむなど許せない」
「セドリックのように人は真っ直ぐには生きていけない。マリーナールは弱かったんだ。弱さは罪じゃない。夫は妻を守るのも仕事だ。ロゼリーナには悪いが、マリーナールの側にいてもらう。その代わりここを出ていく時はマリーナールの資産を持たせるつもりだ」
「父上は母を愛しているのですね」
「そうなんだろうか?マリーナールを守れなかった私の罪悪感かもしれないな。セドリック、母を嫌うでないぞ。今は変わってしまったが、楽しい記憶もあるであろう。人は弱い者だ。それを知って強くなれ」
父の言葉には重い思いがあった。「双子の本当の妹を探さないのか?」とは父に言えなかった。もう亡くなった母方の祖父からは本当のことは聞けない。医師も侍女も父が罰を与えただろう。
父のことだから孤児院に調べに行ったが、その日孤児院の前に捨てられた子供はロゼだけだった。だからこそ父は一度は我が子と受け入れた。父は再度探しただろうが見つからなかった。父にさらに罪悪感が重くのしかかった。
しかし、高位貴族は血の系統を大切にする。親子鑑定は別に珍しい事ではない。ロゼが父の子でないと分かった時、父は何を思ったんだろう。セドリックには分からない。
ただこれからも二人の妹を見守るのが兄の務めになる。父の負担を少しでも軽くするために自分がしっかりしないといけないと思った。
母が迷惑をかけた女生徒は確かハリスの知り合いだった。妹のしたことを兄として謝らなければならない。「古代語」に興味があるならお祖母様に何かないか聞いて見ようとセドリックは考えた。
*********
父は相当怒っている。母の言い方が悪かったんだろう。母を見れば父の怒りに驚いたままだった。家に帰ってから、父は母と私を本邸から別邸に移させた。母に聞いても要領が得ない。
「お兄様、どうして?」
「ロゼは勘違いしている。公爵令嬢はエリだけだよ」
「どうして?双子でしょ!」
「ロゼは孤児院からここに来たこと覚えているよね」
兄の念押しの言葉がやけにきつい。薄っすらだが孤児院にいた記憶がある。それは間違いだと母に言われてからは考えないようにしている。
「そ、それがどうしたというの。お母様がエリが死んだら娘がいなくなるから娘が欲しいと言ってロゼを養女にしたことは知っているわ」
「母上はロゼだけいればいいんだから、別邸でもいいだろ」
「お母様が本当は魔力がない双子の一人を孤児院に預けただけだと言っていたわ。それがロゼだとお母様は言ったわ。お父様の娘です」
兄は「君の信じる道を歩めばいい。でも、お母様は公爵夫人は降りることになるから」と言った。何を言っているの。お母様とお父様が離婚しない限りお母様は永遠に公爵夫人だわ。それなのに。お兄様は、「心の病だから別邸で静養するんだ」と言った。
「お母様はしっかりしているわ。「心の病」なんかじゃない」
ロゼは別邸に移ることが許せない。母はなぜ別邸に移るか説明を受けても理解をしていない。きっとセドリックやエリが母親に愛されないことにやっかんで、お父様に要らぬつけ口をしているとしか考えられない。ロゼリーナばかり贔屓にする母親を俺もロゼリーナだって理解できない。
「エリのやっかみだわ。お父様は騙されているの。私がお父様に言えば本邸に戻れるはずだわ」
母を残しロゼリーナは本邸の父の執務室に向かって飛び出した。ロゼリーナは弾む息を整えたが、父の許しも貰わず執務室のドアを開けながら大声を出した。
「お父様、お母様はロゼのことを案じて過剰に反応してしまっただけです」
中にいた事務官は父の指示ですぐに執務室から出ていった。
「それがいけないんだ。高位貴族はすべての貴族の見本にならなければならない。一つの間違いで足をすくわれることもあるのだ。今回は執事と学園長が早めに知らせてくれたから、我々も早く伺うことができた。そうでなければどんな悪評が広がったかわからない。ロゼの虐めのことも連絡が来ていた。君とも話し合う予定だった」
「わ、私はちょっとした、、」
「君のその考えが間違えていることに気が付かないのか?言っておくけど今回の件にセドリックもエリーナも関与していない。あくまで当主である父の判断だ。マリーナールはロゼを手離ばなさないし、君もマリーナールのそばが良いだろう。母親の静養に付き合ってくれることを願うよ」
父はそれだけ言って、ロゼリーナを執務室から退出させた。ハリスやエリではお母様の心は安らげないだろうから別邸でも今までと同じ暮らしなら問題ないと父はロゼリーナに告げた。
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