42 冬の長期休み(1年) 2
さらに筆記帳を呼んでいくとマロンとの出会いや成長の記録が書かれていた。自分の知らない子供の頃の話は気恥ずかしい。
ユキから聞いていたのでそれほど驚くことはなかった。マロンは教会の前で捨てられていたのに気が付いたおばあ様がそのまま引き取ってくれた。マロンは赤子の頃は髪は白色をしていたことに驚いた。今は栗色と言っていいほど濃い茶色になっている。人の髪は色変わりするのかとおばあ様は心配していた。
「ユキ、人の髪の色は変わるの?」
「人は変わらないと思うが、魔物は成長や老化、季節、などで変化するのもいるぞ」
「マロンは赤子の時に髪の毛が白かったと書かれている」
「年を取ると白くなるから、、マロンは若返っている?」
「変なこと言わないで、「魔力がない子」だと言われていたからかな?」
「魔力なしでも平民は色々の髪の色してるぞ」
ユキに言われてみればそうだ。少しずつ色変わりしていたので改めていつから変化したかは分からない。
「分からないことは分らないでいいじゃないか。そんな事に拘るより、魔力があったことの方が不思議だろう。マロンを置き去りにした親は残念だったな。こんな良い子を捨てるのは間違いだ」
「ユキ、ありがとう。でも捨ててくれたからおばあ様に会えたから良かったのよ。ロゼみたいになったら嫌になっちゃう」
「ロゼ?」
「ロゼって言うのは同じクラスの公爵令嬢のエリーナの妹のこと。会うたびに双子のエリに迷惑をかけるの。自己中心的で、衝動的な思考と行動、自己顕示欲が強くて、節度のある行動がとれない我儘な子供」
「随分嫌っているようだね」
「エリザベスの言葉は遮るし、「田舎貴族」なんて言うんだもの」
「ああ、公爵家でそんな子供が育つのか?」
「よくわからないけど、病弱だったから甘やかしたのかな?でもエリはしっかりしている」
「マロンも何か言われたのか?」
「グランド商会に出入りしているのを見て、「庶民街で働きながら学園に通うなんてお可哀そう。少し「陣取り」が強いからと目立つ行為は恥をかきますわよ。運だけでSクラスの方」なんて言われたわね」
「ほーー」
「なんか「貧乏貴族」と言う噂が広がっているね。気にしていないけど」
「商業ギルドに金があるのにな」
「貴族位高ければ徳高きを要す」とおばあ様は基礎教育の柱の一つにしていたと言っていた。親ばかりでなく子供を育てる環境が大切なんだと思う。ロゼリーナは何が切っ掛けで双子のエリーナと違う育ちをしたんだろう。親の甘やかしだけでそうなるものか不思議だった。
Sクラスの生徒はみな個性的ではあるが、相手を受け入れ、相手を知ろうとする。レイモンドだって、最初こそ我を通すところがあったが、最近はそんなことがなくなり、臣下降籍することを踏まえ貴族の在り方を学んでいる様子が見られる。
「○○様を紹介して」
「○○様のお好きな物は?」
「○○様は婚約者がいるか?」
「○○様をカフェに連れてきなさい」
「何であなたがSクラスなの。不正ではなくて」、、、
「学園に何しに来ているんだ?」
「より良い殿方、お嬢様を探しに来ているみたいなの。唯一下位貴族のマロンは小間使いにしても良いと思ってるみたい」
「なかなか面白そうだな。来年度は寝てばかりでなくあちこち偵察してみるか?」
ユキの不穏な言葉にマロンは「ほどほどに」と言うしかなかった。おばあ様が庶民の生活になかなか慣れずお隣のカリンさんに随分世話になったと書かれていた。人が生きていくには多くの人の手がかかっていることをこの生活をして実感した。鍋を焦がしたり、ナイフで指を切ったり、と大変だったと落ち込んだ記述もあった。
「マロンが笑った。マロンが歩いた。マロンがしゃべった」特別大きな文字で書いてあった。その文字をマロンは指で擦った。「マロンがナイフを持って初めて台所に立つ」「マロンの料理は美味しい」「パン屋に勤める」「刺繍の腕はもう少し修練がいる」、、
現世の記憶さえ薄らいできたときおばあ様は「ロバートに魔法鞄を頼む」マロンに本などを遺していくことにしたようだ。ロバートに預けてあった物もすべて魔法鞄に収納した。ユキを相手に筆記帳を書きながら昔話をして過ごした半年ほどは穏やかな日々でよかった。
「シャーリーンは人生の最後にマロンに出会えてとても幸せだった。ただ、マロンが孤児院で過ごしていたら生みの親が引き取りに来ていたかもと思うと、マロンに申し訳なかったと言っていた」
「捨てた子供を拾い直してもきっとうまくいかないと思う。捨てた時点で親子の縁は切れた。そしておばあ様が拾ってくれたことでおばあ様と縁が出来ただけ。もしお金持ちや貴族だとしても今より楽しくは過ごせなかったわ。ユキにも出会えなかった、
「ああ、そうだな。マロンに出会えなかったらユキは消滅していたな」
「消滅?」
「もう魔力がすっからかんだった。ただ風に飛ばされ街に落とされた。マロンの美味しい魔力にしがみ付いたんだ」
「どうしてそんなになるまで」
「仕方ないだろ、色々あったんだ。そのうち話してやらないこともないけど。今は自分の恥を話したくない」
ユキはふわふわの綿毛を揺らしマロンから離れていった。「ケサランパサラン」のプライドだろうか?無理に聞くつもりはない。マロンはユキがいるだけでよかった。
もうすぐエリザベスとハリスが帰ってくる。何か新しいおやつを考えておかないといけない。「マロンのおやつを楽しみにしてる」と出かけに二人に言われた。思い出に浸るのはここまで、筆記帳の食べたい物の項目を開く。簡単で美味しい物を探さないとならない。
「芋の薄切りフライ」「甘い芋焼き」を選び出した。前回ロバートさんの土産の中に新種の赤い芋が入っていた。美味しい食べ方を考えてくれと言われている。
赤い芋は乾燥した砂地で出来る芋だが、焼き芋以外食べ方がないらしい。知り合いに貰ったが男は焼き芋をそんなに食べないので、なかなかさばけない。「荒れ地の赤芋」と言う名が悪い。食欲を失くす名前。おばあ様の記憶の女性は手先が器用で料理や裁縫なども仕事でなく楽しむためにおこなっていた。
おばあ様は早くにお料理の修行をしたら有名な料理人になっていたかも、、それはないか。鍋を焦がし焼き物は炭になる。それに女は料理人にはなれない。男性だけと決まっている。女は下ごしらえ迄だ。マロンは夢の女性にはなれないけど、おばあ様に再現したものを見てもらいたい。
「夜更かしは美容によくありません。規則正しい生活は身も心も健康に保ちます。マロンさんは寮生活だからこそ生活リズムを崩してはいけません」
ユキと筆記帳の話をして夜遅くまで起きていた。翌朝エリザベスがいないのにルリーニに起こされてしまった。
マロンには厳しいお小言だった。ルリーニはマーガレットに似てきた。タウンハウスに来た時は少し頼りない執事と侍女長だったのに、随分マーガレットに鍛えられたようだ。昼からは料理長とおやつの試食会をして完成したら出来立てを二人に食べてもらおう。
最近は調理長以外に二名が参加するようになった。順番制でマロンのお菓子作りに参加するようになった。一人は芋を薄切りにして水でさらしたのち布巾で水を切る。水切りした芋は鍋に油を多めに入れて熱した油で数枚ずつ揚げていき、油ぎりしたら塩を少し振りかけて試食。もう一人は芋を茹で、皮をむいて潰しバター、砂糖、ミルクと塩少々入れて良く練りあわせ、親指大に形を整える。窯に入れて焼き目が付いたら試食。両方とも皆が喜んでくれたので、赤芋のレシピ登録をすることになった。
『美味しい物は人を幸せにするというが、ユキも幸せだぞ』
ユキはマロンの部屋で皿の上に乗った薄切芋の油揚げを食べている。芋くずを綿毛に沢山付けている。そのまま動いたら芋くずで油汚れになってしまう。
「ユキ、そのままじっとしてね。「クリーン」はい、動いても良いわよ」
「俺は汚れていないぞ」
「芋の屑が綿毛についていたの」
「あ、ありがとう」
「ユキはまた旅に出るの?」
「そうだな、いずれ出ると思うけど、マロンと共に入れる間は一緒にいようと思うぞ」
ユキは綿毛を揺らしながら、いつものハンカチの所に移動した。満腹になったのかそのうち動かなくなった。ユキは本来魔力だけで生きていけるのに、人の食べ物の美味しさを知ってしまったようだ。もうすぐ、寮に戻る。ユキがいてくれて嬉しいのはマロンの方だ。
こうやっておばあ様の事を話せるのはユキしかいない。不思議な記憶を持つおばあ様の秘密は誰にも話すことは出来ない。おばあ様も誰にも話していなかった。
常識から外れたことを嫌う貴族として躾けられたおばあ様は、この記憶に蓋をすることで貴族令嬢として生きてきたんだと思う。貴族でなくなった時、初めて記憶を掘り起こしたんだろう。マロンに見せるというよりおばあ様の記憶のかけらを書きだしたに違いない。
それでもこうやって筆記帳を読み返し、ユキの話を聞くと別の世界のお伽噺のようで楽しくなる。ユキはマロンと共に居てくれると言った。マロンもユキと共に居ると約束する。マロンはユキの柔らな白い綿毛を優しくなでた。




