41 冬の長期休み(1年) 1
1話が長いので、次の更新は翌日になります。
冬の長期休みに入るもハリスはエリザベスと王都で過ごしている。今年の冬は辺境に帰らないようだ。マロンは長期休暇はエリザベスの誘いでタウンハウスで過ごしている。部屋は使っていないのに綺麗に整えられていることに感謝しかない。
「マロンさん、戻ってきてくれてよかったわ。マーガレット様の代わりに私が抱きしめますね。「お帰りなさい」。料理長が首を長くして待っていたのよ。学園に手紙を出したいとまで言い出して止めるのに苦労したわ。私もあなたの笑顔が見れてほっとしたわ。寮生活は大丈夫だった?」
ルリーニの迎えの言葉と優しく包み込む腕の暖かさに胸が熱くなった。マーガレットがルリーニに頼んだのだろうけど、「お帰り」の言葉と共に抱きしめられたのはおばあ様とマーガレットだけだった。人の縁はこうして広がっていくのかとマロンは思った。
初日こそ三人はゆっくり過ごしたが、翌日にはハリスは騎士団の訓練に参加、エリザベスはサービナ夫人と共に過ごし、マロンはロバートのとこに通う。それぞれが別々の事をしても夕食は共に取り、寝るまで談話室で過ごすことにしていた。
雪が深くなる前にオズワルドがタウンハウスに訪れた。オズワルドの訪問はさらにタウンハウスに花を添えた。オズワルドの辺境領の話、ハリスやエリザベスの学園の話に大いに笑い楽しい時を過ごした。
セバスから新しい魔道具が届いた。魔石コンロを使わずお湯を沸かす道具だった。ティーポット型をしている。寮で使うようにと手紙が添えてあった。マロンから貰った房飾りのおかげか怪我も病気もしていないと書き添えてある。
マーガレットはオズワルドともに辺境領に戻ることになった。ルリーニの教育も終わりエリザベスのタウンハウスでの生活も落ち着いたからだ。辺境の義父が淋しがっているだろうから仕方ない。マロンはマーガレットとの時間を増やした。刺繍をしたり、房飾りを作ったり、「冷菓」の作り方を教えたりして過ごした。10日後オズワルドとマーガレットが辺境に帰っていった。
マロンは義両親に魔蜘蛛の繋ぎ糸玉を使って、お揃いの「みさんが」と言う組み紐を作って手渡した。「夫婦仲良く、家庭円満」を願ったものだった。
「この年でお揃いは恥ずかしいわね」と言いながらマーガレットは喜んでくれた。そして、「これもいい産業になるわね」と言うのも忘れなかった。二人が去ったタウンハウスは少し静かになったが、その分、ハリスが盛り上げてくれていた。「さすが、兄様、心遣いがこまかい」とエリザベスが感心していた。
静かな年明けにマロンは「甘い冷菓」のベリー味とミント味を作った。紅茶にぴったりな「甘い冷菓」に仕上がった。マロンはエリザベスやハリスの気遣いに感謝の気持ちを込めた。
「マロン、凄く美味しい。甘いだけでなくミントの清々しさがいいね。夏にも食べたいね」
「お兄様、ベリー味もなかなかですよ。色が鮮やかでベリーの酸味と甘さがよく味わえるわ。この「甘い冷菓」は加えるものによって味の幅が広がりますね」
「ほとんどの果物は使えるのではないでしょうか。ハリス様はミントティーが好きでしたから試してみたのです」
「これを夏に屋台で売ったら大儲けですね」
「王都の夏は暑いですから、作るのに魔道具がいくつも要りますし、時間がかかり人手や道具代で安くはないですね」
「さすが、若き商人!計算が早い。いずれは商店を経営するのかな?」
「それもいいですけど、マロンは「古代語」を調べていますから研究職も向いています」
「俺なら料理人になって美味しいものをたくさん作って欲しいな」
「それはダメです。マロンの美味しい物は私たちだけのものです。だって、同じレシピでもマロンほど上手には出来ないのですよ」
「それは分かるが、多くの人に美味しい幸せを分けるのも大事だぞ」
「研究職なら王都ですが、レストランなら辺境でもいいですよね」
「エリザベス、良い考えだ。マロン、どんな仕事に就いても良いが、就職先は辺境で頼む」
ハリスの一声に笑いが起きた。そんな会話を使用人たちは温かく見守っていてくれていた。
ハリスとエリザベスが泊りがけで数日出かけた。静かな自分の部屋で久しぶりに筆記帳を開くことにした。寮でゆっくり読めるかと思ったら思いのほか忙しくそんな時間は取れなかった。
「マロン、何処を読むんだ?お菓子か?」
「今日は時間があるから、おばあ様の「思い出の記憶」を読んでみようと思う」
「そうか、結構不可思議な世界だったようだよ。魔法が無かったんだって。それが普通だったと言っていた。「そのせいで自分が魔力がなかったのかしら。前世のせいなら仕方ない」とも言っていた」
「でも、平民は魔力が少ない。魔法も使えないけど困ってはいないわ」
「シャーリーンは貴族だから、周りは許してくれなかったんだろうな。それにバリバリの古臭い考えの親に育てられたんだから、その考えから抜け出すのはきっと大変だったと思う。白いと思い込んでいるものを黒だと言い換えるようなものだ。前世の記憶?がそれだけ大きかったんだろうな」
「おばあ様は折り合いをつけるのが大変でしたでしょうね」
「まあ、幼少期から一生家に尽くせ、貢げと言われていたから、それが当たり前だった。しかし、弟や妹が生まれたことで、自分だけが両親から受ける愛情?が違うことを知った。学園に進めば猶更だろう。シャーリーンのあまりに狭い世界が一気に広がったんだから、驚きと落胆に押しつぶされた。
それでも親からの呪縛に抜け出せない自分にも絶望した。だから、夢の記憶でも、「魔力がなくても自分らしく生きている女性」に強く惹かれたんだ。その彼女はシャーリーンは背中を押してくれたらしい」
おばあ様は1学年の終わり実家に帰った時、弟が何の教育を受けていなかった。ただ母の元で甘やかされた悪戯っ子でしかない。「シャーリーンが弟の代わりに当主の仕事を手伝えばいい」といって、父に執務室に連れていかれた時には随分落ち込んだ。執務室の机の上には未整理の書類が山済みだった。
「シャーリーンが帰ってくるから待っていた。助かるよ。後は頼む」と言って父は執務室から出ていった。
執事が深く頭を下げたが、主に文句など言えないのは分かっていた。取り残された執務室の様子を見れば、父が仕事をしていなかったのが分かった。自分の人生はこの家のため、父のため、弟と妹のためにあるのかと涙があふれた。泣いていても書類は片付かない。食事さえ抜かれるかもしれない。仕事を始めるしかなかった。執事が夕飯を執務室に届けてくれた。その夜執務室のソファーで夢を見た。
黒髪を一つに結び、男性でもないのにズボンと白いシャツに上着を羽織った女性が四角い乗り物を自ら動かして街中を移動していた。街は四角い箱のようなものが多数並び高さも様々だった。道は広く同じような四角い乗り物が多数走っている。もちろん馬車などいない。
女性はどこかの会議室か執務室のようなところで男女が一緒になって仕事しているところに入っていった。彼女は自分の意見を曲げない芯の強い人だった。男性たちは頭ごなしに馬鹿にする様子がなく彼女の意見を認めていた。
四角い乗り物に乗って、女性一人で夜の街にも出かけた。自分でお金を払い買い物をする。大きな書店で好きな本を買う。高級そうな食事処で見たことのない料理を食べる。
部屋に帰れば夜空の様な星の光が地上を覆っているのが見えた。魔法がないのに水もお湯も簡単に使用できる。ソファーに腰かけ目の前の絵が動く四角い箱を見ている。片手にお酒を持っている。信じられなかった。
その後は小さな四角いものに語り掛けている。誰かと話しているのかもしれない。こんなに自由に生きたい思いが強すぎて夢を見たのかと思った。でも、自分の知りえない風景や道具に驚いたが、それを受け入れる自分がいた。
魔力などなくても気にせず生きている姿はおばあ様には理想だったのだろう。マロンにも理解できない記憶の世界。でもそれがおばあ様を縛り付けた家から飛び出すきっかけになったことは確かだった。
働いたお金で自分が使えない魔法の本を買ったのも自分のため。魔法が使えなくても理論は学べる。「知識は力」のきっかけだった。四角い乗り物があれば一人でも旅ができると、他国の言葉を学び、他国の歴史や風土を知る。結婚はしなかったが、幼い子供の教育に関わることで人との繋がりを広げていった。きっと、夢の世界の女性に負けない生き方をしたかった。
おばあ様は仕事を最後まで勤め上げ、ゆっくりした老後をと思ったらマロンを拾って、慣れぬ平民の暮らしをしながら子育てをした。気が付いたら年を取り、薄れゆく記憶を書き留めようと思ったんだろう。この筆記帳をマロンに残そうとは思っていなかったとユキは言った。それでも、マロンの知らないおばあ様を知れて良かったと思える。
これはおばあ様の自叙伝。他人が見たら頭がおかしいと思われるかもしれない。マロンもユキもそんなことは思わない。希望が見せた夢だろうがおばあ様が幸せだったら問題ない。
「マロン、この世にはたまに「稀人、渡り人、落ち人」などいろいろ呼び名があるが、突然人が現れる現象だ。シャーリーンとは違うが、違う世界の記憶だけを持った人が聖域で発見されたことがある。ほとんどが教会で保護している。言葉も分からず、生活も生き方も違う世界に随分戸惑うようだ。中には精神を病む者も少なくない」
「ユキは詳しいのね」
「迷いの大森林の向こうにある国ではたまに稀人が現れる。あそこの国は「女神が守りし国」と言われている。だから聖域もあちこちにあった。俺が聞いた頃は妖精や精霊が住んでいたらしい」
「国の名前は?」
「名前は知らない。ユキが教会に仮住まいした時、女の子の稀人がいたんだ。「ママニアイタイ」と泣くんだ。ユキは可哀そうだから、遊んであげたんだ。意味は分からなかったけど、子供だから母親が恋しいんだろうと思ったんだ。
そのうちシスターに言葉や文字を教わり少しずつこの世界に馴染んでいった。子供はまだ修正が効くから良いけど大人は大変らしい。言葉は覚えられないし、読み書きができない。仕事も生活も慣れないんだ。それにそれを受け入れられないから言葉を覚えられず字も習わない。だからいつまでも意思疎通ができずに孤立していくらしい」
ユキの話を聞いて、おばあ様の記憶が明瞭でなくて良かった。夢の世界のように思えたから現実世界との大きな差異を受けなかった。おばあ様の秘密はマロン心の中に仕舞っておきます。ユキと久々にゆっくり話ができた。いつかユキの冒険談をマロンは聞きたいと思った。




