40 「陣取り」で終わった一年
「参りました」
静かな会議室にアレキサンドルの声が響いた。大きなため息が会議室を埋めた。さすがにレイモンドと違いマロンは苦戦した。前半はマロンのペース展開にアレキサンドルが振り回された様子だったが後半は着実にマロンの駒を返していった。
『ハリスが凄い顔しているぞ。ここで負けるは女が廃る。あそこに、、』
マロンは頭を振り、ユキの助言を止めた。相手が真剣だからこそずるはしない。
『悪かった。マロンはそんなことは望んでいない。負けても俺はマロンを責めないぞ。やれるだけ頑張れ』
固唾をのむ最終局面。アレキサンドルの視線が版の残り少ない空いた空間を見つめている。深読みしてマロンの奥先を塞ごうとしている。しかし、自分のすぐ前の空間に気づいていなかった。そこを抑えればマロンの勝ちになる。マロンはアレキサンドルの期待に沿って駒を置く。
確信したようにアレキサンドルが目指した場所に駒を置き3つマロンの駒がひっくり返る。周りの空気が弛緩する。アレキサンドルの勝利を確信した雰囲気が感じられた。そのすぐ後にマロンは目指す空間に駒を置いた。
「「「あっ、」」
陣取りの醍醐味、一機に駒が6枚マロンの色に変わった。先ほどの勝利への高まりの雰囲気が急落した。
「勝者マロン、良き勝負でした。2駒マロンさんの方の駒が多かった」
マロンは大きく息をした。「陣取り」は遊びではないのか?こんな対戦などしたくない。勝った、負けたと言って笑い合いたいのに。マロンの髪を「ポンポン」と誰かが叩いた。アレキサンドルが負けたことよりマロンが負けないことを残念がるなか辺境伯の兄妹だけはやけに清々しい顔を見せている。
「ご苦労様、さすがノイシュヴァン家のオットニーだ」
「マロン、カフェで、お兄様の奢りでお茶をしましょう」
「ま、待ってくれ。もう一度、、」
「アレキ、二度目はない。精進するしかないんだよ。クラスの仲間が相手をしてやる。弟の前で情けない姿を見せるな。女性に花を持たせろ」
「レイモンド済まない」
「いいえ、兄上、素晴らしい対戦でした。一手一手をよく考えられていました。わたしには物事を「熟考」することが欠けていました。ありがとうございます」
「学生の皆さん、良き友を得て、純粋に切磋琢磨していくことは学園のあいだしかできません。この良き対戦からいろいろのことを得てください。ただし、1年のマロンさんに勝負を申し込むことは禁止します。1年であること、男爵位であることを踏まえればわかりますね。ごり押ししてもそれは正当な対戦にはなりません。彼女の学園生活を守ってあげてください」
学園長の言葉に皆が拍手して、同意してくれた。その後しばらくはマロンは色々な方に声を掛けられたが対戦を挑まれることは無くなった。レイモンドもプーランクも5連勝はなかなかできなかった。
その後は陣取りよりも、「棒抜き」がSクラスを盛り上げた。誰でもができ、棒を抜くスリルと抜いた棒を乗せる時の緊張感がたまらない。それに誰もが対戦に参加でき、複数で遊べるのも気に入ったようだ。もちろん、レイモンドは兄王子たちと対戦をしたようだが、これはレイモンドが時には勝てるようで、機嫌が良い。
遊んでいるように見えるがSクラスの生徒は切り替えが早い。学ぶ時、遊ぶ時、気持ちの緩急の抑え方も知っている。これが出来るようになるのが結構難しいとユデットが言っていた。どんなことがあろうと心情を悟られるなと言い聞かされて育つのが貴族だと言っていた。
だからSクラスのみんなと陣取りや棒抜きなどするのは本当に楽しい。勝負より心から笑える時間はきっとこの学園生活の時間しかないと話す。学園を卒業すれば、立派な貴族令嬢としてふるまわなければならない。周りの令嬢は静かにユデットの言葉にうなずいた。
しかし男性はそこまで考えていないと思う。「男は子供だからね。それにSクラスの子息は跡取りだったり、王宮貴族の後継者だもの、女性ほど緊迫感はないわ」マロンは教室の隅で棒抜きで負けたレイモンドの声を聞くと頷けた。陣取り騒ぎが落ち着いたのを見計らったように、
「王族に勝つなんて恥知らず」
「どうせ不正でSクラスに入った」
「生意気」
「ちやほやされていい気になってる」
「平民街ではたらいているところを見た」
「貧乏なのに無理して学園に通わなくても良いのに」
しばらく収まっていたマロンの悪口が聞こえてくようになった。『頭のない奴らのやっかみだ。気にするな』ユキの言葉がなくても分かっているが廊下や食堂でじろじろ見られるのは良い気がしない。もうすぐ冬の長期休みになる。そんなものは消えてしまえと思っていると、もっと辛いエリーナがいた。悪口の大本がロゼリーナだった。
エリーナは幼き頃、魔力過多で別邸で乳母によって育てられた。魔力暴走の心配があったからだ。妹も体が弱く本邸で母のもとで別々に育った。妹は3才過ぎには回復したようだがエリーナは7歳頃まで治療にかかり、回復して本邸に戻るころには、両親と妹の家族の輪ができていた。決して蔑ろにされたわけではなかったが、超えれない壁を感じていた。
エリーナは別邸で治療中も家庭教師が付き基礎教育と行儀作法は施されていたし、父と兄のセドリックが時々会いに来てくれていた。父は「大丈夫か?不足はないか?」しか言わないが、帰り際には優しく抱きしめてくれていたとエリーナは話した。
「母様は?」エリザベスが思わず声がでた。自分と重ねたのかもしれない。
「来なかったわ。本邸に戻るまで母の顔を知らなかった。おかしいでしょ。でも貴族は仕事や社交で忙しく自分で子育てしない人が多いと聞いているわ。父と兄が顔を出してくれていただけでも十分なんだと知ったわ」
「妹さんは?」
「ロゼはね。母に甘やかされたわ。基礎教育も行儀作法も終了していなかったわ。「ロゼは病弱だから」が二人の言い訳の言葉だった。父は「諦めている」としか言わなかったし、兄は「俺はロゼが嫌いだ」と言い出す始末。母は、「姉だからロゼを助けてあげて」という。間に入って困っているの」
だからエリーナは甘え上手なロゼに振り回されているんだ。
「もう学園に入る歳なんだから、エリーナがロゼの世話を焼く必要はないわ。魔力量の高い公爵家の娘だもの自分のための時間なんて今しかないわ。エリザベスだって、他の級友もそうよ。いずれは責任のある立場になるもの」
ユデットの言葉にマロン以外の級友が大きく頷いていた。
「エリーナはどうしたいの。妹の面倒を見たいの?みたくないの?」
「みたくない。友達の悪口を言い出すなんて許せない」
「それならはっきり言った方が良いよ」
「母親のことが気にかかるのでは」
「わたしは母をとうに諦めているわ。だって、母親がいることも知らなかったもの」
ここにも親に見切りをつけた一人の令嬢がいた。
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