4 毛玉?
マロンの手のひらに乗った毛玉は、そのまま動かなくなった。何の重みも感じない。「これは何だ?」と思案しているところに、おばあ様から声を掛けられた。おばあ様の取引が終わったようだ。慌ててマロンは毛玉を地面に降ろそうと手のひらを反すも、毛玉はゴロゴロと手のひらから手の甲に移動して、決してマロンから離れようとはしなかった。マロンはおばあ様の所に仕方なく毛玉を連れて向かった。
「おばあ様、お待たせしました。荷物を持ちますよ」
「大丈夫、みんなここに入っているから」
おばあ様は小さな声でおばあ様は茶色のポーチを指さしていた。どう見ても刺繍糸や布地などが入る大きさではない。マロンが不思議そうにおばあ様の顔を見れば、「あとでね」と目で話した。
「マロンさん、手に乗っているのはもしかして、「ケサランパサラン」ではないですか?」
「「えっ、ケサランパサラン?」」
「昔私のおばあさんが話してくれた毛玉の妖精ですよ。聞いたことありませんか?随分汚れていますね。綺麗にしますよ。「クリーン」」
マロンの手の上にいた茶色の毛玉はふわふわの綿毛のような丸い小さな毛玉になった。埃や汚れでずいぶん大きくなっていたのか、赤子の握り拳ほどの大きさに変わっていた。綺麗になったのが嬉しいのか白い毛玉の綿毛がふわふわと揺れている。マロンとお婆さんが、白い毛玉をじっと見ているとロバートさんが声を掛けた。
「なんでもそれを持っていると「幸運が舞い込む」と言っていました。あくまでお伽噺ですよ。随分小さくなりましたから何かの花の綿帽子でしょう。でも夢があっていいではありませんか」
「おばあ様お家に連れ帰っても良いですか?」
「そうね。悪い物ではないなら家に居てもいいわよ。綿帽子なら自分で飛んでいくでしょう。その時は諦めるのよ。花には花の人生があるのだから」
「信じるものは救われる」と言いますから。「ケサランパサラン」と思えばいいのではありませんか。わたしに譲っていただいても、、」
ロバートさんがそう言った途端に白い毛玉は、マロンの腕を登りマロンのふわふわした茶色の髪の中に隠れてしまった。「ケサランパサラン」様はマロンさんが良いようなので、わたしは諦めることにします」
ロバートさんが簡単に諦めたので、そのまま毛玉はマロンの家に連れて帰ることにした。毛玉のことが問題ないならあとはおばあ様のポーチの秘密が知りたい。マロンは駆け足になる自分を抑え、お婆さんとゆっくり自宅に向かった。
毛玉は歩き出したマロンの頭の上に出てきて周りをきょろきょろ見ているのか、髪の毛がもぞもぞ動く。外から見たら髪飾りにしか見えない。毛玉には目があるのだろうか?口は?手足は?分からない事ばかりだ。おばあ様はすべての荷物を持っているのにとても身軽に歩いている。あれは絵本に乗っていた魔法袋なのかもしれない。想像するだけでにやけてしまう。
「マロン、そんなに毛玉が嬉しいのかしら?」
「ええ、とても嬉しいです。おばあ様が一人で留守番していても毛玉が一緒にいれば淋しくないでしょ」
「あぁ、パン屋に働きに行くのは、諦めていないのね」
マロンは街のパン屋「小麦のパン」に朝の忙しい時間だけ働きに行くことにした。まだ5才だから店先の掃除やパン屋の店先の準備の手伝いぐらいしかできない。にいつもパンを購入しているお店だった。
跡取りの息子さんが隣町のパン屋に修行に出ていったことで人手が不足した上、女将さんのエマさんの怪我で困っているところにマロンが採用された。女の子が欲しかったエマさんは喜んで迎え入れてくれた。
「おばあ様、朝の早い時間だけです。お昼前に帰ってきますから勉強の時間には間に合います。朝ごはんは作って置きますから。それに街の生活を知るのも大切です。お給料も出ますし、美味しいパンも付いてきます」
我が家の台所にはパンを作る窯がない。庶民は共同のパン窯があるのだが使用料がかかるし、壊したら大変。カリンおばさんも無理せずパンを買いなさいと言っていた。おばあ様の朝の食事をテーブルの上に準備しておけば、あとは刺繍したりして昼前まで過ごしてもらえればよい。お昼は焼きたてパンがご馳走になる。
「そうね。何かあったら隣のカリンさんを頼ることにするわ。マロンが働くのはまだ早いと思うけど、世間を知るのは大切だわね。私のようになっては困るもの。カリンさんがいてくれて本当に助かったわ。まさかパンを焼くのに竈を使うなんて知らなかったわ。お料理も洗濯もしたことなかったから最初はカリンさんに迷惑かけた。マロンの方がよっぽど器用よね」
「おばあ様は家事炊事は出来なくてもお勉強ができるし、立ち居振る舞いも綺麗だわ。刺繍なんてこの町一番だってロバートさんが言っていたわ。あっ、私のハンカチは?」
「大丈夫よ。ロバートさんが買い取ってくれたわ。「これからもお願いします」と言っていたわ。糸目もきれいだし色合いも若向きで華やかでいいわ。わたしにはだせない構図や色合いだわ。よく頑張りましたね、マロン」
おばあ様はめったに褒めないが今日は大盤振る舞いだ。
「やった!頑張った甲斐があった」
思わず小躍りしてしまった。これも毛玉の持ってきた「幸運」かもしれないと頭の上の白い毛玉をマロンはそっと撫でた。そんなマロンをおばあ様は愛おしそうに見つめていることにマロンは気が付かなかった。
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