34 親の事情と子の心
辺境に比べれば随分暖かい冬の始まりの夜、タウンハウスに来て初めてエリザベスがマロンと一緒に寝たいと言って来た。秋にオズワルドが来て以来少し元気がなかったエリザベスの様子がマロンは気になっていた。
「マロン、お父様はお母様とお別れしたの」
エリザベスは辺境領にいた時も母親のことでひどく落ち込むことがあった。その時もオズワルドやハリスのおかげで持ち直した。マロンはエリザベスの体を優しく抱きしめた。大人の事情など分からないが、子供には関係ないとは言えない。貴族の婚姻は家と家との契約。色々な柵があって成り立っている。エリザベスの母親にマロンは一度もあったことがない。エリザベスさえ三年以上あってはいない。
「お母様は妹を生んだけど、お父様の子供ではなかった」
幼いエリザベスを手放して王都で不倫をしていた。あの厳しい辺境領で夫や息子が国を守っているのにと思うと悔しくなる。母親を恋しく思う気持ちに蓋をして頑張ってるエリザベスをどう思っていたんだろう。
「お兄様は随分前から知っていたみたい。だから寮にも入ったし、冬は辺境に戻ったのね。兄にとっても辛い事だったろうに私の事を優先してくれていた」
「ハリス様は優しいですからね。それにエリザベス様を大切にしています」
「そうね。あんなにいい息子をどうして捨てれるのかしら?」
「ハリス様もオズワルド様も捨てられてはいません。奥様が幸せを手放したのです。それに家族は物ではありません。拾ったり捨てたりできるものではないと思います」
ハリスが冬の厳しい中、辺境領に帰ってきたのは妹思いだけでなく、母親のことがあったからかもしれない。
ハリスは王都の街に友人と出かけた際に母が父とは違う男性と腕を絡め歩いているのを見た。元よりタウンハウスを留守にしがちなことに不信感があったハリスは寮生活を選んだ。ハリスがいなければ母親がタウンハウスにいる理由はない。幼いエリザベスの所に帰るべきだと母親に訴えた。
「父は王都に出る前に「エリザベスが学園前に王都に来ることは分っているから、ソフィーナがタウンハウスに戻り、エリザベスのために手を尽くすなら、オズワルドは今回のことは目を瞑るつもりだった。王都育ちのソフィーナにオズワルド自身が寄りそえていなかったのかと後悔している」と話してくれた」
「貴族の結婚は家の利益や政略的な繋がりで結ばれるとサービナ夫人から聞きました。それでもお互いを尊重し合うことで家族になる努力が必要だと言っていた。オズワルド様は優しすぎたのかな?」
「父は私のために母に時間をあげたんだと思う。もう私は大丈夫だからと伝えたの」
「お嬢様のせいではありません。夫婦の問題です」
「分かっているんだけど、、ね」
「明日、新しいおやつを作ります。楽しみにしていてください」
「やっぱりマロンはわたしの理解者ね。そうと分かったら早く寝ましょう」
そう言って、エリザベスはマロンに抱き着いてきた。冷えた心を温める方法はマロンには分からない。もしマロンを捨てた親を知ったら許せるだろうか。親と言う者に愛情など最初から持っていない。だからマロンにとって親に持つ感情は「無関心」しかない。
エリザベスの優しい心を踏みにじる「母親」という存在が憎らしくなる。マロンは小さき存在だがいつまでもエリザベスの味方でいようと決めた。そっとエリザベスの背に手を当てマロンはおばあ様の事を思い浮かべ、暖かな気持ちでエリザベスを抱きしめた。
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エリザベスの母、ソフィーナは伯爵家の長女だった。跡取りの兄がいたので、比較的自由だったのか、貴族令嬢によく見られる「二分の微笑み」「貴族的微笑み」ではない朗らかな所が可愛らしい女性だった。それでも学園の成績は良いので男女問わず人気があった。
ソフィーナは一目ぼれで格上であったがオズワルドに恋をした。婚約の申し込みを父に頼んだ。厳しい辺境でもやっていけるとソフィーナは自信があった。オズワルド自身はソフィーナの学生の頃を知っていたので、良縁と思い縁を結んだ。結婚後は王都のタウンハウスで過ごした。オズワルドは優秀なために遠征や高位貴族の護衛などで家を留守にすることが多かった。
ソフィーナは結婚しても王都のタウンハウスで、結婚前と同じように友人に会い、お茶会に参加し、観劇に出かけたりと優雅に暮らしていた。跡取りのハリスが生まれても、子育ては実家の助けがあり乳母や侍女にほとんどの育児を任せていた。オズワルドは結婚して5年後騎士団を辞めた。父ダウニールの怪我により辺境伯の引継ぎしざる負えなかった。8年ほど王都に住み家族は辺境に戻った。
辺境領の女主人としての仕事を姑に習いながら子育てもしなければならなかった。慣れない辺境の生活にソフィーナは困惑した。友人もいない。お茶会や観劇に出向くこともない。オズワルドは魔物討伐に出向けば一月ほど帰らないこともあった。そこに妊娠、出産が重なり思うままに動くことの出来ないことに苛立ちが募る。
王都では公爵と同じ辺境伯と言う立場で社交界では上位の立場にいられた。誰もがソフィーナにすり寄る。流行の発信者と皆に持ち上げられ、男性の途切れない誘いに心が満たされたのに、辺境では満たされることがなかった。二人目の子供が生まれ辺境伯家は大喜びしたが、ソフィーナは仕事が終わったとしか思えなかった。
姑が亡くなり、ソフィーナの肩に女主人の重責がかかって来た時、ソフィーナはハリスの進学のために王都に一時戻る機会を得た。オズワルドはハリスのためであったが、ソフィーナの気分転換にと王都行をすすめた。年四回の王都での時間をオズワルドは大切にしていた。しかし、ソフィーナは実家の母の見舞いや介護にと言ってはタウンハウスを留守にするようになっていた。
ソフィーナは見目の良い男爵家の次男から秋波を送られその気になってしまった。実家で隠れて会う逢瀬はあまりに魅惑的だった。父からは早く辺境に帰れと言われていたが、あの厳しい世界には戻りたくはなかった。それでも辺境伯夫人と言う地位は手放せなかった。
そして妊娠、気が付いた時は堕胎薬を飲むことが出来る時期ではなかった。実家の母はオズワルドが喜ぶと言ったから、「安定期が来るまでまだ秘密にして」と言い聞かせた。でも母は、辺境伯家に、それもエリザベスに手紙を出した。オズワルドが来た時には大きなお腹をしていた。「生れた子がノイシュヴァン家の子供なら子供だけ引き取る」と言って帰っていった。
オズワルドはわたしの不倫を知っていた。オズワルドだけではないハリスもエリザベスもだった。今更辺境には戻れないし、戻りたくない。生れた子供はオズワルドの子でなかった。離縁の書類にサインをして、不倫相手と子供と暮らすことを決めた時には男はいなくなっていた。
「何てことをしてくれたんだ。支援金が無くなる」
「支援金?」
「お前が贅沢に暮らせたのはオズワルドが実家に迷惑をかけるからと、支援金を贈っていてくれたんだ。まさかよその男の子を生むだなんて、分かっていたら妹の子供にでもしたのに。どうするんだ」
「でも領地から収入があったでしょ」
「あったが、贅沢な生活になれた妻や弟、おまえを養えるだけの額には到底足りない。まして、男爵の次男は子供だけ残して逃げ出した。これからどうするんだ」
「大丈夫よ私は辺境伯ふじ、、もう使えないのね」
「それどころではない。つけで購入した物の代金の請求が来る。その支払いだけでも頭が痛い。貴金属は売りに出すからな」
ソフィーナはそれでも自分の魅力があればどうにでもなると思っていたが、ぴたりとお茶会の招待状が来なくなった。来ても低位貴族のお茶会には出向く気にならなかった。オズワルドの再婚相手の希望者ばかりだけだ。
ソフィーナは街のグランド商会でハリスと大きくなったエリザベスを見た。輝くような笑顔を隣の友人に向けていた。その二人をハリスが慈しむように見守っていた。自分が戻る場所がない事を知った。
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