3 外れスキル?
「シャーリーン様、息切れしていますよ。そんなに急がなくても良かったのに。お水をどうぞ」
そう言って、ロバートさんは何処からか出したか分からないが、きれいなガラスのコップに水を注ぎおばあ様に差し出した。
「あら、魔力水かしら。ありがとう。疲れが取れるわ」
おばあ様は素直にロバートさんから、コップを受け取ると少しずつ飲み干していた。おばあ様はよほどのどが渇いていたようで、いつもの優雅さは控えめだった。マロンなら一気飲みして「お替り」と言ってしまいそうだ。
それよりガラスのコップをロバートさんは何処から出した?水を灌ぐ前にコップが淡く光りその後水が湧いて出たように見えた。マロンがコップをしげしげ見ているのに気が付いたロバートさんが、マロンに声を掛けた。
「マロンさん、魔法は初めて見たのかな?」
「魔法?ロバートさんは貴族様ですか?」
「いやいや違うよ。わたしは平民ですが、スキルとして「生活魔法」いただいたのです」
「えっ、外れスキル、、ごめんなさい」
「そうです。私も最初は外れスキルだと残念に思いました。しかし魔力量が少し多かったせいか、出来ることが多かったのです。「生活魔法」は生きていくうえで便利になるための魔法です。魔力量が少なければ確かに火をともす程度のことしかできませんが、魔力が増えれば今のように物を収納することもできます。水も出せるし、汚れ物を綺麗にすることもできます。女神からのギフトに「外れ」はないのです」
「魔力って増えるのですか?」
「これは秘密ですけど、毎日魔法を使うことが大事だそうです。わたしは「祝福の儀」から毎日夜寝る前に小さな灯を消えるまでつけていました」
「灯をつけっぱなしにしたら火事になりませんか?」
「火種でなければ大丈夫ですよ。悔しいっじゃないですか。「外れ、外れ」と兄たちに小馬鹿にされて随分悔しい思いをしました。だからこそ兄たちのスキルに負けないように、商人に必要な勉強も頑張りました。兄たちは「計算」「商才」なんてスキルを貰ったせいで、それに胡坐をかいて結局は何も身につきませんでした。「スキル」はあくまで女神さまからのご褒美です。それだけでは生きてはいけません」
「ロバートさん良いことを話してくれました。マロン、どんな「スキル」でも感謝しなければなりませんよ。ロバートさんは「計算」「商才」と言うスキルがなくても王都に店を構える立派な商会の旦那様ですからね」
「それを言ったらシャーリーン様だって、学院を首席に卒業して、王宮では珍しい女性文官として働き、その功績を認められて公爵家の侍女から家庭教師になられたではありませんか」
「おばあ様は王都で働いていたのですか?」
「まあ色々あるわね。いつかゆっくりお話しするわ」
「マロンさん、わたしとシャーリーン様は学園の同級生でした。物静かな方でしたが芯の強い女性でしたよ」
そう言いながらロバートさんは昔を懐かしむように、おばあ様の方を見た。おばあ様は少し頬を赤らめながらマロンの服の布地見本を見始めた。「祝福」の日に着る服は若草色の布を選んだ。マロンはくずガラスを刺繍しながら服に縫い付けるこを、おばあ様に提案してみた。
「そうね。マロンにとって晴れ姿だから良いかも。一緒にいろいろ工夫してみましょう。他には刺繍糸と、、」
マロンは先に取りそろえた刺繍糸や針、リボンなどをおばあ様に見せた。「あらまあ、お買い物上手になったわね。他にないか見ていて頂戴。ロバートさんと商品の受け渡しをしますから」
マロンは「わたしの刺繍入りハンカチをよろしくお願いします」とおばあ様に伝え、他にめぼしい物はないかあちこち見て歩いた。マロンの生活費はすべておばあ様から出してもらっている。「大丈夫よ。長年働いたから、マロンと二人で暮らすぐらいの貯蓄は十分あるわ。それに公爵様から頂いたあの家があるんだもの全然心配ないわよ」と言われていた。
それでもマロンは早く独り立ちして、おばあ様に安心してもらいたかった。おばあ様は最近咳をしたり食欲が落ちている。診療所に行こうといっても言うことは聞いてくれない。「もう十分長生きしているわ。マロンの花嫁姿を見るのが楽しみよ」と言って煙に巻いてしまう。
おばあ様は学園に通って王宮の文官になったということは、おばあ様は貴族なのかもしれないとこの時は少し考えたが、目の前の雑貨に気を取られてしまった。マロンの目の前に茶色いふわふわした毛玉が転がってきた。そしてマロンの足先にぶつかった。マロンは毛玉にぶつかった足を動かすと、その毛玉はふわふわと転がりながらマロンの動かした足の方に転がっていった。
再度マロンが毛玉をよけるように歩き出すとその毛玉は器用に他の人の足をよけながらマロンの足元に転がってきた。足を動かせばふわふわとその後をついてくる。これは単なる綿埃や毛糸玉ではない。好奇心旺盛なマロンは、人通りの少ない場所でかがんで茶色い毛玉に手を差し出した。茶色い毛玉はコロンと自らマロンの手のひらに転がってきた。