25 辺境の心得
マロンとエリザベスは護衛と共に城壁の外に出向いた。来春にはこの地を離れるエリザベスに「魔物」を見せに行くことになった。これは辺境の厳しさと辺境家の意義を学ぶための教育の一つだった。ハリスは王都に行く前に騎士団の訓練に参加し、魔物討伐にも参加している。この土地を守ることが国を守ることだと学ぶためだ。ハリスはいずれ対人戦も学ばなければならない。
マロンとエリザベスは普段のドレスでなく、兵士の茶色のシャツとズボンをはき、胸当てをして城壁から外に出た。そこには頑丈な檻に入れられた大きな魔兎がいた。マロンたちを見つけた魔兎は檻をガタガタさせ「ブーブー」と大声をあげた。普通の野ウサギは可愛いが、牙をむき出しにし、鋭利な角を持ち、赤く充血した鋭い目を持つ大人以上に大きな魔物は恐怖しかなかった。
初めて見る魔物にマロンは、魔兎が後ろ足で檻をタップするたびに檻が破壊されるのではないかと恐怖に駆られた。エリザベスはローガンに指導されながら火球を魔兎に充てるも何の効果もなかった。その後、魔兎はマロンたちから離れた場所で檻から出された。魔兎はこの時とばかりに高く跳ね上がった。それを待っていたようにローガンは「業火」を魔兎の足に向けて放つ。足をやられた魔兎が地面に倒れた瞬間に周りの兵士が剣で討伐に向かった。
「お嬢様、この魔兎は捕らえてから時間が経っていますから弱っています。討伐が簡単に見えますがそんなことはありません。魔兎1匹でも小さな村は破壊されます。ここで戦っている兵士や騎士たちは辺境の領民と共に国を守っているのです。そして魔物から得られたものを生かすのも私たちの仕事です」
マロンもエリザベスも返り血を浴びた兵士を見て体が震えた。そのまま、マロンたちは騎士に守られ屋敷に戻った。マロンもエリザベスも無言だった。辺境領の人々が魔物の恐怖と隣り合わせで生きている。
それを守る兵士や騎士、魔法師は命を懸けていることを肌身で知った。部屋に戻りしばらくして、マロンはエリザベスに声を掛けた。
「わたしたちは守られているんだね。わたしは何も知らなかった」
「マロンだけじゃない。わたしだって、お父様が魔物討伐に出ていても心配はするけど必ず帰ってくるもんだと思っていた。魔兎でさえあれほどの戦いになる。討ち漏らせば.領民が襲われる。厳しい戦いをしていたんだと実感した。帰ってくることが当たり前ではないのね。今日の兵士の中には腕を怪我している人がいたわ」
「わたしたちと同じで、初めて魔物に挑んだ人たちもいたそうです。ハリス様も経験したんでしょうね。討伐にも参加しているということはこの地を守る決意をしているのですね」
「だから、お母様が辺境伯夫人としての務めを放棄していることに兄様は怒っていたのね」
「きっとそれだけじゃないわ。まだ幼いお嬢様を置いて王都にいることも許せないんだと思う」
「お父様の思いはありがたいけど、ここに戻れない人が辺境伯夫人になってはいけないわ」
エリザベスの心の中の葛藤からくる声は悲しみに満ちていた。オズワルドはエリザベスのためにダウニールの不満を抑えながらこの婚姻関係を続けているのだろう。マロンには夫婦の在り方など分からないが、血がつながらなくてもマロンを慈しんで育ててくれた不器用なおばあ様に出会えて幸せだと思った。 エリザベスと私はマーガレットにさそわれ、談話室で温かなミルクを飲むことにした。
「初めて魔物を見た日は悪夢を見るといいます。皆で過ごせば心強いですよ」
「マーガレットもそうだったの?」
「ええ、わたしだって、可愛い頃がありましたよ。魔物なんて知らなくて森に薬草を取りに入って角兎に追いかけられたの。魔兎よりは比較できないほど小さかったけどとても怖かったわ。一緒に行った男の子が角で足に怪我をして沢山血が流れた。男の子は泣くは角兎は再び突撃してくる。怖くて落ちていた木の棒を振り回した。離れていた大人が気が付いてすぐに助けてもらった。でも体が震えて動けなかったし、振り回した木の棒を手から離すことが出来なかった」
「何歳の時?」
「6歳の時だったわ。本来は出てこないのにその年は森に大猪が森の餌を食べていたので小物が森から降りて来たらしい「マーガレットは辺境の子供だ。よくやった」と褒められてもなんも嬉しくなかったのを覚えているわ。それより、巨大な角兎に追いかけられる夢の方が今でも鮮明に覚えています」
「それでは私たちはあの魔兎に追いかけられるのですか?護衛はいないのですよね」
「夢の中まで護衛は働きませんね。だから、私がいます」
「セバスに勝てるマーガレットなら心強いですわ」
三人で笑いながら取り留めない話をして過ごした。談話室の明かりが消えることはなかった。
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