23 甘くて柔らかいは正義
深夜遅くマロンの部屋のドアを遠慮がちに叩く音がした。マロンは慌ててドアを開けるとそこにはエリザベスが立っていた。エリザベスも眠ることが出来なかったようだ。
「マロン、一緒に寝てもいい?」
マロンはすぐにエリザベスを招き入れ、冷えた体をお布団で温めた。きっとここに来るのには勇気がいっただろう。さすがに夜の廊下は冷える。見守りの侍女は分かっていて、エリザベスに声を掛けず付き添ったようだ。マロンはテーブルの上の水差しからコップに水を注ぎ、両手で包んで「ヒート」を掛けた。見る間にコップから湯気が出た。それをエリザベスに差し出した。
「体が冷えたでしょう。白湯ではありますが体が温まります。今日は私のおばあ様の話をしますね。とても苦労された方ですが、勇気のある方でもあります」
マロンはユキから聞いた話をした。次期当主として厳しく育てられるも、魔力なしと蔑まれ、弟が生まれれば弟のために当主の仕事を陰から支える命を言い渡されてた絶望。そこから王宮文官になるために猛勉強したこと。男社会に立ち向かうには時代が早かった。その時、高位貴族の子息令嬢の基礎教育者として新たな仕事を得て人生を有意義に過ごした。
マロンには貴族社会は良く分からないが、「己を見失わない」おばあ様の言葉をエリザベスに伝えた。
「そうね。わたしって、まだまだ子供ね。侍女に心配かけているわ。今も外で控えているもの」
「わたしだって、まだおばあ様の死を受け入れていないと思う。あまり淋しいと思うことがないの。でもそれはそれでいいの。私の側にいてくれると思っているもの。わたしは両親がいないから、両親の「愛」を期待しないわ。それは最初から「愛」がないからだった。お嬢様は違ったのにわたしは言い過ぎたわ。ごめんなさい」
「ううん、お兄様にも言われていたのに。まだまだね。いやなこと言わせてしまったわ。でもありがと明日からまたよろしくね」
そのまま二人はお互いのぬくもりを感じながら眠りについた。翌朝寝坊をして、家政婦長にお小言を貰う二人だった。しかし、エリザベスのすっきりした笑顔に安心したようだ。
翌日お嬢様は執務中のオズワルドの所を訪問した。悩みの原因は家族のことのようだった。長い事話をして、部屋から出てきたときには目が赤くなっていた。きっと泣いてしまったんだ。その日は一日講義はお休みになった。
マロンは勇気を振り絞ったエリザベスに新しいお菓子を贈ることにした。パンとミルクと卵と砂糖があればできる。午後のお茶の時間に間に合うよう厨房の隅を借りることにした。残ったパンの中には硬くなったものがあったのでそれを使うことにした。厨房長がバターと蜂蜜を横に出してくれた。これは試食の合図だ。
卵とミルクと砂糖は少し入れてよく混ぜ卵液を作る。卵液の中にカットしたパンを浸す。固めのパンだから少し時間がかかる。温めたフライパンにバターを落とし弱火で温め、そこにたっぷり卵液を含んだパンをじっくり焼く。おばあ様のレシピには細かい記述はないので、一つ一つの手順を丁寧に行うようにした。失敗したらマロンが食べるだけだ。
厨房全体に甘い香りが広がる。パンの底を見ながら焦げ付かないように裏返す。材料は皆そのまま食べても大丈夫なので、焦がさないことが肝心。そして、しばらくして櫛で刺したら卵液が溢れて来たので蓋をした。しばらくして、もう一度串を刺したら卵液は出てこない。これを皿によそう。用意してくれた蜂蜜を垂らして完成。
「完成しましたか?」
「暖かいうちの方がきっと美味しいと思います。お先にどうぞ」
二回目の方がきっと美味しく作れる。マロンはもう一度卵液を二倍にして調理に入った。先ほどまでの皆の視線が試食に向いたので、マロンは気が楽になった。作り始めたら今度はカットフルーツが横に差し出された。薄焼きパンの応用のようだ。マロンは書き写したレシピを厨房長に差し出した。厨房長は深く頭を下げ、待っている仲間とさっそく再現を始めた。
さすがに料理の専門家はすぐに完成させ、執務室に届けた。マロンはメリーさんと共にお茶の用意をしてエリザベスの部屋に向かった。少しは落ち着いたのか目の腫れも収まっていた。「ヒール」を掛けたかったが、ロバートさんの忠告を思い出しとどまった。
「マロン、新作なの?」
「お嬢様が勇気を出されたご褒美です。とてもふわふわで美味しいです」
エリザベスは小さくカットして一口口に入れた。「わぁ、とろける様だわ」と笑顔になった。メリーさんはエリザベスの笑顔にほっとしたようだった。その後、このお菓子に名前がない事から名前を考えることになった。エリザベスはまさかこの柔らかいお菓子が硬くなったパンからできているとは思わなかったようですごく驚いた。エリザベス用はパンの硬すぎるところは切り取ってある。切り取った硬いとこも残りの卵液をつけ焼けば美味しい。
蜂蜜を垂らすと薄茶色の焦げ目が光に輝くことから「黄金のパン」と言う大それた名前が付いた。硬くなったパンは最後は捨てるしかなかったのでマロンは厨房の皆に凄く喜ばれた。
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