22 愛情とは
マロンが「侍女見習い」「学友」として辺境領で生活して秋を迎えた。最近エリザベスの笑顔が少なくなった。王都からハリスの手紙が切っ掛けだった。時折窓の外を眺めため息をついた。それでも貴族令嬢の基本「二分の笑顔」は崩していない。その様子に屋敷中が気が付いている。来年の春には王都に向かうお嬢様のことが皆心配している。
ハリスの手紙は見ていないが母親のことが書かれているようだ。もう2年辺境には戻ってきていない。ハリスと共に王都のタウンハウスに留まっている。ハリスは学園2年から寮生活を始めていた。兵舎での生活経験があり、討伐遠征にも参加していたので、一人で身の回りのことは出来る。ハリスがタウンハウスにいては母親が王都に残る理由になるからだと春王都に行く時に話していた。幼い妹エリザベスの元に帰って欲しかったと兄の思いがあった。しかし母親は領地には戻らなかった。
ハリスとエリザベスの母のソフィーナは実家の母親の見舞いを兼ねてハリスの付き添いと言って、2年以上前から辺境には戻っていない。辺境伯家の女主人の仕事を放棄したようなものだった。ハリスはそれが許せなかったようで寮生活を始めた。
エリザベスがソフィーナに出した手紙の返信がおなざりであることは読んでいるエリザベスの様子で良く分かった。マロンのように最初から両親などいなければ何も期待しないし、会いたいとも思わなかった。マロンはおばあ様がいてくれるだけで満足だった。
父親がエリザベスの事を愛おしむほど、母親の不在の影を大きくした。来年の春に会えるということがエリザベスの期待を大きくした。そこにソフィーナの実家の祖母から届いた手紙には、「可愛い妹が生まれたから早く王都に出てきなさい。田舎にいては良き教育は出来ない」と書かれていた。父も祖父も兄さえも「妹」のことをエリザベスに知らせてはくれなかった。エリザベスは疎外感を強く持ったが、自ら父に問うこともできなかった。家族のことなので、マロンは口を出すことは出来なかったが、あまりに長い落ち込みにマロンは思い切ってエリザベスに声を掛けた。
「お嬢様、悩み事があるのではないですか?」
「えっ、分かる?」
「この屋敷の人でお嬢様が悩んでいる内容は分からないが、心痛めていることはみんな知っていますよ」
「隠しきれていないわね。貴族令嬢失格ね」
「わたしたちはまだ成人前です。これからも悩みが沢山出てきます。今のうちに一つずつ解決していかないと押しつぶされます。おばあ様は王宮文官に挑戦しようとした時に「男性社会の中で出来るか不安だったが、「やらない後悔よりする後悔」と行動しなかったことに対する後悔よりも、恐れや不安に立ち向かい自分自身の成長や可能性を広げること方が良いという意味です。おばあ様は貴族女性は親に従い夫に従うという縛りから飛び出しました。勇気がいったと思います」
「そうなんだけど、、」
「お嬢様は、お父様だけでは寂しいのですか?お屋敷のみんながお嬢様を気を掛けていることに気が付いていますか?」
「どういうこと?」
「いつも不満顔です。家庭教師の先生が気を使って、講義をゆっくり進めていることに気が付いていますか?来年王都に出向くのに仕上がっていなければ先生が叱られます。厨房ではお嬢様に喜んでもらおうと薄焼きパンにいろいろ工夫していますし、新しいお菓子の研究しています。王都に持っていくドレスでさえお嬢様に希望に沿うようにと気を使っています。このままでは誰も笑顔になれません」
「マロンに何が分かるの」
「マロンには分かりません。孤児院に捨てられた私には最初から親はいません。親の愛が絶対的なものとは思いません。わたしは捨てられたのですから親だから子供を愛せるとは限らないのです。
その代わりに血のつながらないおばあ様が一緒にいてくれました。おばあ様に守られていましたから淋しくも辛くもありませんでした。冬は魔道具などありませんからわずかな薪で暖を取りました。自分で料理をし洗濯して、掃除もする。パン屋で働いて給料を得る。それでも平民の中では豊かな暮らしだったと思います。たとえ一人でも自分を大切に思ってくれる人がいたら、その人のために笑顔になろうと思いませんか?」
「マロンは淋しいことはないの?」
「お嬢様はお兄様やお母様が恋しいのでしょうけど、恋しいのはお嬢様だけではないと思います。国の守りとして、ここから離れられない父上様だって淋しいのではありませんか?もうすぐ10歳になります。王都で過ごせば学院に進み5年学ぶことになる。5年はお父様と離れなければなりません。ここの使用人たちとも離れるのです。王都で縁があれば向こうで結婚することもあるでしょう。そうすればこの地に戻ることがないかもしれないです。周りの人の気持ちを汲むことも大切だと思います」
マロンは生意気なことを言ったと思うが、屋敷のみんなの思いを分かって欲しかった。王都に行ったきりの女主人に思うことは誰もがある。当主が許可していることに異論は言えない。だからこそお嬢様に笑顔でいてもらいたい。ひいては当主の笑顔につながるからだ
マロンはエリザベスのいない布団の中で、今日は言い過ぎたと反省していた。マロンは両親がいないから期待したくても期待できないし、期待しようとは思わない。しかしエリザベスはわずかに母親のことを知っている。知っているからこそ、会おうと思えば会うことが出来るからこそ期待してしまうのかもしれない。明日は謝ろうとマロンは布団に入ったがなかなか寝付けなかった。
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