2 スキルとは?
「こんなにお転婆になるなんて、困った子ね」
おばあ様の口癖。だって仕方ないよね。おばあ様はお淑やかで物静かな人だから、代わりにマロンが元気じゃないと物事は進まない。この間なんて知らない人を家に招き入れてお茶を出していた。
「教会の孤児院の方から寄付のお願いに来ました」
「あら、それは大変なお仕事ね。何がいいかしら?」
なんて、家に招き入れて話していて驚いてしまった。おばあ様は貴族のお屋敷にいたせいで「詐欺師」を知らない。マロンは口が酸っぱくなるほど世間の荒波について、カリンから教えて貰っていた。マロンは最初に街に出てスリに会った。次に買い物中に購入額と支払額が間違えていることに気が付いた。ポヤポヤしてたら何も買えずにお金が無くなってしまう。
「マロンさん、シャーリーン様はお嬢様だから市井の生活を分かっていません。だからこそマロンさんが、しっかりしないといけません。カリンを信頼しているからと商業ギルドカードを持たせてくれるけど、それさえも本来はいけないことです。マロンさんがおばあ様を守ってあげてください」
なんて言われたら、思わず緊張で身震いしてしまった。それからは、街での買い物や刺繍の取引にはマロンがついて行くようにしている。もともと、おばあ様は浪費癖がないので無駄にお金は使わない。
おばあ様は商業ギルドでお金を下ろして、細かい買い物のお金をマロンに手渡してくれる。そのお金がいつまであるのかマロンには分からない。家事はマロンが出来るようになったから、もう少ししたら街で働こうと思っている。
「マロンと暮らすぐらいの蓄えはあるから無理して働きに行かなくていいわ。それより、もう少し共通語の段階を上げたいわね。刺繍のついでに縫物もできないといけない」
「えっ、まだ勉強するの?」
「大事なことよ。それに7歳の祝福の儀に向けて、マロンの服も作らないといけないわね。出来る限り自分で仕上げて見たらどうかしら」
「7歳の祝福の儀?」
「あら、話したことなかったかしら」
そう言っておばあ様は「7歳の祝福の儀」の説明をしてくれた。子供が7歳になるまで育つのは大変なこと。無事に7歳を迎えられたことを感謝し教会に寄進すると、女神が子供たちに祝福と言う贈り物を与えてくれる。それがギフトと言われ、必ず一つは送られる。貴族はそこに魔法の素養が追加される。庶民にはほとんど魔法の素養がないので「裁縫」「調理」「剣術」「鍛冶」「大工」など生涯携わる仕事に関したものが多い。
だからこそ子供の頃から携わった「家事や刺繍などはマロンのギフトに役に立つはず」とおばあ様はマロンの教育に余念がない。マロンはそんなギフトより「生活魔法」が欲しいと思った。
「マロン、庶民は魔力がほとんどないの。だからギフトで「生活魔法」を貰ったら、ほとんど役に立たない。「外れスキル」と言われているわ。貴族も同じね。「外れスキル」と言われるの。まあ、貴族はでも騎士や文官などは良いスキルがあればよい仕事に就けるわ。でも魔力量を重視するの」
「どうして?生活魔法ができたら便利だよね」
「そうね、種火をつけたり、わずかな水を生み出すことは出来るけど、それだけで仕事に就けないわ。貴族なら自分で水や火を生み出す必要が無いもの。貴族女性は魔力量の多さが大切になるの。魔力の多さが貴族の社会的地位を押し上げるから」
おばあさまの声が小さくなった。少し寂し気な笑顔にこれ以上聞いてはいけないと思った。
「おばあ様、刺繍と教会に着て行く服を作ります。上手に出来たらおばあ様みたいな刺繍師になれますか?」
「あらら、わたしは刺繍のギフトはないわよ。これは地道な努力の結果よ。マロンは筋が良いから大丈夫。ギフトがなくても刺繍師になれるわよ」
そのために街の市に向かうことにした。王都からくる商会に布や刺繍糸を買いに向かっていた。王都からの商会は「グランド商会」おばあさまの刺繍がとても気に入って、ハンカチを買い取ってくれたことが縁になり、商会が来るたびに出向いている。今回はマロンの作品も数枚入っている。おばあさまの作品にはかなわないがそれなりに上手くできたものをおばあさまの許可を貰って売ることにした。
「ロバートおじさん、こんにちは」
「今日も元気だね。おばあ様は?」
「もうすぐきます。これがおばあさまの作品で、、、今回私の作品を見てもらいたくて持ってきました」
「マロンさんが刺繍したのですか?それは楽しみだ。じっくり見させてもらおうね」
「えー、片目つぶってみてください。今日は祝福の日に着る服の布地といつものハンカチと刺繍糸にリボンが欲しいです」
ロバートさんは布地見本を何枚か出してきた。白、柔らかな赤、明るい黄色、新緑の緑、空の青、リボンは見本が仕切りの付いた箱に収められていた。刺繍のないリボンは安い。今から作るならリボンに刺繍することが出来る。雑貨屋でマロンが稼いだお金は沢山ではないが刺繍のないリボンなら好きな色が買える。リボン見本の横には小さな穴の開いたガラス玉が箱に入っていた。
「マロンさん、それはねくずガラスをもう一度溶かして小玉を作り熱いうちに穴をあけたものだよ。綺麗だから糸を通して布に縫い付けても良いかもと思い持ってきたんだ。貴族のお嬢様は宝石や魔石をドレスに縫い付けたりするからね」
マロンは宝石も魔石も見たことがない。このガラス玉のようにキラキラしているのかと思いをはせていたところにおばあ様がたどり着いた。