137 ジルの旅立ち
ジルはライに出会い、グレイに出会い、多くの仲間に出会った。ジル自身が穢れに侵される前に死にたいと思っていたが魔力の増加と人化の進化のせいで寿命は延びていた。死にたいのに死ねない、そんな時ケサランパサランに出会った。あいつはふらふら風に吹かれ魔力をなくして死にそうになっていた。
「本当に居たんだ。ケサランパサランに初めて会った」
「大声出さないでくれ。頭に響く」
「君のどこに頭があるんだ」
「五月蠅いんだよ。ほっておいてくれ」
「でも君は死にそうだよ」
「いつかは死ぬんだからそれが今日なのか明日かの違いだ。俺たちは森で生まれ森で死ぬんだ」
魔力枯渇のケサランパサランは綿埃のように薄汚れていた。ジルはリリーと離れてからずいぶん長く一人だった。言葉を交わすこともなかった。ジルは綿埃の面倒を見ることにした。
ケサランパサランはまだ若い。生意気な奴だった。俺から魔力をゆっくり吸収しながらいろいろな話をした。ジルはうろ覚えの記憶を掘り起こした。子犬のようなフェンリルだった頃生涯の主に出会えた。養成や精霊と共に過ごし人間の女の子と楽しく暮らしたこと。
ケサランパサランは妖精猫のグレイの話を好んで聞いた。妖精猫は妖精村からめったに出てこないとグレイは言っていた。ケサランパサランも風に飛ばされるような軽いものだからいつの間にか散りじりになって二度と会うことはないと言っていた。リリーもジルもグレイもライがいなければ出会えなかった。
魔力が戻り綿埃からふわふわの綿毛のようになるまで、ジルはケサランパサランと共に過ごした。少しずつ魔力を蓄えケサランパサランが元気になったら、ジルはケサランパサランと森の中を旅をした。雪が降れば南の暖かな森に向かった。暑く成れば北に向かう。ケサランパサランはジルと違い人間の住む街にも住んだことがある。面白い話もいろいろ教えてくれた。
話す相手が居れば記憶が掘り起こされた。そんな日々は楽しくもあり寂しくもあった。だが、ある嵐の夜にジルの背からケサランパサランが消えていた。ジルはケサランパサランを抱えていればよかったと後悔した。
嵐が去ったあと森の中を探してみたがケサランパサランを見つけることができなかった。迷いの森は広大だ。ケサランパサランはそよ風でもふわふわ飛ばされる。ジルには膨大な時間がある。迷いの大森林を歩き回ればいつかケサランパサランに出会えるかしれない。転生したライに出会えるかもしれない。
リリーは屋敷から離れられないからジルはずっとリリーと過ごした。だけどリリーの守る屋敷は森に侵食されていった。それでもリリーは屋敷から離れなかった。ジルはライを待つのでなくライを見つけに行くことにした。最後に残ったジルがリリーを残して長い旅に出た。時に魔獣と戦い人に出会うこともあった。ライと違い追われることもあった。そんな時にケサランパサランはジルが生きる目的になった。
さらに月日が流れた。ケサランパサランにもライにも会えなかった。この頃にはリリーの待つ屋敷に帰る道が分からなくなっていた。どこかの森で巨大な魔獣と戦い大きな怪我をした。ああ・・やっと死ねると思った時ケサランパサランに再会した。ケサランパサランの横には懐かしい魔力を持つ女の子がいた。でもライではなかった。年を取り大怪我をしたジルを女の子はライのように手当てをして、住むところを作ってくれた。
ケサランパサランは良い主を見つけたようだ。魔蜘蛛のホワイトは穢れた体を浄化しながらリリーのようにいつもジルのそばにいてくれた。ケサランパサランの主はマロンといった。魔法で洞窟を広げ住みやすい様に整えてくれた。マロンの知り合いの人間たちはジルやスネを恐れず友人のように接してくれた。神の湯の大きなお風呂に入り怪我を癒し人間たちと楽しく過ごした。
甘えん坊の白蛇のスネが訪ねてきた。彼も森守りの役目を終えたようだ。辺境の人間はスネも受け入れてくれた。共に終の棲家を得ることができた。そして変えることのできなかったリリーに会え、リリーを見送ることができた。ライのたまごボーロをマロンが作れるようになった。懐かしい味に胸がほっこりした。いつ死んでもいいと思ったら、ジルとスネに仕事が舞い込んできた。
マロンの為の薬草畑を作る仕事だ。「まだまだやれる」とスネが張り切った。リリーから譲られた薬草には土精霊が隠れていたようだ。モスのように土を耕し薬草を育てる手助けを始めた。雪深い辺境でも上の湯を地下に張り巡らすと薬草畑は雪に埋もれることはなくなった。青々とした元気に育った薬草はマロンがライと同じように錬金術でポーションを作る。それが凄く嬉しかった。
ジルたちは森で生まれ森の中で死ぬしかなかった。それなのになんと幸せなんだろう。ジルはもう十分生きた。体から魔力が少しずつ消えていく。それが分かった時何の後悔もなかった。
もういつ消えてもいいと思ったのにライの家に戻ることができた。リリーの思いが奇跡を起こした。今ここにリリーがいたらどんなに喜んだだろう。リリーは大きなお屋敷より小さな赤い屋根の家が大好きだった。ジルの最後の願いはマロンによってかなえられた。スネが古竜のじいさんの石を俺に預けた。
何でも知っていて優しくて穏やかな古竜のじいさんはスネの教育係だった。グレイはすぐ怒り出すからスネには向かなかった。最後にはスネに付き添って森守りの手伝いに向かった。ずっとスネの面倒を見ていたんだろう。もうすぐジルは白い石になる。最後はスネが・・。スネさえも寿命はある。
「何かしてほしいことない?」
マロンやケサランパサランが声をかけてくる。リリーから教わったライのお菓子や料理をマロンは作ってくれる。そのにおいだけで心は満たされている。最後までこの家にいたい。ジルにはほかに望みはない。マロンがジルの好きな食事を作りポーションを飲ませ、体を拭いてブラシをかけてくれる。スネが森に出かけて魔力の実を採取してきた。あの頃もそんなことがあった。
目の前の木彫りの人形の中にマロンとユキが増えた。誰だ?誰が作った?森の仲間か?木彫りの家の周りにはあの時の小花が咲いている。あぁ・・皆が迎えに来てくれた。ジルとして消えて逝けることがこれほど幸せなんだと。マロンがクッキーを焼いている。美味しい匂いに包まれながらジルは眠りについた。
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