136 赤い屋根の小さな家
マロンは街でのいざこざを振り切って学園の寮に戻った。
「ユキ、工房どうしようか?」
「持って行ったら。留守中に部屋に誰か来たら困るだろ。寮の部屋の中に新しい部屋があるなんて大騒ぎになる。それにしばらく辺境にいるなら工房があれば錬金薬やポーションが作れるだろう?」
「そうだね。お義父さまの魔道具も持って行こうかな・・」
「なんでも入る鞄があるから何でも収納しておけばいい。それより早く転移するぞ。スネがお菓子食べ過ぎて昼寝に入った」
マロンとユキは聖獣のジルの様子を見るために辺境に向かう。今回は部屋からは転移ができない。寮監に部屋の鍵を預け、外泊届を記入して王都門を出なければならない。
「そのまま転移すればいいのに」
「スネ、人間にはいろいろ都合があるんだ。スネの転移が知られれば困るのはスネだぞ」
「分かっているけど・・」
「俺はスネが心配だ。人に関わらず森の中で暮らせばいいけど、悪い者に囚われたら・・」
「し、心配しないで。いざとなったら巨大化するから」
「スネ、多くの人のいる前で巨大化すれば討伐対象になるから」
「・・・・・」
スネは素直で可愛いけど、人とのかかわりが少なかったせいか人の常識に疎い。辺境でのんびり暮らすのはいいが人の多い所では心配になる。今まではジルが居たから森にいることが多かった。マロンの所に来て王都の楽しさに気が付いてしまった。
「ユキ、スネは私が王都に居なくなってもこの部屋に転移できるのかな?」
「・・・何心配してる?」
「スネは人との悪意が分からないから王都を自由に散策するのが心配じゃない」
「ああ・・そう言うことか。大丈夫だ。俺がスネのお守りをするからマロンは心配するな。俺の方がきっと長生きだと思う。マロンがいなくなっても俺は辺境の森で暮らすよ。あそこは良いとこだ。余計な心配しないで寮を出よう」
マロンはスネとユキを胸ポケットに入れ外泊用にやや大きめのカバンを持ち寮監に鍵をわたし寮を出た。静かな学園の中庭を出て学園の門を通り過ぎ王都門を出た先で辺境のジルのいる洞窟に転移した。
いつもは森の獣たちが神の湯を利用している声が聞こえるはずなのに洞窟周りは誰もいなかった。スネはすぐに洞窟に向かっていった。マロンは魔石ランプに照らされた部屋の中で大きくなったホワイトがジルの側に付き添っていた。マロンたちの来訪に気が付いたのかジルがゆっくりと目を開いた。
「ライか?」
「マロンだよ」
「マロンか。今夢を見ていた。ライとジルとリリーとお出かけした夢だ・・。あの家はもう無いんだよな」
「スネも覚えてる。楽しかったな・・。庭が広くてブランコがあってみんなで遊んだ」
「違う。その前の街はずれの小さな家だよ。グレイが居て地下にはカフェがあって・・」
「ジル、もう家はないんだ。屋敷だってリリーと共に消えただろう・・」
スネとジルのやり取りを聞いたユキとマロンはお互いの顔を見た。
「ユキ、リリーが収納袋に仕舞ってあった家はライさんとの思い出の家じゃない?」
「マロン、あの家をどこかに出せないか?」
「薬草畑の近くに開墾している土地があるはずだから」
マロンはジルの願いを叶えるために義父に連絡を取り薬草園近くの空き地に赤い屋根の可愛い家をリリーの収納袋から取り出した。マロンがこの家を見るのは初めてだったがとても可愛い家だった。マロンは小さくなったジルとホワイトを抱きかかえ家に転移した。
「ユキ、家は収納から出したけど誰が花壇を作ったの?玄関に向かう石畳ができている」
「きっとリリーの家事魔法が込められているんだろう。家の中も完璧に掃除されているかもな」
「ジル、目を開けて」
ジルはそっと目を開くとマロンの腕の中でもそりと動いた。声にならないジルの小さな吠え声がマロンの耳に届いた。動こうとするジルをマロンは抱き抱え直して、石畳を歩き玄関の扉を開く。そこには窓から差し込む日差しが部屋全体を照らしていた。マロンはジルをソファーにそっと寝かせその横にあったブランケットをふわりと掛けた。優しい薔薇の香りがジルを包む。
「ライがいる・・」
「ライさんがジルのすぐ側にいるんでしょうね」
「ユキはライのことは知らないけど、ジルはよくライの話をしていた。その頃がジルの一番幸せな時間だったんだと思う。ジルの寿命が来ているんだろう」
「えっ、あと数百年は生きると言っていなかった?ホワイトのおかげで穢れも浄化されたと言っていた・・」
ユキはマロンに話し始めた。
「ジルがマロンが出会った時にはもう浄化できないほどの穢れと怪我を負っていた。ジルはライに似たマロンに出会った。ジルは遥か昔の記憶を思い返したんだろうな。むかしライとの暮らした楽しい思い出がジルの生きがいになった。ホワイトの浄化と怪我の治癒でジルの消えかかった消えつつあった聖獣としての理性が保たれた。でもジルは長くは生きられない。神の湯につかり神の湯を飲み森の魔力とホワイトの浄化でジルは生きながらえた。だからホワイトは一時もジルから離れなかった。辺境の森と辺境の人々と暮らすことは新しいジルの生きる楽しみになった」
「それでもジルの命は消えようとしている」
「マロンは大切な人を見送っただろう。今度はジルをライの代わりに見送ってくれないか?ジルはリリーを見送った時から次は自分だと思っていたんだろう」
「この家でゆっくり過ごせば・・」
「ジルが喜んでる。スネ嬉しい。いずれ僕たちは消える。人と同じ。古竜のじいさん死ぬとき笑ってた。そして石になった」
そう言ってスネは両手に乗るほどの茶色い卵型の石を取り出して見せた。一瞬マロンは卵かと思った。ユキは茶色の石の上にふわりと着地する。
「とても長生きな竜だったんだな」
「森の奥の奥を守っていたじいさん。スネの師匠だった。スネは森守りの引継ぎをしっかりしていなかったから古竜のじいさんが側で色々教えてくれたんだ」
「きっと、古竜はスネが大好きだったんだな」
「グレイが『手のかかる子ほど可愛い』と言っていた。だからスネは可愛いんだ」
「ちょっと違うかもしれないけど、古竜はスネが可愛かったんだと思うよ」
スネはジルの横に古竜の石を置いた。ジルは茶色の石をそっと抱えた。そこに赤い卵の大きさの小石が現れた。「リリー」とジルが呟いた。
あの時別れたリリーはジルの元に石を残した。それをジルはずっと守ってきたんだろう。部屋の中には木彫りの小さな人形やこの家と森が作られていた。この猫が良く出てくる妖精猫のグレイ、これがライさん?少年の姿だった。小さなジルやリリーさんがいた。
マロンは義両親に事情を話ししばらくジルのお世話をしながら辺境で過ごすことをお願いした。セバスもマーガレットも聖獣に係ることには口を出さないことにしているようで領主の報告などは済ませてくれると言った。
それからは二階の部屋でユキとマロンは寝起きをした。二階の客間のベッドを一階のリビングに移動させジルとホワイト、スネがゆったり休めるよう模様替えをした。台所で食事を作りリビングで皆で食べ、マロンは工房でポーションや錬金薬を作った。
リビングに広がる美味しい匂い、薬草の煮詰める香、窓を開ければ木々の葉が風を運び小花の花の香してきていた。そんな日々をジルと共にマロンをはじめとする仲間は静かに過ごしていた。
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