134 ハリソンとリリアナ
「リリアナ、君は何を思ってあんな事したんだ?」
「だって、あれはうちのお店で売っている物なのは確かよ。わたしが貰ったのと同じ。綺麗な容器に入っているから間違いないわ」
「それがお店のものとは限らないないだろう」
「うちは大きな商会よ。他所から仕入れるなんてありえないわ」
「君は店の取引先を知っているのか?」
「・・・うちの商会がグランド商会から仕入れるなんてありえない」
ハリソンは頑ななリリアナの態度に不審に思うところがあった。マロンが製作者と言っていたからか余計にリリアナは機嫌が悪い。マロンはいつから手荒れ軟膏を作ったのか?錬金術を学ぶ前のようだ。商業ギルドに登録しているとも言っていた。どこまで優秀なんだ。そんな事をハリソンが考えていると。
「ハリソン様、あの人は詐欺師ですね」
「どうしてそんなことを言う」
「だって、学生でしょ」
「確かに学生だけど、彼女は飛びぬけて優秀だよ」
「どうしてあの人の肩を持つの?」
「肩を持つわけでない。事実を言っているんだ」
「ハリソン様はうちで働くんでしょ?どうして店のことを考えないの?」
リリアナは俺を責めるように声を荒げ本通りの店に向かった。のこのこ後ろをついて行く自分が情けなくなってきた。自分が侯爵家の次男で兄のスペアとして生きていくのが嫌だった。おじさんの話から魔術師としてはこれ以上上がれないと悟った自分が錬金術に変更して豊かな魔力を使って名を上げることを考えた。
跡取りのリリアナが俺のことを気にかけているのは分かっていた。上手くすれば薬種商会に入り込めると考えた。先日リリアナとの婚約の申し込みがあった。両親は次男であるからと俺の希望を聞いてくれている。以前の俺ならすぐに婚約の承諾をしたと思うが、今は錬金術に楽しみを見出した。
魔力が多いから魔術師にでもなろうと思った頃は自分の将来を何も考えなかった。侯爵家に負けない華々しい職に就くことだけを考えた。そんな魔力量だけで今の位置にいる自分を努力を重ねる級友が追い抜かしていった。
それなら錬金薬が作れればおじさんの薬種商会に入ることが出来る。「君の魔力量なら高ランクが作れる」とほめそやされ踊らされて魔術師を辞めて錬金科に移った。今俺が高ランクのポーションを作れるようになったらリリアナとの婚約を申し込んできた。おじさんは自分の手駒が欲しかっただけだ。
「リリアナどうしたんだ?」
「きれいな容器に入った手荒れ用の軟膏ここにありますよね」
「どうしたんだ?これか?」
「これよ。グランド商会がこれを売っていたの。薬品を普通の商会で売ってはダメでしょ。違反だわ。犯罪よ。商業ギルドに届けないと」
「待て、何を興奮している?ハリソン、リリアナはどうしたんだ?」
「あの女が自分が作ったなんて嘘をついたの!」
「リリアナ、少し静かにしてくれ」
ハリソンはリリアナがグランド商会の商品の中に薬種商会で取り扱うものが紛れていたと苦情を入れたことを話した。
「これを作った人を知っているのか?」
「学園生です。本人が商業ギルドに聞いてくれと言っていました」
「いい腕をしている。うちで雇いたいと思って探りを入れたがロバートは口が堅く教えてくれなかった。薬未満だがお肌にいいものはこれからの時代きっと儲かる。うちが売るからこそ効果が高いはずと思い人は買って行く。ハリソンもそんなものを考えてくれると嬉しい。もちろん高ランクの錬金薬は作れるようになって欲しいのは本当のことだ」
「お父様、これは・・」
「ああ、グランド商会から仕入れている。このような物を増やして貴族女性の美意識を満足させるものを売りたいんだ。薬より利益率は高い。もちろん薬は売るがそれでは侯爵家には追い付けないんだよ。流行り病でもあれば別だが」
「侯爵家?」
「そうだよ。昔はうちだって侯爵だったんだ。数代前にいろいろあって侯爵家から分家したんだ。その時から身分差ができた。商売が上手くいけば爵位も金もマッカロニーには負けない」
やっぱり俺を取り込むことで実家の力を手に入れようとしていたんだ。あれほど薬に対する思いを語ったのも俺を上手く取り込むためだった。まして流行り病があれば金儲けができるという言葉に俺は失望した。
「お父様、わたしは侯爵令嬢になれるということ?」
「いやお前は無理だがお前の娘はなれるだろう。なあ、ハリソン。ハリソンが親しいならその娘を紹介してくれ。後は俺が上手くやる。おまえの愛人にしてもいいから商会に紐付けしたい」
ハリソンは叔父さんの話に怒りを感じた。俺をつなぎ留めるためにリリアナの思いを利用した。マロンは俺のことを何とも思っていない。愛人などなるわけがない。
「彼女は北の辺境伯子息の思われ人です。僕に何の思いも持っていません。これに関しては何の役にも立ちません」
「レシピを盗めないか?」
「僕に犯罪を犯せと?」
「リリアナと結婚したいだろ?別にちょっとしたヒントが欲しいだけだ。君も兄を超えたいだろう?」
キラキラした目でハリソンを見上げるリリアナ。おじさんは探るような目の中にハリソンが頷くことを確信のしたような自信がある。以前の俺ならリリアナを垂らしこんで薬種商会を手に入れる野望がなかったわけではない。
しかし、トップになれないならと錬金術に流れたハリソンに対し、同情も気遣いもない仲間は手厳しいものだった。魔術師は貴族ならあこがれる仕事だ。魔力量や技術が優先される。そしてトップでなければ王宮魔術師にはなれない。家督を継がない子息には憧れの職業だった。
しかし自分の力量が分かった時ハリソンは足掻くことはしなかった。みじめな在野の魔術師になるなら自分の魔力量を生かせる錬金術にすぐに切り替えた。今ならもっと頑張ればよかった。そんなハリソンは楽な方に流れた。おじさんの甘い言葉に流された。
「わたしは犯罪者にはなりたくありません。回復ポーション一つ作るにも多くの手順と知識が必要なんです。苦労して作ったレシピを盗むなどしたくありません」
「ハリソン様、リリアナのために一回だけ・・お願い」
「君までそんなことを言うのか?父親の間違いを止めないのか?」
「だって、侯爵よ。凄いじゃない」
「レシピ一個で侯爵なんかにはなれないんだよ。それなら自分を磨いて高位貴族の嫁になればいい」
「・・それができないからハリソンに頼るんじゃない」
おじさんもリリアナも夢を見るのは構わない。だからって、俺やマロンを巻き込まないでくれ。リリアナとは正式に婚約はまだしていない。ハリソンは実家に持ち帰り避けていた父と兄に相談することにした。
「ハリソンはリリアナと婚約しなければ平民落ちだぞ。よく考えろよ」
おじさんの脅すような声色に、以前の尊敬の念が消えたことをハリソンは感じた。ハリソンは家に帰り執務室を初めて訪問した。数人の事務官と共に兄と父が仕事をしていた。父から爵位を受け継ぐまで兄は平日は王宮文官として働いていた。忙しい時は父の仕事も手伝っている。
「おお、どうした?ここに顔を出すなんて珍しいな」
「父上、お茶の時間にしましょう。わたしたちは別の部屋で休憩します。ハリソンの分はここに届けます」
「兄上もいて欲しいです」
「なんかあったのか?分かった。同席しよう」
ハリソンは自分が魔術師から錬金術に移動したときも父には結果だけ報告した。父は咎めることもなく黙って承認してくれた。ある意味父はハリソンに興味がないと感じていた。
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